魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-

ひろすけほー

独立編

第1話 「最嘉と無垢なる深淵」 前編(改訂版)

↓京極 陽子&久鷹 雪白のカットです↓

https://kakuyomu.jp/users/hirosukehoo/news/1177354054892612224


 第一話 「最嘉さいかと無垢なる深淵」 前編


 子供の頃の話ってのは思い出したくない赤面の黒歴史の宝庫だ。

 かく言う俺も……


「武勲第三は鈴原すずはら 最嘉さいか!」


 高らかに読み上げられた俺の名に、場が一層のどよめきに揺れる。


 島国”アカツキ”の中央南部に位置する大国”天都原あまつはら


 その周辺に点在する小国群のひとつである臨海りんかい領の居城で、先の戦に対する論功行賞が行われていた。


 自身の姓名を呼ばれた俺は一礼すると居並ぶ諸将の集団から一歩進み出た。


 ザワザワとニワカに騒がしくなる場内。


 僅か十五歳の年端もいかぬ少年による並み居る諸将を押しのけての手柄は、俺自身何度目かではあるが、やはり衆目の興味の的であった。


 「……」


 対して、周囲の反応は兎も角、当の俺自身は至って普通。


 この臨海りんかい領の領主、鈴原 大夫たいふの嫡男にして、武の才、文の才を兼ね備えた麒麟児と評判の俺なら当然だろう。


 「次期当主だからって、な……」

 「実績は認めるが、やっぱりそういうのもあるよな……」


 「……」


 陰口は勿論ある、だが俺にとっては負け犬の遠吠えだ。


 人間は生まれながらに不平等だ。


 頭の良さや身体的素養、容姿などなど、人生のスタート時点での生まれ持っての財産の差が才能と言うのであれば、金持ちや領主の子に生まれるのも才能といえるだろう。


 しかも俺の場合、数々のいくさ手柄は俺自身のたゆまぬ努力の賜であって、なんら引け目に感じることなど無いのだ。


 家柄がどうとか、才能がどうとか、あまつさえ他人の批判をする暇なんてものがあったら、一度でも血の滲むような努力を飽きるほどしてから口にしろと思う。


 ーー結論、言いたい奴には言わせておけば良い!


 それが十五歳の時の俺の実にかわいげの無い持論だった。


 「……謹んで拝領致します」


 俺はそんな考えを?おくびにも出さず、臨海りんかい領主である父、鈴原 大夫たいふにペコリと頭を下げて報奨である宝刀を受け取った。


 「……」


 続いて、居並ぶ諸将達に顔が見えなくなるほど頭を下げて殊勝さを演出する。


 子供が大人達に先んじて手柄を立てるんだから、常に配慮は必要だ。

 へりくだると言うよりも処世術、敵なんてものは無いに越したことは無い。


 子供らしからぬ考えを巡らせながら俺は心の中でいつもの言葉を反芻していた。


 ーーまだまだだ、この乱世に生まれてきたからには最大限の高みに登りたい!

 ーー俺はもっと上にいく……


 「!」


 そう決意していた俺の瞳が、ふと貴賓席の一角に引きつけられる。


 いつもはまったく気にならない周囲、鈴原 最嘉さいかという主人公の世界に生きる脇役に過ぎない景色に、その時の俺は目を奪われていた。


 「……」


 今まで経験した事の無い行動ながら、ごく自然に当たり前のようにそこに視線がはりつく。


 ……今から思えば、それはある意味運命だったのだろう。


 臨海りんかい領の諸将が居並ぶ正面、領主である父が立つ後ろに並んだ貴賓席のその場所に俺は視線を絡め取られていた。


 そこは同盟国の領主や、それに類する賓客を招く場所だ。


 その時は賓客中の賓客、同盟国といっても、我が臨海りんかいにとっての盟主国たる大国”天都原あまつはら”の王弟おうてい京極きょうごく 隆章たかあき公が訪れていた。


 京極きょうごく 隆章たかあきは、大国天都原あまつはら第二権力者ナンバーツーである大人物だ。


 滅多にお目にかかれない大物であるが、俺の興味は一際威厳のある髭の人物のその隣……サイズに合わない大仰な椅子の上へ”ちょこん”と人形のように可愛らしく座った、整った顔立ちの愛らしい少女だった。


 腰まで届く降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的なあでやかな紅い唇が退屈そうに結ばれている。


 年の頃は俺と同じくらいだろうか?


 ーーそして


 その少女の極めつけは漆黒の、恐ろしいまでに他人ひとを惹きつける……”奈落”の双瞳ひとみ


 ”奈落”……無垢で可愛らしい少女の美しさを表現するにはそぐわないその”装飾ワード”が、その時の俺には一番シックリと収まった。


 黒髪美少女の代表的特徴チャームポイントは、美しくも何処か不安にさせる魅惑的な瞳だったのだ。


 「……」


 「っ?」


 不意に、その少女の小さく品のある口元に僅かな角度がついた。


 ーー俺に?

 ーーどう考えても俺しかいない……よな……?


 大勢の眼前にも拘わらず賓客である異国の少女から目が離せない俺。


 「……くすっ」


 ーードキリッ!


 今度は完全に笑った……いや、笑ったって程じゃ無いけど……確かに微笑した。


 あくまで控えめに、だが白い指を添えて覆われた紅い口元が、僅かに綻んだのを俺は見逃さなかったんだ!


 「……」


 俺は生まれて初めて異性に心臓がはねた。


 やはりこれは運命だったろう……


 但し……


 但し、運命というものが必ず幸運な事であるとは限らないのだけど……



 ーーー

 ーー


 ーバンッ!


 「!?」


 善し悪しは置いておくとして、懐かしい想い出に耽っていた俺の耳は突然の騒音にビクリと反応してたちまち意識が覚醒する。


 「たばかられたんだろうっ!俺達は!」


 木製で比較的厚みのあるテーブルを叩きつけて男は立ち上がっていた。


 仰々しい重装鎧プレートメイルを装着した上背のある男は、そう吐き捨てると黒いマントを翻らせてその場を去ろうとする。


 「……」


 俺はまだ少しほうけた頭で自身の状況を再確認していた。


 ここは天幕の中、もっと詳しくいうと戦の本陣だ。


 只今被害に遭った目前の木製テーブルを囲んで、俺を含んだ三人の人物が座っている。


 俺はテーブルの上に雑誌を広げ、右手にペンを握った状態で座る。

 雑誌の開かれたページには、無数に区切られた四角いマスとページ隅に記述された問題の数々……


 ーー島崎 藤村の詩集、若菜集の代表的な詩です?

 ーーたしか「初恋」……だな


 「お?おぉ……だからか」


 俺は独りで妙に納得していた。


 そんな事を考えていたから、なんだか懐かしくも恥ずかしいあんな過去の思い出に意識が飛んでいたのか……


 ーーそうだ!

 ーーそうだった、俺は……


 「クロスワードの最中だったのだっ!」


 「軍議の最中だっ!!」


 ガタッ


 立ち上がっていた”むくつけき男”は、俺の独り言に割り込むようにツッコんでくる。


 「ちっ!」


 テーブルを叩いた勢いのままの腹立たしそうな顔で俺を睨みつけ、今度こそそのまま退出しようと……


 「どこに行くのかしら、軍議はまだ終わってないでしょ?」


 ーー?


 俺の左向かいに座る、気怠そうな女戦士が大男の行動を引き留めようとする。


 ーーご苦労様なことだなぁ……


 他人事のような感想をいだきつつ、俺はその女をチラリと覗き見た。


 少し垂れ目気味で長い髪を後ろで束ねた気怠げな女戦士。


 俺より少しばかり年上で見た目は結構な美人、更に中々艶っぽい……所謂”いい女”だ。


 ーー見た目はな……


 彼女もまた、目前でいきり立った熊男ほどでは無いにしても、大層な金属製の鎧を身に纏っている。


 「軍議?この期に及んで何を議論するんだ!大勢たいせいは決したも同然だろうが!」


 「既に勝ち目無しと言うのかしら?知らない間に随分と臆病者に成り下がったものね、”日限ひぎりの圧殺王”なんて恥ずかしい異名で呼ばれるほどの野蛮人の貴方が」


 多分、引き留めようとしてはいるのだろうが……


 彼女の軽い言い様は、なんとなく誠意を感じられない。

 いや、傍目には状況にかこつけて大男をからかっている様にしか見えない。


 「……」


 立ち止まった巨体は、再びゆっくりと振り向く。


 出て行こうとする大男と、たいして熱心で無い態度で引き留める?……女。


 どちらの者の鎧も、所々歪み、へこみ、刀傷や槍傷の跡が生々しい。


 大将である彼らがこの有様であるわけだから、この戦いがかなりの苦戦……いや、負け戦であるのは簡単に見て取れるだろう。


 「野蛮人だと?我が武勇を愚弄するのか!」


 女戦士の言葉に、屈強で怖面こわもての男はズカズカとテーブルに腰掛けた相手に詰め寄っていった。


 「はいはい、良く出来ました。次はそこにお座りしなさい、圧殺王さん」


 歴戦の兵士達でさえ震え上がる様な巨漢の恫喝を軽く受け流し、事も無げに男が元いた席を指さす女戦士。


 「ぐ、ぐぬぅぅ」


 なんだかまんまと乗せられて陣中を去る機会を失った大男は、見た目通りのひぐまのようなうめき声をあげて苛立たしげに女を見下ろしていた。


 ーー殺伐としてるなぁ……


 苛立って策も無く戦場を放棄しようとする単細胞熊男も熊男なら、それを挑発紛いの軽口でとどめさせる、状況をなんら好転させる気が欠片もないこの女も女だ。


 カキカキ……


 そして、我関せず……テーブルの上に広げた雑誌に再びペンを走らせている俺も俺だが。


 カキカキ……


 「……」


 「……」


 「えーと、小説……総論……っと」


 カキカキ……


 「……おい鈴原」


 ーー?


 いつの間にか静かになった二人が、どうにも俺の方を見ているようだが……


 ーーいやいや、気のせいだろう、それより俺は忙しいんだ!


 「えっと、浮き雲……ってたしか……」


 グイッ!


 「おおっ?おおーーって、なんだ?急に雑誌が遠ざかっていくぅぅ!」


 ーーいや、何のことは無い


 テーブル上の雑誌に張り付いていた俺の視界は、目前の熊男に持ち上げられて普段見知った高さよりも更なる高度でそれを見下ろしていただけだ。


 「おまっ、なにすんだよ!もうちょっとで問題が……」


 「それはこっちの台詞だ!鈴原すずはら、貴様はこの一大事に一体何をしているっ!!」


 熊男はただでさえ恐ろしい造りの顔を更にしかめて俺を睨み付けてくる。

 丸太のような両腕で俺の胸ぐらをつかんで持ち上げるという理不尽な状態でだ!


 「えっと……クロス……ワード?」


 哀れな首つり人形に成り果てた俺は、粗暴な野生動物を出来るだけ刺激しないよう留意しつつ尚且つこの荒くれ者の荒んだ心が少しでも和むようにと……


 ーーニッコリ!


 超ベリーキュートな表情で応えてやった。


 「ちっ!」


 ガシャン!


 「うわっ!」


 次の瞬間ーー


 俺の身体からだは二メートル近くの高さから自身の座していた木製の簡易椅子を弾き飛ばして一気に乾いた土塊つちくれの表面に叩きつけられていたのだった。


 第一話 「最嘉さいかと無垢なる深淵」 前編 END

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