第40話 夢か現か


目が覚めた時は、もうひるも近い時間だった。朔が起きだした気配を感じとったのか、新参の女房が御帳台をのぞくと、


「先ほど、アヤメという方がいらっしゃいましたよ。きのう、おかゆも召しあがられなかったので、心配されています。せめて柑子こうじや、粉熟ふずくでも召しあがるようにと言っておられました。

粉熟は甘葛あまずらが混ぜてあって、食べやすいものですから」


そう言って、身支度を整える準備をしている。


遠くの方で、まだ朔の目覚めを知らないのか、

女房たちが、

「今朝方、梧桐の宰相というお方が妻戸を開けて出て行かれたのを見ると、ここの姫君とは相当深いご関係なのかしら」——と、ひそひそと噂しあう声も聞こえてくる。


大炊君が梧桐という男君として宮中に参内している、という事実を朔もきのう初めて耳にしたが、そんな風にまわりに誤解されるのは、何とも落ち着かないことだった。



そんなさなかに手紙が届けられたため、想像をたくましくしている女房たちは、早速後朝きぬぎぬの文が届いたようだと肘をつつきあったが、それはどうやら違うようだった。


髪を梳いてくれた小萩が、朔にそっと耳打ちしてくれた。


「朝霧さまの女童——水泡みなわと言ったかしら。その子が今朝早く届けてくれたのよ」



懸想文には見えない厚手のみちのく紙であるため、小萩もそうと疑っていない様子だった。


朔が折りたたまれた紙を少し開くと——見覚えのある文字に、心臓がドクンと深く音をたてた。



そこには、和歌がひとつ書かれていた。

いつか小萩と広げ見た、物語絵巻のなかにも載っていた歌。



君やし 我やゆきけむ おもほえず

夢かうつつか 寝てかさめてか


(あなたがいらっしゃったのか、私が行ったのかも分かりません。あれは果たして夢だったのでしょうか。現実だったのでしょうか)



その歌の後に短く、



——もし月へ行かれるのならご同行致します


と書き添えてある。



月——というのは、月影神社を指しているのだろう。


大炊君が、行ってはいけないという場所。



——この人は、すべてを知っているんだろうか。

私が斎宮に選ばれたことも。あの夜、侍女として対面したことも。



ふいに、すべてを見透かされている気がして、朔は急に身の置きどころがなくなるような居たたまれなさを感じた。


この歌も物語のなかで斎宮が詠んだものであるため、いっそう今の境遇と重なって見える。

どうしてこの歌の送り人と一緒に社へ行けるだろう。



侍女として偽ることができるなら、と朔は思っていた。もうそんな大胆なふるまいはできそうにない。



しかし、心の奥底では、

その場所を一度見てみたかった。


それを果たさない限り、白い蛇も消えはしないだろう。いくら潔斎で身を清めても、心の中まで改めることはできない。


お返事を、と紙が用意されたが、筆は進まなかった。


代わりに書きましょうか、と先ほどの女房が親切に申し出てくれたが、もらった紙を見せることもできない。


朔は長いこと逡巡していたが、人が見ていない隙に、物語に出てくるままの返歌を少し文句を変えて書き添えた。


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