シーバスと俺の魔女3<秋>
「糸田のクラスは学校祭、何をするの?」
「メイド&執事の喫茶店」
俺がそう言うと、大磯は噴き出した。
「糸田、執事になるの?」
「……悪かったな」
大磯は大笑いする。そんなに笑うことないだろうと思う。
「糸田は執事っていうより、護衛のSPって感じだよね」
「俺だって、似合わないことくらい理解している」
なんとなく、ムッとする。どうせ、俺はガラが悪い。見るからに王子様な剛とは違って、品の良さなど欠片もなく、良家の執事なんて務まりそうもないだろう。どう好意的に見ても、用心棒にしか見えない。
「笑ってごめん。でも、きっと執事の制服、似合うと思う。見に行くね」
「来るな。来なくていい」
俺は、思わずそう言う。どう考えても、笑われるだけだ。
「私が行くとそんなに迷惑?」
少し寂しそうに、大磯が呟く。
瞳に本気で哀しそうな色をにじませる。
正直、この顔は反則だ。この顔をされたら、俺は絶対に断れない。
「俺じゃなくて、ナギちゃんに会いに来ればいいだろ」
大磯の大親友の塩野凪は、俺と同じクラスだ。
「わかったよ」
クスクスと大磯が笑う。
「俺、山倉と一緒の班だから、たぶん、俺は暇」
執事という名のウエイターは、指名できないけど、やっぱりモテる男に女の子が群がるのは簡単に想像できる。
「そう言えば、うちの水泳部の遠山も執事とかするの?」
「遠山?」
不意に名を上げられて、自分の眉が吊り上がるのを自覚する。
いけないと思いつつも、大磯から男の名前を聞くと、つい嫌な気分になる。
「うん。遠山って、背が低いじゃん。糸田や山倉くんサイズだと、服が全然合わないだろうなあって」
「別にサイズは他にもあるし。俺と山倉がどっちかというと異例なほうだし」
なんといっても、うちのクラスは、塩野コンツェルンのお嬢様、塩野凪のご実家の全面バックアップをうけているから、衣装はすべて本物を格安レンタルである。
「遠山は糸田達と一緒なの?」
「ああ。そうだけど……」
隠すのも変だから頷く。しかし、自分でも嫌になるくらい、胸に不安が広がった。
遠山は、小柄で、顔はあんまりパッとはしないが、運動神経も抜群だし、性格はいい。黄色い歓声を浴びることはあんまりないだろうが、女子の好感度は高い。
同じ水泳部の大磯と遠山の組み合わせは、考えてなかったが、納得できないものではない。
「遠山ね、うちのクラスの玲子が好きなんだ。でも、玲子、山倉君のファンだから、連れてったら、遠山はきっと泣くよね……」
大磯は自分も水を飲みながらそう言った。
「仲を取り持ってほしい、って言われているんだけど、山倉君と遠山じゃ、スペックが違いすぎるというか……いい奴だけど」
困ったというように首を振る。
俺は、ほっと胸をなでおろす。我ながら、本当に心が狭いし、余裕がないなあと反省する。
「お前……大変だな」
ようやくそう言うと、大磯はふーっとため息をついてから、首をすくめた。
「あのさ、今の聞かなかったことにしてね」
「わかっているよ」
大磯は決して口が軽い方ではない。俺を信用しているからこそ、つい話してしまったのだろう。
「俺から見たら、山倉より、遠山の方が絶対イイ男だけどなあ」
「しょうがないよ。玲子、ミーハーだもん」
大磯はそう言うと、俺から台本を取り上げる。
「ま。なるようになるでしょ。」
大磯が適当? に結論付けると、奥から親父さんが俺の竿を持ってきてくれた。
「待たせたね、亮君」
「いえ、大丈夫です」
大磯の親父さんは、何か話をしたそうに俺を見る。あんまり娘に聞かれたくないらしい。
大磯はそれに気が付いていないのか、カウンターでコーヒーカップを片づけている。
「何ですか?」
「土曜日の夜、空いてるか?」
親父さんはこそこそと話してくる。
「はい。なんですか?」
しーっと、親父さんは指を立てる。
「シーバスを釣りに行かないか?」
「いいですけど……」
俺が答えると、すっと、空気の温度が三度くらい下がった。
「お父さん。高校生は夜釣りに行っちゃいけないって、私には言ったよねー」
凄みのある低い声で、大磯が親父さんの背後に立つ。
「いや、お前は女の子だし……」
「よその家の男の子を誘っておいて、娘をないがしろにするなんて!」
怒涛の親子げんかが始まる。
親父さんは、大磯が夜、出歩くのを嫌う。男親として当然だと思う。
思うが、大磯の気持ちもわかる。
「おじさん、俺、遥さん、面倒見ますよ?」
目の前の激しいけんかにめまいがして、ナイト役を申し出た。
「本当か? よかった、よかったなあ、遥」
親父さんは、ポンポンと、大磯の肩を叩く。親父さんは、娘が心配だけど、自分が釣りに専念したいから連れていきたくないだけなのだ。
「ごめん。ありがとね」
頼られるのは、嫌じゃない。むしろ嬉しい。だが、何となくはめられた気分がした。
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