第132話 スノーハムスターのお仕事

「ごべんなさいでした……!」

目の前で雪入さんが正座している。その後ろには頬を膨らませた結衣の姿。


「いやいや、大丈夫ですって」

こうなってしまったのは私が少し過剰に驚いてしまったからで、その瞬間、結衣が雪入さんに襲い掛かって、今の状況に至る。


「やーちゃんは、相変わらず彼方ちゃんの優秀な番犬だね~」

「倉井さんも止めてくださいって」

「あっはっは、偶には痛い目見た方がいいんだよ」

倉井さんはいつにもなく楽しそうだ。


「それで?聞いてもいい?」

「嫌です」

倉井さんの問いかけに、一回、断っておく。

だけど、VTuber事務所で働く以上、私の活動は知らせないといけないだろうし、こっちで働くことになることは、3Dライブのこともあるし@プラスさんにも話さないといけないだろうし。


にこりと笑う倉井さんに、ため息をつく。

心の準備期間はないみたいだ。


「私は、下切雀というVTuberと一緒に活動しているんです。その通称が飼い主さん」

「……え?」


声をもらして目を丸くする結衣。

やがてその表情が驚愕に歪んで、口が大きく開いた。


「ええええええ!?」


「やーちゃん、知ってるの?」


「知ってるも何も!有名人っすよ!ほら!」


結衣のスマホに表示された雀のMetubeチャンネル。

その登録者数を見て、倉井さんが「わお」と声を上げた。


「なるほどねぇ……じゃあハムスターがわかるわけだ」


どういうことかと首を傾げると、雪入さんが立ち上がって胸を張る。


「私は!一度ハオったものを忘れない!」


ハオ……?


「瞬間記憶能力って聞いたことある?」


「確か、一度見たものを忘れないみたいなやつですよね」


漫画で培った知識だけど、答えると倉井さんがこくりと頷いた。


まさか……


「そう!何を隠そう!私は瞬間記憶能力の持ち主であり、それは音にも適応される!つまりは一度聞いたハオな声は絶対に忘れないのさ」


雪入さんはにこりと笑う。


「ということでよろしくね。飼い主さん」


差し出された小さな手をしょうがないと苦笑いを浮かべながら取った。


◆◆◆


「それで活動方針などは」

「わからないからひなたに聞いて!」


倉井さんはその言葉に、無言で拳を顔まであげる。


「……彼方ちゃん、私の拳がいうことを効かなくなっても止めないでいいからね」


「事務所にサンドバッグとか用意したほうがいいかもしれないっすね」


「あはは……」


「はぁ」と倉井さんがため息をついて、書類を手渡してくれる。


「今後の予定としては、オーディションをして、選考、姿はオーダーメイドで仕立てる時間がないからあらかじめ用意した姿を選んでもらうって形で、そこからデビューって予定だけど、何事もなく事が進んだとしても早くだいたい10月ぐらいになると思う。彼方ちゃんの仕事は、とりあえずはオーディションの募集用PVの作成と手が空いたらやーちゃんやハムスターの手伝いをお願い。あとOTONASHIの方からも仕事をまわしてくれるからそっちもこなしてほしい。私は本社のほうでも仕事しなきゃみたいでたぶん定期的に頭おかしくなると思うけど気にしないで」

「仕事内容は了解ですけど、倉井さん大丈夫ですか……?」

「え?はは……ははははは」

「倉井さん……」


「陽は優秀だし、そこそこおっきな企業で課長やってたからそりゃあこんな僻地じゃなくてあっちで働いてほしいよね」


「うちとハムスターさんはホームページ作るっす!」

頼れるWebデザイナーの結衣が両手を上げて力こぶを作り、頑張るぞのポーズをする。


「そうだね。私も邪悪な本社からの仕事を嫌々やらないとなんだよね~」


「やーちゃんも彼方ちゃんも、詳しいことは渡した企画書に書いているけど、わからないところがあったら聞いてね」


「了解です」


「じゃあ私は今からお昼寝するから」


「自由過ぎるねぇ……、今日はこの後、非常に不服ながら本社に顔出さないといけないから私はそろそろ失礼するよ」


「なんすかこの職場……彼方さん、うちはこれからコラボカフェでランダム商法に翻弄される予定っすけど、一緒に行きませんか?あと嫌じゃなければ、その、飼い主さんの話とか少し聞いてみたいっす」


「……いいよ。まだお昼前だし、遊びに行こっか。飼い主関係のことはまあ、話せる範囲でいいなら」


「やった!」


正直、この事務所、大丈夫なのかな、と思いながらも嬉しそうに飛び跳ねる結衣に、顔を綻ばせつつ、一緒にお昼の街へ繰り出した。



◆◆◆


____すんすんすん。


夕方頃に帰宅した私を出迎えたのは、怒涛のすんすん攻撃だった。


寧々が私のお腹辺りに顔を埋めていて、長月さんが背中側ですんすん、と鼻を鳴らしている。


「寧々、これどう思う?」

「有罪かも」


「匂いの感じ、30手前ぐらいの女が2人、22歳ぐらいの女が1人だな」


「え、こわ……」

長月さんの言葉に、軽く引く。

なんで匂いを嗅いだだけで、年齢までわかるの……


「仕事ですよ」

「だが22歳ぐらいの女とは特に一緒にいたように思える。裁判長、意見を」


「服は洗濯、お風呂の刑。ご飯はお風呂から上がれば食べられるようにしとくね」


「ありがと~」

寧々に抱き着こうとすると、すすすと離れられた。

えっ、ショック……お風呂入ろ……


「裁判長!甘いですよ!死刑が妥当です!」

「お姉ちゃん、今日、お酒飲む?」

「飲む~~~~!」


長月さんは何個人格があるのか、疑問に思いながらお風呂へ向かった。

______________________________________

姉妹のすんすん攻撃、彼方さんはまんざらでもなかったりします。

次回更新は土曜日か日曜日辺りです。

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