第31話「最嘉と立ち位置」前編(改訂版)

↓京極 陽子のイラストです↓

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 第三十一話「最嘉さいかと立ち位置」前編


 ――天都原あまつはら軍旗艦の一室


 俺の視界に最初に入ったのは、よく知る少女に向けられた血染めの刃……


 「っ!」


 それだけで十分だ……

 それだけで俺が”即時行動”するには十分すぎた。


 ――はるに危害を加える者は殲滅し排除するっ!


 「春親はるちかぁぁぁーーー!」


 ガキィィーーーーン!


 「くっ、くそガキッが!なに熱くなってやがるが……じゃ……」


 ビュン!


 「くっ!」


 弾かれた刀をたぐり寄せ立て直そうとする伊馬狩いまそかり 春親はるちかに対して、更に踏み込んだ俺の二撃目が横一閃する!


 「くぉっ!?」


 堪えきれず後ろにバランスを崩した伊馬狩いまそかり 春親はるちかに……


 ドスゥゥ!


 「がはっ!」


 俺は間髪入れず、春親はるちかの顔を勢いよく蹴り飛ばす!


 「う……くぅ……」


 そして蹴られた男は特徴的な長剣えものを投げ出して、打撃をモロに受けた顔面を両手で押さえながら呻き声を漏らしてその場にうずくまっていた。


 「……」


 足下に這いつくばる相手を見下ろし俺は……


 ヒュオン!


 瞬間的に死角から視界に乱入した血塗られた刃は、まだ吸い足りないとばかりに確実に俺の首をなぞる……


 「っ!」


 それを紙一重、そうまさに薄紙一枚の隙間も無い距離でかわした俺は、斬撃を放った相手に反撃の刃を繰り出していた。


 ガキィィン!


 再び飛び散る火花!


 俺の剣を受けたスキンヘッドで無骨な男は、直ぐさま受け止めた剣の勢いをいなしながらも、死角の横側に回り込もうとする。


 シャラン!

 シュルッ……ギャラァァン!!


 「ぬっ!?」


 ――細めの眼を見開くスキンヘッドの男……確か織浦おりうら 一刀斎いっとうさいだったか?


 俺は激しくぶつかり合った剣圧を巧みにいなす織浦おりうらの剣を剣先で捕まえ、クルクルとオーケストラの指揮棒の様な軽快な動きで絡め取って、最終的には相手の剣を宙に放り投げていたのだ。


 ――カッ!カランッカラン!


 若干の間を置いて、床で跳ねて転がる織浦おりうら 一刀斎いっとうさいの剣。


 「し、信じられぬ……」


 丸腰になった、愕然とした表情の織浦おりうら 一刀斎いっとうさい


 「織浦おりうらを子供扱いち……どがいな剣技ぜよ」


 ボタボタと鼻血がしたたる顔面を覆いながらも目を見開く伊馬狩いまそかり 春親はるちか


 「……」


 「……」


 俺との一瞬の攻防で退けられた二人の男は、それでも鋭い眼光で此方こちらを睨んで只ならぬ殺気を向けてくる事を止めない。


 室内は息苦しく緊張する空気には変わりないが……

 動的状況から一転、今度は静まりかえっていた。


 「……ちっ!」


 ――不味いな……当然だが、この状況は話し合いには適していない

 ――てか、俺の行動が招いた自業自得の状況なんだよなぁ……


 チラリと俺の行動原理であるところの少女、部屋の隅に立つ美少女に目をやるが……


 「……」


 彼女は既にいつもの澄まし顔で、ウェーブの掛かった美しい黒髪と人の心を魅了する暗黒の瞳で、あくまでも優雅に佇んでいたのだった。


 ――”最嘉さいかはこの状況をどう収めるのかしら?見ものだわ”


 ってな声が聞こえてきそうなほど余裕綽々の佇まい。


 「……」


 俺は改めて”ああ、なるほど……陽子はるこだなぁ”と、それどころでは無いのに妙に納得していた。


 「えっと……あれだ……」


 気を取り直して俺は南阿なんあの猛者達に切り出す。


 「……っ!」


 膝をついたまま、負傷した鼻を押さえて俺を睨む伊馬狩いまそかり 春親はるちか


 「その……つまり……あれだ……」


 ――ギラリッ!


 春親はるちかの横で、丸腰の状態にも拘わらず鋭い眼光にて俺を牽制してくる禿げ、織浦おりうら 一刀斎いっとうさい


 「と、取りあえず話し合おう……な?」


 打開策が見当たらない俺が捻りだした言葉と同時に、伊馬狩いまそかり 春親はるちかの押さえた手の平の隙間から鼻血がつぅっと一筋滴った。


 「……舐めとるのか?……貴様きさん


 「うっ」


 ――まぁ、そうだろうな……正常な反応だ


 いきなり斬りかかって来て、鼻面を蹴っ飛ばした相手が急に話し合いを要求って……

 どんな段取りだ?


 これが俺の常識だとすると、完全に”人格破綻者認定”される事だろう。


 「いや、なんていうか、これは不可抗力というか……あれだ……えっと」


 カチャリ!


 「って、コラコラ!そこの禿げ、刀を拾って構えるな!」


 俺は殺気を放つスキンヘッドにツッコんだ後、再び目前の整った中性的な顔立ちが真っ赤な鼻血で台無しの男と交渉を続けようとする。


 「だからだ、この戦の勝敗は既に決しただろう?後は平和的に戦後処理をだな……」


 「戦後処理?平和的?貴様きさんっ!どの口が言うがっ!?」


 春親はるちかは怒りで叫び、織浦おりうら 一刀斎いっとうさいなる禿げは厳めしいツラでジリジリと俺との間を詰める。


 これは駄目だ……


 見たところ春親はるちか一刀斎いっとうさい……

 この二人の目にはどうやら敵対的な炎しか確認できない。


 「悪かったって、何て言うか勢い?そう、勢いでちょっとアレしたけど……謝罪が必要ならするし……」


 「……」


 「……」


 無言で俺を睨む二人の南阿なんあ者。


 ――くそっ、ちょっと顔面蹴られたくらいで心が狭いな!……俺なら……


 ――いや、やっぱり相応の仕返しをする……な


 ジリジリ……


 剣を構え、にじり寄りながら間を詰めて来る禿げと、その後ろで俺を射殺さんばかりに睨み付ける男女おとこおんな


 ――駄目だな、こうなったらり合うしか……


 俺は諦めて覚悟を決め……


 「くすっ」


 「!?」


 「ふふ、くすくす……」


 その瞬間……


 散々四苦八苦した挙げ句に、、不本意でも決意を固めつつあった俺の耳に、場にそぐわない鈴のような可憐で可愛らしい笑い声が届いたのであった。


 「相変わらずね……最嘉さいか、少しは真面目にしたらどうなの?……ふふ」


 控えめであかい口元を手で押さえた、笑いをこらえる麗しの美少女……


 「ちょっと待て!心外な、俺は何時いつだって真面目だよっ!」


 「あら?そう」


 すっかり余裕を取り戻した暗黒の美姫は俺の抗議を軽く流す。


 「くっ……」


 ――大体、元を正せば俺の予定外の行動の原因は陽子はるこだろうが……その本人になんでこんな理不尽な……


 確かに、想定していた話し合いの環境作りを、行き成りぶち壊したのは不本意ながら俺ではあるが、それを選択させたのは誰だ?


 俺の言い分は勝手で理不尽かも知れないが、陽子はるこのあの姿が目に入っては……


 陽子はるこの窮地を!その身に危険を向ける相手に俺が……


 ――冷静で居られるはずも無い!


 「ふふっ」


 それさえもお見通しと言わんばかりの少女の微笑み。


 「……」


 俺はそんな陽子はるこでも……いや、そんな陽子はるこだから……


 シュバッ!


 「っ!?」


 見知った少女に気をやっていた刹那、俺の首元に狙いをつけた刃が再び、視界の外側から襲い来るっ!


 ギィィィーーン!


 間一髪!俺はそれを愛刀で弾き返す。


「……此所ここまで来て、話し合いは無いき……鈴原ぁ!」


 いつの間にか、釣り竿のような特徴的な長剣を再び手にした伊馬狩いまそかり 春親はるちかが、凄んだ声と顔で俺を睨み付けていた。


 「なら、もう一戦交えるか?そこの禿げに命じて?」


 春親はるちかの不意打ちを防いだ俺は、態とらしく溜息をいて見せてから、春親はるちかの背後で刀を構え直す無骨なスキンヘッドの男を顎で指し示す。


 「いいや、貴様きさんにはもっと適当な相手がいるがじゃ……」


 だが、そんな俺の問いかけを否定する言葉を発すると同時に、春親はるちかの女のような口元が歪んで上がった。


 「……」


 ――ちっ、不味いな……ほんと


 俺はそれだけで伊馬狩いまそかり 春親はるちかが何を企んでいるか察しがついた。


 そして俺は、気づかれないように右足に意識を集中する。


 実は俺の持病である右足には、先ほどからズキズキと鈍い痛みが走っていたのだ。


 正直なところ、あの禿げ一人相手にも不安が残る状態といえる。


 「……」


 で――


 当然というか何というか、春親ヤツの指し示す俺の相手に適当な人物とやらは……


 ――

 ―


 部屋の入り口付近には、俺が乱入した後からこの部屋に続いて侵入してきた者達。


 俺の連れてきた臨海りんかいの精鋭三人と……”とびきり”の剣士が一人!


 「……」


 俺が到着早々に突然暴走したせいか、入り口付近で事の成り行きを静観していた彼らは……いや、この際対象は彼らではなく……彼女ひとり……


 「……さい……か?」


 愛らしい桜色の唇が俺の名を呟いた。


 白磁のような肌理の細かい白い肌。

 整った輪郭にはそれに応じる以上の美しい目鼻パーツが配置されている。


 そこに立つ、白金プラチナの軽装鎧を身にまとった少女は紛れもない美少女だった。


 「雪白ゆきしろ……」


 第三十一話「最嘉さいかと立ち位置」前編 END

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