しめサバを君に2 <秋>
家に帰っても、私の胸のモヤモヤはおさまらず、私は竿を担いで、いつもの波止場へと繰り出した。
柔らかい秋の日が傾こうとしていたが、折り畳み椅子を出して、バケツに海水をくむ。
ラッキーなことに、半解凍のあみエビが少し売れ残っていたので、父さんに頼んでもらってきた。どのみち、この時間から、それほど売れることはないので、廃棄処分すると思えば有効利用である。
まずは、コマセ。持ってきたあみエビを使って、魚を寄せるために撒き餌をするのだ。
のんびりと、エサをまきながら、しばらく待って、しかけのかごに、あみエビを詰めて、ゆっくりと海中におとす。初心者でも簡単なサビキ釣りである。
サビキとは、エサに似せた疑似餌の針のこと。針にエサはつけず、撒き餌をしながら釣る方法だ。
静かに海中に仕掛けを落とした後、リールを二、三回巻いて、仕掛けを上下させる。すると、かごに入ったコマセが振り出されて、それに寄せられた魚が針にかかるという仕組み。針が何本もついているので、一度にたくさん釣れることもある。
釣れる魚種も豊富だから、コレ!って狙わない釣りとしても、面白いと思う。
「うにゅー。こないなあ」
しばらくしても、手ごたえがないので、竿を上げ、もう一度あげて、あみエビをもう一度つめて海水へとおろす。待っているうちに、魚は回遊してくることがあるので、のんびり、気長にやるしかない。
どれくらいたったのだろう。さっぱりあたりが来ないまま、時間だけが過ぎた。自分に集中力がかけているせいもあるかもしれない。
「あの子、糸田君と付き合っているんだって」
考えが沈むと、玲子の言葉がフラッシュバックする。
だから、なんだ、と思う。
付き合っていることを打ち明けてもらえなかったことにショックを受けている? それとも、糸田が他の女の子と付き合っているのがショックなのだろうか。
正直、どっちのポジションで自分がショックを受けているのか、よくわからない。
「やっぱり、ここにいたのか」
不意に声をかけられ、振り返ると、糸田が立っていた。
「親父さんに聞いたら、たぶん波止場だって聞いたから」
糸田は学生服を着ていた。試合後、まだ家に帰ってないのだろう。
「え? 何か用だった?」
聞きかけたとき、竿がくくっと反応した。
「あ、ごめん。来た」
何か言いたげな糸田に向けていた視線を、竿に戻し、ゆっくりとリールをまわし始める。
サビキは、針がいくつもあるため、もう少し待っていてもいいのだけど、現在、戦果ゼロ状態なので、あげてしまうことにした。
「おっ、サバだな」
海面にあがってきた魚影をのぞき込んで、糸田が断言した。
「うん。割とイイ型」
私がゆっくりと仕掛けを引き上げている間に、糸田が撒き餌をしてくれた。寄せた魚群を逃がさないためだ。
慎重に糸を寄せて、重りを足で抑える。サビキは針の数が多いので、気を付けないと服にひっかけたりするから、丁寧にやらないといけないと、父親に口が酸っぱくなるほど言われている。
慎重に、サバを針からはずして、竿を置くと、まだハネる魚を固定して、ナイフをエラの横に差し入れた。そして、そのまま、エラを外し、海水の入ったバケツに入れる。もちろん、外したエラはゴミとしてきちんと袋に入れておく。
「相変わらず、鮮やかに締めるねえ」
糸田の褒め言葉に、気分が良くなった私は、サバを洗いながら、どうやって食べようかと考える。
「うーん。どうしようかなあ」
サバをクーラーボックスにしまって、もう一度、仕掛けにコマセをつめながら、ふと、我に返った。
「ごめん。何の用だった?」
慌てて、糸田に問いかける。糸田の方も、サバに気を取られていたらしく、はじかれたように私を見た。
「あ、えっと。今日、試合、来てくれたよな」
なんか、歯切れが悪いなあと思いながら、私は頷いた。
「うん。ごめん、忘れてた。地区大会優勝おめでとう」
「あ、ありがとう」
「糸田、大活躍だったね。頭脳プレーが際立ってた。やっぱり頭がいいんだなあって思った」
糸田の顔が真っ赤になった。この程度の褒め言葉で照れるなんて、永沢もそうだけど、うちの学校のバレー部ってアタッカー以外はそんなに冷遇されているのかな?
確かに、エースの山倉は絶対エースって感じで、カッコいいけど、顔だけだったら、糸田や永沢のほうが二枚目なような気がする。
「大磯、バレー、好きなのか?」
「うん。オリンピックの全日本の試合くらいは見るよ。好きっていっても、ただのミーハーで、それほどわかっていないけどね。今日は玲子に誘われて、ね」
言いながら、首をかしげる。なーんか、永沢にも同じようなこと聞かれたなあ。私がバレーボールの応援に行くって、キャラ的にそんなに変なのだろうか。
「なあ、大磯って、剛と付き合っているのか?」
「へ?」
なんのことかわからなかった。さぞや間抜けな顔をしたのだろう。糸田は首をかしげた。
「違う? ずいぶん、仲がよさそうだったから」
頭の中を再検索かける。
「ひょっとして、永沢君?」
頷く糸田に、私は焦った。
「げ。やば。そんなふうに見えちゃったの? 困るなあ」
「……?」
私の反応が意外だったのか、糸田は不思議そうだ。
「永沢君、ファン多いの。クラスでは、本当に大人気なんだから。噂なんかになったら、学校行けなくなる」
私の言葉に、糸田は苦笑した。
「剛のファン、そんなに過激?」
こくこくと私は頷いた。
「本当に付き合っているなら、仕方ないけど。そうじゃないんだからそんなの困る。今日の永沢君、優勝したせいではしゃいでたから、どの女の子と話しててもそう見えたんだと思うけど……」
私の言葉に、糸田が苦笑いを浮かべた。
「そこまで否定したら、さすがに剛が可愛そうだけど」
口ではそう言いながら、なんとなく糸田の目は優しく笑っている。私の反応を面白がっているらしい。
「永沢君はカッコいいし、性格もいいと思うよ」
私は言いながら、再び仕掛けを海に沈める。ゆっくりと動かしながら海面に目をやった。
「だから、いくらでも女の子を選べると思う。こんな魚臭い女と付き合わないって」
「……ずいぶん、自虐的だな」
「事実だもの」
竿をくいっと引っ張る感覚。
「来たっ」
さっきはすぐにあげたけれど、今度はじっと待つ。さびき釣りの醍醐味だ。一匹、針にかかると、仕掛けのかごのコマセが落ちる。そうすると、別の魚がまた針に引っかかるのだ。
「欲張るね」
「伊達に、魚臭くありません」
何度目かの引きの感覚を確認して、ゆっくりとリールを巻いていく。大急ぎで巻いてしまうと針が外れてしまうので、焦ってはいけない。
「おっ、来たな」
ずっしりと重い感覚を楽しみながら、仕掛けをあげていく。
「わぉ。こいのぼり!」
三匹のサバが、針にかかっていた。活きの良い様子は、本当にこいのぼりのようだ。これは何回やっても、お得感があって、嬉しい。
「めちゃ、いい顔するなあ」
糸田がぼそりと呟く。そりゃあ、そうでしょう。これほどの歓喜はそうそうない。
丁寧に針から外し、一匹ずつナイフで絞めていく。面倒だけど、これをしておかないとせっかくの魚の味が落ちてしまう。
血抜き作業を終えて、私はにこやかに笑っている糸田を見上げた。
「それで、何の用だったの?」
私は、もう一度そう聞いた。
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