第27話 見舞いの花②

「やあ、ラシェル君じゃないか! おはよう!」

 患者用の着衣を身に着け、肩の辺りからは背中にかけてを覆っているであろう痛々しい包帯が見え隠れしているが、明るい笑顔はいつも通りのアルベルトだ。

 暫しの間呆然としていたラシェルだったが、やがてはっと我に返って、声を荒げた。

「お、おはよう……じゃありません! なんで団長が外から入ってくるんですか!? っていうか、じゃあ、あそこで寝ているのは誰なんですか!?」

「ああ、あれは、クッションと金の糸で僕が自ら作り上げた偽装工作だよ。神殿医たちが、安静にしていろとうるさいものだからね。でもだからといって、こんなにも爽やかな朝に散歩せずにはいられると思うかい? いいや、僕はそんな勿体ないことは出来ない……!」

「なっ、なっ……」

 すっかり元気そうなのは何よりなのだが、

(心配して損した気持ちになるのは何故……!?)

 複雑な心境から苦虫を噛み潰したような顔をしているラシェルをよそに、アルベルトは白薔薇の花束に気付いて微笑んだ。

「おや、お見舞いを持ってきてくれたのかな? ありがとう!」

「え、あ、はあ……」

「嬉しいね。薔薇って大好きだよ。鋭い棘があると解っていても、手を伸ばさずにはいられないこの魅力……。中でも白薔薇は、まるで芯の強さを心に秘めた、気高くも清らかな淑女のようだよ。そうだ、ラシェル君のようだね!」

「え、えええ!? い、いえ、そんな私など……」

 慌てて恐縮しながら否定する――が、

(はっ……気が付けば、団長のペースに巻き込まれている……!)

 相変わらず、末恐ろしい人だと思う。

 でもだからこそ、ちゃんと知りたい。

 そう思って、アルベルト向けて、ラシェルは腰を折って頭を下げた。

「団長、お願があります! 私に団長のことを、もっと教えて下さい!」

「僕のことを?」

 きょとんとした顔をしたアルベルトに、ラシェルは強く頷いた。

 もう、この団長相手に、遠慮したり恥じらったりするのも馬鹿らしい気がする。――そんな気持ちが、ラシェルの素直な気持ちを後押ししてくれた。

「はい! 団長は面接の時の資料で、私のことはよくご存知かもしれませんが……私は団長のことをよく知りません。団長の信念をちゃんと理解して、指示に従うために……団長のことをもっとよく知りたいんです。団長の指揮でより良い音楽を紡ぎ出せるように、もっと理解したいんです!」

はっきりと言い切ったラシェルに、アルベルトは「ふーむ」と考える仕草をしていたが、すぐに頷いた。

「確かに、その通りだね。良い音楽は、信頼があってこそ生まれるものだ。そして、信頼を築くためには、互いをよく知ることは欠かせない。ラシェル君が自分から僕に興味を示してくれたのは、とても嬉しいよ」

 アルベルトは言葉通り嬉しそうに微笑むと、手にした薔薇を手際よく花瓶に生け、病室内に備え付けられたクローゼットを開けた。

 そこから聖騎士の白いマントを取り出し、羽織る。

「ついて来たまえ」

「え、でも……外出して大丈夫なんですか?」

「いいや? きっと、怒られてしまうだろうね。でもだからこそ、こういう時のために偽装工作を用意したんだよ」

 そう言って茶目っ気たっぷりにウインクするアルベルトに、ラシェルは一抹の不安を感じるのだった。

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