第49話「奔放なる焔姫(ほのおひめ)」前編(改訂版)

 第九話「奔放なる焔姫ほのおひめ」前編


 「これは……どういう趣向だ。何を企んでいる?”長州門ながすど”の焔姫ほのおひめよ……」


 本州東部を支配下に治める強大国、”旺帝おうてい”の領内……


 領都”躑躅碕つつじがさき”にて――


 ”あかつき“で最も重要な会議が開かれていた。


 本州を四片に分断する各々の大国――


 東を制する、最強国の呼び名も高い”旺帝おうてい”……その現王である、燐堂りんどう 天成あまなり


 中央北部に拠点を構える七神しちがみ信仰の国”七峰しちほう”……神代じんだい六花むつのはな てる


 中央南部に肥沃な領土を誇る最古の国家”天都原あまつはら”……王の代理を努める総参謀長、京極きょうごく 陽子はるこ


 西に覇を唱える”長州門ながすど”……先代から武を以て支配権を引き継いだ、”外人けにん”初の国家元首、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。


 さらには北の島、北来ほらいの多種部族統一国家”可夢偉かむい”……連合部族王、紗句遮允シャクシャイン


 同じく、南の島、日向ひゆうが統一を成し遂げた”句拿くな”……国王、柘縞つしま 斉旭良なりあきら


 本来ならここに……


 西の島、支篤しとくを統一していた”南阿なんあ”君主の伊馬狩いまそかり 春親はるちかを合わせて七大勢力であったのだが……


 この間の天都原あまつはら南阿なんあの戦にて、散々な敗戦で領土を大幅に失った南阿なんあは、この”あかつき”首脳会議ともいえる議場に参加することは出来なくなっていた。


 七大……いや、現在はそういった意味で”六大勢力”であるが、

 中でも最大の権勢を誇る”旺帝おうてい”の現王、燐堂りんどう 天成あまなりという人物が声を荒げたのだ。


 「答えよ、”長州門ながすど”の焔姫ほのおひめよ!何を企んでいるのだ!!」


 口元にヒゲを蓄えた、見るからに気難しそうな壮年の男は激しい口調で問い糾す。


 「…………ふっ」


 少し癖のある長い赤髪の女が、石榴ざくろ色の鮮烈なあかい唇を意地悪く角度をつけて僅かに笑った。


 「趣向?ちがうわ、これは座興よ、酒の肴……むしろ”酒肴しゅこう”と呼んでくれるかしら?」


 独り席を立った美女は、”あかつき”各方面を支配する面々を見下ろして――


 今度はあからさまに微笑む。


 「なっ!?」


 「……っ!」


 「…………」


 百戦錬磨、英俊豪傑である大物達も、思わず息をのむ美女の眼差し……


 魅つめることごとくを焼き尽くしそうなほどあかあか紅蓮あかく燃える紅玉石ルビー双瞳ひとみ


 ――ペリカ・ルシアノ=ニトゥ


 ”紅蓮ぐれん焔姫ほのおひめ”と呼称される長州門ながすどが覇王姫、そのひとだった。


 「酒肴しゅこうだと?……六大勢力の最高権力者が集まるこの会合で、個人の”武”を誇示することが座興だというのか」


 南の島、日向ひゆうがを支配する句拿くな国王、柘縞つしま 斉旭良なりあきらが、普段からも愛想の欠片も無い玄武岩のような顔面を更に不機嫌に歪ませて、目の前の女を睨み付ける。


 「……」


 しかし赤髪の美女は全く怯まない。


 日向ひゆうがを支配する句拿くな国王でありながら、自らも”頑強なる鉄門”の異名を持つほどの将帥、超武闘派の男は、見るからに筋骨隆々とした偉丈夫。


 顔といい腕といい、あらゆる処に矢傷、刀傷の跡が残る猛々しい風貌の句拿くな国王、柘縞つしま 斉旭良なりあきら


 付け足すなら、柘縞つしま 斉旭良なりあきらの治める句拿くな国は、赤髪の美女、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの長州門ながすどとは海を挟んで隣接する、仇敵の関係であった。


 「貴公の振る舞いは、”ちら側の世界”での所業とはとても思えぬ……」


 次に最北の島、北来ほらいの”可夢偉かむい”連合部族王、紗句遮允シャクシャインが言葉を発する。


 「へぇ、そぉ?」


 しかし、やはりというか、赤髪の美女は動じない。


 紗句遮允シャクシャインの突き刺すような鋭い狩人の眼光を平然と受け流す。


 北に点在する数多の狩猟民族を統一した若き王にして最強の狩人ハンター紗句遮允シャクシャイン


 ”あかつき”最大の勢力を誇る旺帝おうてい軍の侵攻に対し、北の地を一歩も踏ませぬ戦術と統率力、群を抜いた将才は、有能なる人材を多数抱える強大国”旺帝おうてい”にして”王狼おうろう”と呼ばしめる程であった。


 「戦国世界あちらがわならいざ知らず……この近代国家世界側での貴様の独断は目に余るものがある、そうは思わぬか、諸公よ!」


 ”旺帝おうてい”の王、燐堂りんどう 天成あまなりがその場の意見を集約し、そしてその矛先を改めて赤髪の美女に向けようとした時だった。


 「戦国世界あちらがわならいざ知らず?……ぷっ!あは、あははっ!」


 石榴ざくろ色の鮮烈なあかい唇が、今度という今度は遠慮の欠片も無く大きく開いていた。


 「あははは……”和を以て貴しとなす”とでも言うのかしら?ふふふ、全てを話し合いで解決する”近代国家世界こちらがわ”では”武”は御法度とでも?……あははっ!ほんとう、滑稽だわ、貴方達は……ふふふ」


 長州門ながすどが覇王姫の紅蓮の双瞳ひとみは、最上級の重圧感に支配されるこの空間にも一歩も引く様子が無い。


 いいや、あかい唇を緩めて笑う紅蓮あかき姫は、英雄達の矢面に立つ……


 むしろ、それをこそ愉しんでいるかのような挑発的な、愉悦ゆえつに浸った表情だった。


 ――っ!


 そして、その尊大で巫山戯た態度は、”旺帝おうてい”王、燐堂りんどう 天成あまなりは言うに及ばず、紅蓮の姫とは仇敵の”頑強なる鉄門”、句拿くな国王、柘縞つしま 斉旭良なりあきら可夢偉かむい連合部族王の若き”王狼おうろう”、紗句遮允シャクシャインまでもの眼光を殺気に光らせる!


 「あ……その……その言い方は……ちょっと……各国の代表である諸公に対して失礼ではないでしょうか……その、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ殿」


 場の空気を察してか、怖ず怖ずと自信なげながら、栗色の髪の少女が遠慮がちに意見を述べた。


 「貴女あなたは確か”七峰しちほう”の……そう?そうなのね……ふふふ」


 「え?」


 ちょこんとした可愛らしい鼻と、綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。

 毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合っている少女。


 大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに”紅蓮ぐれん焔姫ほのおひめ”を伺う様子は、なんとも男の保護的欲求がそそられる魅力がある。


 宗教国家”七峰しちほう”、神代じんだい六花むつのはな てる


 誰の異論も挟む余地の無い美少女であろうが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から、如何にも大人の美女といった”紅蓮ぐれん焔姫ほのおひめ”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥとは対照的に、可愛らしいという印象が一際強い少女だ。


 「あの……?」


 栗色の髪の少女を一瞥して、さも愉しそうに笑い出す紅蓮の美女に少女は、その本意を量りかねているようだった。


 「あはは……そうよ、そもそも元を正せば、この場に極上の獲物の存在が有ることを知らせたのは貴女あなたの処の男なのよ」


 紅蓮あかい視線は猛者もさ共の集う席で、独り自信無く黙る少女を指して笑う。


 「え!……そ、それって……」


 「あははっ、そうよ!貴女あなた……貴女あなたの処の、あの”手強い男”よ!……”七峰しちほう”の似非えせがみ巫女みこ六花むつのはな てるちゃん」


 「あ……」


 そして六花むつのはな てるにはその会話でペリカが指した人物が誰か解ったようだった。


 「あ……う……」


 六花むつのはな てるはビクリと華奢な肩をふるわせて、目をらす。


 「戯れ言はもう良い!それよりも”長州門ながすど”の焔姫ほのおひめよ!場を、身をわきまえよっ!」


 言いたい放題のペリカ・ルシアノ=ニトゥに痺れを切らした旺帝おうてい王、燐堂りんどう 天成あまなりが一喝する!


 「わきまえる?版図が無駄に大きいだけの国の、それさえ掠め取っただけのコソ泥男が、この覇王姫にわきまえよ?」


 「き、きさまっ!この外人けにん如きが言うに事欠いてっ!!」


 「外人けにん如き……いいわ、貴方あなたから相手にしてあげても……」


 お互いがお互いの逆鱗に触れたのだろう……

 燐堂りんどう 天成あまなりとペリカ・ルシアノ=ニトゥは罵り合い、そして……


 ――ガタンッ!


 「っ!?」


 「……」


 一触即発という場面に、席を立つ音が響き、睨み合う二人の意識は一瞬、ちらへと移った。


 「いい加減に話を先に進めて頂けるかしら?旺帝おうてい王と紅蓮の……なんとか姫さん?なたがたと違って私は多忙なのよ」


 そこで立ち上がったのは……


 闇黒あんこく色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープをまとった美少女。


 腰まで届く、降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的なあでやかな紅い唇を不満げに開いた少女。


 ――紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ


 本州中央南部を支配する天都原あまつはら王弟おうてい京極きょうごく 隆章たかあきの第三子であり、若干、十七歳にして天都原あまつはら国軍総司令部参謀長を勤める才女。


 本日は、歴史ある最古の大国、”天都原あまつはら”の代表代理を務める真に希なる美貌の少女であった。


 第九話「奔放なる焔姫ほのおひめ」前編 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る