第35話 大后
数日後、
夜が明ける前に、朔はアヤメに連れ出され牛車に乗り、そのまま御所へ移ることになった。
辺りがまだ薄暗かったため、どこをどう通ったのかも判然としないまま、たいそう人目を忍んでの移動となった。
「ここから先は、誰にも見られてはいけません」
暗がりのなか、アヤメは何度もそう念を押した。
ここに移ることは、あまり公にされてはいないのだと、そして知られれば知られるほど“危険”が伴うのだと、アヤメは繰り返し、朔に言い聞かせた。
一体どんな危険が伴うのか朔は知りたがったが、アヤメは詳しく言及しなかった。
だが侍女として側についている小萩は、それを心得ている様子だった。
「内親王という立場の
アヤメのいないところで、こっそり小萩は言った。
「普通の姫君なら、
ここにいるのが広く知れ渡って、不測の事態になったら大変よ」
小萩はそう言うが、朔は、自分がそんなにも高い身分——禅譲した帝の実の娘——であるということが、まったく想像できないままだった。
朔はもともと、まわりから姫君と呼ばれてはいたものの、長いあいだ、野谷に囲まれた静かな場所でずっと暮らしていたのだ。
こんな風に隠れなければいけないのなら、前の場所にずっといればよかったのに、どうにも不自由な身上を、朔は今なお息苦しいと思った。
几帳で隔てられ、外は容易に見ることはできないが、なかの調度品は、御簾や文箱、御帳台につけても、とても高価であることが、絹の肌触りや細かな
しかしそれは、かえって息苦しさを増長するようだった。
このままここに閉じ込められたまま、もうどこへも行けないのではないか。
そう思うたび、朔はこっそり仕舞ってある文を取りだした。
ここが御所のなかのどこかなら、真雪と名乗った人もきっと近くにいる。
朔はそう思いながら、その思いを秘めているしかなかった。
御所に入ってから、アヤメがいつも側を離れないため、入れ替わることもできない。
そしてたとえ入れ替わったとしても、どこに行けば会えるのか、検討もつかなかった。
一方小萩は、朔を外に出すことは控えた方がいいという立場に傾きつつあった。
そのうち正式な儀式があるにしろ、まだ裳着も済ませていない姫君に、何か粗相があっては朔のためにもならないばかりか、己の侍女としての立場も揺らぎかねないと思っていたのである。
そうして、
何も進展のない日がいくらか続いたのち、
朔はアヤメに呼ばれ、
燈台に火が灯されているが、夜も
人目につく昼間、ずっと御簾の内側にこもりきりでいるため、会えるなら誰でもいいという気持ちだった。
——と、
高燈台のそばに直衣姿の人が佇んでいるのを見て、朔は息をとめた。
「お久しぶりですね」
「……大炊君」
大炊君は、朔に視線を合わせるとやわらかに微笑んだ。
「姫君がどうされているか、ずっと心に案じておりました」
御帳台の前に、重く御簾が垂らされているのが見える。
「奥に誰かいるの」
大炊君が進み出るよう無言で促すのを見て、朔は問いかける。
大炊君は言った。
「本来はこんな場所でお会いできる方ではないのですが、姫君がこちらに移られたのを知って、お越しになられたのです」
大炊君の丁寧な口調から、朔は察して言った。
「もしかして、あなたの
その推論は、当たったようだった。
大炊君は肯定も否定もしないまま目を細める。
そして、ささやいた。
「先の帝の母宮——
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