その先へ行くために!

 巨大な影が頭上に掛かり、星明りも、月さえも覆い隠す。

 それを見て、雪乃は恐怖に戦慄した。その一方で、喜びに打ち震えてもいた。

 だって、このような強大な敵ならば、己の怒りも喜びも、思う存分ぶつける事ができる。


(……あの人の……空那の為に……そして皆のために、戦える!)


 自分の中から際限なく湧き出る感情に、雪乃は吠えた。


(こんなに恐ろしい敵が、嬉しくて仕方ない! 誰かの為に戦えるのが、嬉しくてたまらない!)


 この、どうしようもない『勇者の力』から生み出されるのは、単純な暴力であり、破壊である。

 しかしそれは、大切な誰かを守るために振るわれる。抗う力のない人を、守るために使われるのだ。


 だから、涙を流して歓喜する。

 これは『愛』である!

 あるいは、『正義』であると!


 人々に、理不尽を与える敵がいる……だから守るため、全力で戦うのだ!

 もう、思いを抑える必要はない。この身が擦り切れるまで、戦い続けよう!

 誰かの『盾』として……あるいは『剣』として。

 これしかできない自分が、守る事で『なにか』を創っている。

 だから、命を燃やして戦える。

 雪乃はアスファルトを蹴り、奇怪な影に向かって跳びあがると、血の味の広がる口の中で呟いた。


「私……頭のいい人は、尊敬します!」


 自分には創れない物を……いつか、創ってくれるから。



 地下水路の中のケイ素生物が、突如として完全に姿を消した。

 理由がわからない。

 中枢部までは、あと60メートルほどの距離である。

 水路内に光はなかったが、人形を通して、周囲の様子を読み取る事ができた。

 電磁的な反射で環境を把握し、前方に巨大な壁がある事を確認する。

 近づくにつれ、淡い光が見えてきた。そして、わずか15メートルの所で観察する。壁は、微かに鳴動めいどうし、波打っている。時折、緑色に光っている。

 それを見た瞬間、アニスはひとつの結論に思い当たった。


(これは全ケイ素生物を使って繰り上げた、『超大型の集合体』だ。父は、計画を変更したのだ)


 父は人々の改変ではなく、自分を守り、敵を倒す事を優先している……あるいは、すべてのケイ素生物を集めなければ、対抗できないと判断した。

 それほどまでに、街に落ちてきた人形達は、あるいは天空に浮く構造物は、強大な力と言う事だろう。


 銀の壁から、何本もの触手が伸びる。それは四足の物とは太さも長さも桁違いで、数倍に及んでいる。

 巨大な銀腕が、唸りを上げて向かってきた!

 いかに人形が強力でも、あれを正面から受ければ、あっけなく潰れてしまうだろう!


 アニスは人形を大きく後退させて回避する。太い触腕は轟々と唸りを立てて追って来て、とても壁まで近づけない。


(これは困った。この人形の性能では、あの『超大型の集合体』には対抗できそうにない)


 そこで、アニスは……次の手段に移ることにした。

 実は先ほど、この人形の限界を探っている時に、妙な部分を発見したのだ。外部からの接続では、万が一にも作動しないように、厳重に幾重にもロックされた部分だ。

 アニスはそれを、おそらくリミッターか、特殊な攻撃手段だろうと推測していた。

 いくら外部からの命令に対してロックを掛けていたとしても、直接内部に手を突っ込めば、丸裸も同然である。

 これほど、厳重にロックを掛けてるのだ。きっと、現状を打破できる『なにか』がある。

 早速、起動させようとして……はたと思い至る。


(これは……起動させても、よいものだろうか?)


 どのような装備かわからないが、さすがに自爆ではないだろう。

 可能性が高いのは、『人形自体のエネルギーを使い果たす強力な武装』、あるいは『リミッターの解除』だと思う。しかし、制御ができなくなり、暴れだしたら死ぬかもしれない。音速や耐熱温度を超える武器だったら、自分は消し飛ぶ。

 だが、いつまでも狭い通路で、回避に専念するのは限界があった。


(……そもそも何が起きるのか、データもないのにわかるわけない)


 急に、すべてが面倒になる。


(ま、いいか)


 と……アニスは今までの人生で、一番適当な気持ちで、ロックを解除した。



 空那は、知っている。

 神の軍隊は、間違いなく無敵であり、どんな敵にも絶対に勝てると知っている。

 ……それでも、一抹の不安は残る。この世に、『完全無敵』などありはしない。

 だって、その神の軍隊を、前世で魔王は見事に『封じて』みせたのだ。

 だから彼は、背中から回された砂月の手を握って、己に言い聞かせるように、あるいは確かめるように、声に出した。


「なあ、砂月。雪乃とアニス先輩……そして、街の人たちを……俺たちで、絶対に助けような!」


 神の軍隊と『真っ向から戦った記憶』を持ち、ゆえに誰よりも比類なき強さを知る妹は、笑みを浮かべて力強く頷いた。


「うん! だいじょぶだよ、おにいちゃん! だって、スキーズブラズニルは無敵だもんっ!」


 それでようやく、空那は安心できた。

 世界を支配しかけた、かつての敵が保証してくれた……それは、とても心強い言葉だった。



 炙山父は、巨大なケイ素生物の頂上に、その身を横たえる。

 ケイ素生物達は、彼をいつくしむように、淡い緑の光を振りまいた。それは、自我を、意思を、感情を持たぬ彼らの、精一杯の生命の炎だった。


 わずかに近くなった空に、星が瞬く。

 炙山父は、天を見上げる。


 もう少し……もう少しで、あそこに帰れたのだ!

 真空。闇。どこまでも続く広い空間。冷え切った世界。

 ……あの、懐かしき宇宙へと!

 邪魔をするな、止めてくれるな……私を、あそこへ帰らせてくれ!

 計画は万全のはずだった……なぜ、こんな状況になったのだ!?

 なんてことだ! せめて、あの荒走空那さえ、先に始末していたなら……っ!


 ……いや、やめよう。

 その考えは、時間の無駄である。

 後悔は、生産性の一切ない行為だ。


 しかし、なぜだろう?

 この程度の高さ、この星の建築物でさえ、容易に近づけるというのに。

 なのに今は、地表から、たったの200メートル余りの場所が、とても愛しい。

 ……自分の手で、作り上げたものだからだろうか。


 遠く下の地面では、この星の住民が暴れている。

 外見の特徴から、先ほど『大霧雪乃』と特定した少女である。アニスと同じ高校に通う、ひとつ年下の地球人だった。

 しかし驚くべき事に、彼女はデーターベース上、何の変哲もない女子高生でしかないのだ。過去に特殊な事件を起こしたこともないし、身体データも人並みである。


 なのに……なぜ、あんなに強いのか!?

 今の年齢に至るまで、あの特異な身体能力を、片鱗すら見せていなかったというのだろうか?

 やはり彼女もまた、理解不能の信じがたい戦力であった。


 さて、分析はこれくらいにして……そろそろ、やらねばなるまい。

 炙山父は、接続されたケイ素生物達に、最後の命令を下す。

 この計画は、まだ失敗していない。成功の可否をかけ、全力を尽くさねばならない。



 全員が予感していた。おそらく『次の一手』で、すべてが決まるだろうと……皆、足掻いているのだ。

 自らが望む未来に……その先へ行くために!

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