第四章: コンソーシアム
4-1: 存在しないバグ
チームの一部が確証を求め、別のチームがブラウザを開発している会社からもらったJavascriptの次のバージョンの仕様を検討し、それを受けて別の一つのチームが worm の実行系のアップデートを行ない、そしてもう一つのチームが yorm と xarm の開発者およびそのチームと連絡を取っていた。
そうした日々がしばらく続いて、ある日、その大学からバグの報告があった。情報処理研究所のチームは一旦それぞれの分担を凍結し、そのバグの確認に当った。しかし、それは確認できなかった。二回、三回と検証をした。それでも、そのバグは確認できなかった。
だが、worm の実行系の発行局がその大学にあった。その大学には認証局も存在していた。誰が裏にいるにしても、それらの存在が確認できたことは大きかった。
「疑いたくはないが。奥の手を使うか」
情報処理研究所の助教授が言った。
手間がかかろうとも、そこが発行し、認証している worm の実行系を手に入れることにした。必要な worm スクリプさえ書けば、それは自動化できた。それはバック・ドアと呼ばれてもしかたがない機能かもしれなかった。だが、このような時のために用意した機能でもあったし、仕様に明確に記載されてもいた。この点だけを見ても、その大学が仕様を理解していないと主張することはできそうだった。
いくつかのスクリプトを書き、その大学の発行局から worm スクリプトの実行系の全体を手に入れた。そしてわかった。その大学が発行している実行系は、改変されていた。あるはずのないバグが埋め込まれていた。
その大学の情報処理センターは、バグの存在を公言していた。そして、指定した発行局からダウンロードし、試してみろとも。
それは自殺行為に等しいと思えた。
だが、それは問題を簡単に考えていたかもしれなかった。
すくなくとも、情報処理研究所が発行している実行系ではバグは確認できない。それは明らかだった。それに対し、自分たちの指摘により修正したからだと主張することは簡単だった。かかるコストはないに等しい。それに対し、情報処理研究所による火消しにかかるコストは無視できるものではなかった。
その大学の情報処理センター、あるいは管轄する事務局の部署は好きなように言えた。
そのようなバグが存在したことはないと証言してくれるユーザもいた。
そして、物好きもいる。自分で発行局と認証局を立ち上げ、すべてのバージョンのファイル群とすべてのログを残していたユーザもいた。
だが、それも含めて捏造だと言うことにかかるコストは、ないに等しい。
黒田もチームのメンバーも、その事務局の、そしておそらくは天下り教官の言動には困惑するしかなかった。
天下り教官にとっては、黒田と情報処理研究所が困惑するだけで充分だった。
もちろん、ただ困惑していただけではなかった。天下り教官が関与している確証が得られた。
だが、困惑し、そして確証を得るための時間が存在しただけで、天下り教官には充分だった。その時間こそが、天下り教官が必要とし、また作り出そうとしたものだった。
突然に、情報処理研究所とチームのメンバー、そして黒田にとっては突然に、文部省からの通達が届いた。潜在していたバグを見つけた技術を認め、天下り教官の主張を正当とし、 worm の開発のすべてをその天下り教官に移すというものだった。チームは解散するしかなかった。
天下り教官が技術を持たないことを実証するのは簡単だった。バック・ドアと呼ばれてもしかたがないだろう機能だけではなかった。ブラウザを開発している会社が公開するJavascriptの次のバージョンについての情報がなければ、意味がわからないコードが含まれていた。それは、現在では問題とならない。その点が重要だった。そして紛れているという点が重要だった。そして、ブラウザを開発している会社との連絡が密であることを示す証拠もあり、またそれ自体が証拠でもあった。
その点を指摘できないということは、技術が不足していることだと反駁することは簡単だった。だとしても、バグがあると言い続けることは簡単すぎた。
残された時間は短かく、出来ることはあまりにも少なかった。
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