第19話 野外練習③
「はっ!? すっ……好き!?」
ラシェルの問いかけに驚いたのか、ザックは思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「な、な、何馬鹿言ってんだ!」
「いや、別にもう隠さなくてもいいというか……」
むしろ、その恋心のおかげで今こうしてザックが入団しているのだから、ラシェルからすれば願ったり叶ったりだ。
決してからかうつもりではなく、純粋な興味で尋ねているのだということを、ラシェルの真顔から察したのか、ザックは俯きがちにゴニョゴニョと呟いた。
「べ、別に、惚れてるとかそういうわけじゃねえけどよ……た、多分。俺の実家はカカア天下で気が強い女が多かったから、ああいう、ふわふわした感じの……おしとやかそうなところが、いいなあって思ったというか……」
耳まで真っ赤になっているザックは、明らかに恋をする青少年だ。
(フレデリカさんって、確かにふわふわして女おしとやかな雰囲気だけど……)
だが、あの腰から下がった巨大な斧と、意外と抜け目無いところを考えると、本当に「おしとやか」なのかは謎だ。
(……そのことはザックには黙っておこう)
恋する男子に真実を告げるのは自分の役目ではないと、そう判断した。
そんなラシェルに、ザックは照れを隠す様にぶっきらぼうな態度で声をかけてきた。
「……で、そう言うお前はどうなんだよ? やっぱりあのサイラスっていう副団長か? それともキラキラした団長のほうか?」
「へっ……? えっ、えええええ!?」
急に返された質問に、今度はラシェルの方がひっくり返りそうになる番だった。
「な、なに言ってるの! そ、そういうの、考えた事も、な、ないから!」
「そうなのか?」
ザックは「ふーん」と意外そうにつぶやいてから、ふっと笑った。
「ま。お前も外見とかは悪くないと思うし、好きな男が出来たときはもっと自分に自信をもってアタックしてもいいと思うぜ。遠慮しすぎてると、婚期を逃すぜ?」
「そ、そう……。あ、ありがとう……」
まさかザックに恋の助言を貰うことになるとは。だが、それは気持ちだけ受け取っておくことにする。
「と、とりあえず……色々教えてくれてありがとう。何となくだけど、ザックのことが解った気がする」
いたたまれない気持ちになってきて、つい話を切り上げてしまった。が、
「そうか? ならよかった。じゃあ練習を始めようぜ」
ザックにくったくなくそう言われて、ラシェルは「しまった!」とばかりに顔をひきつらせた。
(もう少し引き延ばして、時間を稼ぐ予定だったのに……!)
いそいそと太鼓の準備を始めようとするザックのやる気は買いたい。
(だけど、ここでやる気を出されても困る!)
ラシェルは慌ててあたりを見回した。それぞれの騎士団の詰所との距離はやはり思った通り、そう遠くない。これであれば十分音が届いてしまうことだろう。
ましてや遠くからは剣戟の音も聞こえてくるあたり、野外訓練も行われているようだ。
(このままじゃあ、まずい……)
だが、彼を止めるためには、もう一度単刀直入に言うしかないだろう。
「ねえ、ザック。練習はしたいけど、やっぱりここだと音が拡散してしまうし、部屋に戻らない?」
「せっかくここに来たのにか? どうせ実戦も外なんだろう? どれだけ響くのか試してみればいいじゃねえか」
確かに、音の聞こえる範囲が効果の範囲のはずだ。どれほどの広さで効果があることを事前に知っておくことで、相手との間合いを計ることも出来るだろう。
(……って、納得させられてる場合じゃない! ザックったら、なんでこんな時だけ頭が回るのよ!)
キョトンとした顔を向けてくるザックにラシェルはがくりと肩を落とした。
「そ、そうね。でも、私は譜面に目を通さないと弾けないし、今から少しの間だけ譜読みと試し弾きををするから、ちょっと待っててくれるかしら?」
もし弾くとしても、片手でできるだけ音を抑えながら旋律を弾くぐらいであれば、迷惑はかけないのではないだろうか。
頭の中はフル回転させながら、楽譜の音符を追っていると、ザックが手持ち無沙汰そうにスティックを再び回し始めた。
「いいけどよ、じゃあその間、俺は試しに高速叩きの練習をしておくぜ」
「高速叩き?」
何のことを言われているのか解らず、怪訝そうな顔を向けると、ザックは得意げににやりと笑った。
「ああ。この太鼓は、力任せに叩くより、適度な力でリズミカルに小刻みに叩く方がいいって教えられたからな。そうなると力が有り余ってしかたねえ。だから、超高速で叩く練習をしてるんだ。まあ、見てろって」
「ちょ、ちょっと待って! そういうのは、防音設備のある訓練室で――」
ラシェルが止めに入るも、時すでに遅し。
ザックの怒涛の連打によって繰り出された激しい太鼓の音が、周囲一帯に響き渡った。
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