第25話 懐かしき再会③

「……ありがとう。本当は、どうしようもなくて煮詰まってたの」

「どういたしまして。それで、何があったの?」


 改めて聞かれると、なんと伝えるべきか言葉に詰まった。

 何しろ音楽を力に変えて魔獣を倒すなど、普通に考えれば正気の沙汰ではない。

 だが、あえてそこまでフォルに伝える必要もない。


「なんていうか、私のミスで、上司に怪我をさせちゃって……」


 当たり障りのない範囲で伝えると、フォルは納得したように頷いた。


「そういうことか。生真面目な君らしいね。それを気に病んでたんだ」

「ええ。初めて戦いに挑んだんだけど、上司の指示にちゃんと従うことが出来なかったの」


 ラシェルの告白に、フォルは気の毒そうに眉をひそめた。


「それは……大変だったね。でも、初めてだったなら無理もないと思うけど」

「そうなんだけど、でももし、私が上司の言ったことを心から信用出来ていたら……私はきっと、その命令を遵守したと思うの」

「確かにね。だけど、どうして信用できなかったのかな?」


 どうしてと言われると、考えたこともなかった。

 というよりも、考える余地を相手が与えてくれなかったのだが、それ以上に――。


「なんというか、結構突拍子もない行動や発言をする人で、何を考えているのかさっぱりわからなくって」


 はあと深いため息をつくと、フォルがなだめるように肩を叩いてくれた。


「随分と変わった上司なんだね。なかなか理解しづらい人みたいだけど、その人について、君はどれぐらいのことを知ってるのかな?」

「どれぐらいって……どういうこと?」

「例えば、その人がどうしてそういうことを考えるようになったとか、その人の生い立ちなんかを知っていると、なんとなく見えてくることがあるから」


 フォルの言うことは一理ある気がした。


(確かに、相手のことをよく知らないままで、信頼関係を築こうとするのも無理な話よね)


 とはいえ、上司に対してプライベートなことを気軽に聞ける関係になっているのであれば、むしろ信頼関係はすでに出来上がっているのではないかとも思える。

 考え込むラシェルに、フォルは優しく言葉を続けた。


「俺にとっては騎士団なんて遠い世界の話だけど、昔、兄さんが言ってたんだ。騎士団は基本的に集団行動だから、部下とのコミュニケーションが何より大事なんだ……って」


 そう言われて、ラシェルはハッと思い出した。


「そっか……。そういえばフォルのお兄さんって、聖騎士だったのよね」


 しかも、記憶によると、亡くなる直前はある騎士団の団長だったはずだ。


「そう。兄さんは部下に対しても気さくに接する人だったから……。部下には遠慮せずどんどんぶつかってきてほしいけど、上司相手にぶつかっていくのって難しいから、心の壁を取り払えるまでは、自分から積極的に向き合うんだ……って言ってた記憶があるよ」


 懐かしむようなフォルの言葉に、ラシェルは思わず考え込んだ。


(心の壁を取り払う……)


 思い返せば、ラシェルが緊張でがちがちになっているところを、アルベルトは持ち前の明るさと有無を言わさぬ勢いで、壁を崩しに来てくれた。

 アルベルトに対して呆れたり突っ込んだりしている間に、緊張などどこかに吹っ飛んでいた。


(団長……。無茶苦茶な人だとばかり思ってたけど、そのおかげで救われていることもあったんだ)


 そしてサイラスは厳しいながらも、何事も強要はせず、こちらから尋ねたことにはしっかりと答え、常に向き合ってくれていた。

 あまりにもこれまでとは状況が変わりすぎて、ラシェルがついていけていなかっただけで、彼らなりにラシェルへの気遣いをしてくれていたことに、今更ながらに気が付いた。

 協奏とは、共に奏でる人たちの心や想いが一体となって、一つの音楽を表現するものだ。


(だけど、私は団長やサイラスさんのことを何も知らない。あの人達の考えや気持ちを、理解する努力をしていなかった……)


 与えられることをただ待っているだけでは、自分自身が変わることはできない。

 ならば――。

 ラシェルは顔を上げて、フォルを見上げた。


「フォル、ありがとう。今、私にできることが、やっと見つかった気がする」


 そう告げると、フォルが少し困ったように肩を落とした。


「そんな笑顔を向けられると、本当は反対したいのにできなくなるじゃないか」

「え?」

「君は相変わらず鈍感だな。本当は君に怪我なんかする仕事をしてほしくない。これでもなんでまた騎士団なんかに……って思ってるんだよ?」


 確かに兄を亡くしたフォルの立場ならそうだろう。フォルは残された者として、その仕事の危険さと痛みを知っている。ラシェルの胸がつくんと痛んだ。だけど――

 戸惑うような表情を浮かべたラシェルに、フォルが苦笑する。


「わかってる。それでも君が選んだ道だ。また何かあったらここに話をしにおいで。俺にできることはそれぐらいだから」


 フォルはそう言って、ぽんっと励ますようにラシェルの頭をなでてくれた。

 昔、フォルに悩み事を相談した時も、こうやって励ましてくれていた覚えがある。

 その温かさが懐かしく、どこかくすぐったい思いを胸に、ラシェルはフォルと別れた。

 今夜は久しぶりに、ぐっすりと眠れそうな気がした。

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