8-8 一つだけの選択肢

 日も沈んだ後にようやくレオが帰って来た。


「アンタ何処に行ってたの?まだ休んでなきゃ駄目じゃない」


 疲れ果てた姿のレオを見てリーナが心配そうに声を掛ける。


「ああ、ちょっと体を動かしたくて」


「どう見たってちょっとって状態じゃないでしょ。どうしたの?」


「大丈夫、大丈夫だから」


 そう言ってレオはリーナを押しのけて、カーテンを閉じ自分のベッドへと入っていく。


 リーナがカーテンを開け様としたが、手が止まりこちらに「こっちに来い」と手招いた。


 呼ばれるままに部屋から出て行く。


「ねぇ、どうしたら良いと思う?」


「俺に聞かれてもな、リーナが分らないんじゃ」


「アタシも分んないから聞いてるんじゃない」


 そうは言われても堂々巡りで困る。


「とりあえず励ましてみるとか?」


「それだと逆効果になりそうじゃない」


「それもそうだな、じゃあどうにかして話を聞いて見るとか」


「どうにかって何よ?」


「うーん……」


 唸っているとリーナが「よし分った」と言って、病室にヅカヅカと入っていく。


 閉じられているレオのカーテンをシャッと開けて、驚くレオに問答無用で抱きついた。


「え、なに?」


 何事かと困惑するレオをぎゅーっと強く抱きしめる。


「アンタが悩んでるのは見れば分る、言いたくないのも分ってる、だから言えるようになったら言って頂戴。アタシは絶対にレオの傍に居るから」


 何も出来ない自分がどうにか相手の支えになれるようにと、リーナが強くレオを抱きしめた。


 レオもリーナの思いに気付き、リーナの体に身を委ねる。


 一先ずは解決かな……いや、先送りに出来たってぐらいか。


 先程までの完全に思い詰めていたレオの表情は幾分マシになってはいるが、別に問題は解決したわけじゃない。


 レオの悩みは多分、魔王軍との戦いに関係があるのだろう。


 なら俺には何か出来る事があるだろうか……


「まぁ何にせよ、俺はちょっと夕飯でも食べに行くか」


 ここは二人だけにしておこうと、部屋を出て食堂へと向かった。




 日が変わり、俺達は基地内の司令室へと来ていた。


 俺がレオへ「一緒に軍へと入らないか」と聞いたからだ。


 これから先レオが戦う事になるのなら、力になってくれる筈だと思い提案した。


 レオはそれを悩み、考え、「そうするしかないよね」と一緒に行くと決めてくれた。


「二人の入隊志願、確かに承った。しかし、君達にはもっと前向きな理由で軍には来て欲しかったな」


 レオが魔王軍に狙われてるから一緒に戦って欲しいと言った俺の願いをフレッド司令は受け入れてくれた。


「リョウくんの提案に関しては私共としては何の問題もない。元より魔王軍とは戦っておるし、ボアフットを倒し、四天を撃退してこの街を救ってくれた戦士を助ける事に迷いはない」


「しかし」と息を吐いて指を組む。


「いや、これは私の役目ではなかったな。正式な入隊の手続き等はおって通達しよう、何せ君には多くの戦果がある、それらの整理等を終わらせてからでないとな」


 フレッドが席を立ち、俺達に向かって敬礼する。


「それでは君達のこれからの更なる活躍を期待しているよ」


 その敬礼に俺達は頭を下げて、レオが部屋を出ようとする。


「レオ殿、ちょっと良いでありますかな?」


 バルトロがレオを呼び止めた。


「はい、何でしょうか?」


 呼ばれてレオが立ち止まる。


 俺がバルトロさんの方を見ると「任せてくれ」と言った顔を向けてくれた。


 一礼して俺は部屋を出て行く。


 それを不思議そうにレオは見ていた。


「それでは自分たちも何処か話せる所に行きましょうか」


「別に私はここで話してもらっても構わんが」


 レオを連れて行こうとするバルトロにフレッドが言う。


「いえ、司令の前ではレオ殿も話し難いと思いますので」


「そうか、それでは仕方ないな」


 フレッドが書類を取り出し、仕事を再開した。


「ではこちらへ」


 バルトロに連れられてレオは基地のベランダへと着いた。


「うむ、良い天気でありますな」


 バルトロが空気を吸って大きく伸びをする。


 レオは突然ここに連れてこられた理由が分らず、どうしたものかと困惑していた。


「単刀直入に言いましょう、自分はリョウ殿に言われて貴方を呼びました」


「リョウに、どうして?」


「貴方が悩んでいるから話を聞いてやって欲しいと頼まれました」


 そう言われてレオは顔を俯かせた。


「仲間だからこそ、友達だからこそ、話し難い事もありましょう。貴方の悩みを聞かせてはくれませんか」


 バルトロに言われ、悩みながらレオはぽつり、ぽつりと話していく。


「……僕はある人から何か運命があるのだと言われました。魔王軍からは何か力を示せと」


 顔を俯かせ話していくレオをバルトロは静かに聴いていく。


「旅に出て突然言われて、それであんな強さの敵と戦って……あんなもの、どうしろって言うんですか」


 レオが拳を握り震わせる。


「次ぎもまた来る、逃げても追ってくる、僕の力じゃ皆を守れない、皆が死んでしまう……僕はどうすれば良いんですか。どうすればあいつに勝てるんですか」


 レオの思いの吐露を聴いて、バルトロが口を開く。


「悩みを話していただきありがとうございます。守るための苦悩、失いに対する恐怖、それはどちらも戦う者には常に付きまとう悩みでしょう」


 その言葉にレオの顔が思わず「あなたに何が分るんだ」と言った表情をしてしまう。


「リョウ殿、守る為だからこそ、一度自分の為に戦ってはみませんか?」


 何を言っているのか分らない表情をしてレオが顔を上げる。


「誰かを守る為に戦う、それは素晴らしい事です。自分もそうありたいと思い戦っております。しかし、守るばかりだと失うことを恐れて自身の持つ全力を出せないのも確かであります」


「皆を守らないって事ですか?」


「そうではありませんが、共に戦うのを決意し、レオ殿は自身の運命に勝つ為の戦いをするのです」


 上げた顔をまた俯かせレオは考える。


 幼い頃にリーナを守る為に力をつけ、誰かを守る為に戦い続けたレオにとって、自分の為の戦いと言う物が良く分からなかった。


「レオ殿の旅は仲間と共にあったはずです。相手が自分よりも強くなっただけで、貴方の仲間はもう信頼出来なくなりますか?」


 その言葉にレオは首を横に振った。


「なら信頼しましょう、仲間達を。支え続けるだけでは支えてもらう事は出来ません、信頼し背中を預けてこそ自身の力を発揮できますから」


 バルトロに言われてもまだレオは恐怖から抜け出せてはいなかった。


 リーナ達の力も、これから一緒に戦っていく軍の人たちの力も信頼したい。


 あの敵を、一緒に戦える力として信頼したい。


 でも、それを信頼する勇気を持ってはいなかった。


 もしも自分のせいで皆が死んでしまうのではないかと思うと、戦う事その物にに恐れてしまう。


 勇気?そうだ、これはリョウが前に言っていた……


「一緒に戦う勇気……」


「ユウキ?」


 レオの言葉にバルトロが首を傾げた。


「あ、えっと前にリョウが言ってたリョウの世界の言葉で」


 レオの言い出した内容にバルトロの頭に?が浮かんでいく。


 そう言えばリョウは最近自分が異世界人だって他の人に言っていない様な気がする……


 うーん、言っても特に問題はないよね?


「その、リョウは他の世界から何と言うか、迷い込んだ人なんです」


「他の世界から!?」


 バルトロはレオから聞かされた涼の来歴に心から驚いた。


「はー、そう言われて見れば確かに不思議な名前の方だとか、何処か不思議な雰囲気を持っているとは思いましたが、まさか他の世界とは……それは本当でありますか?」


「はい、一応は」


「そんな事もあるものなのですか」とバルトロは腕を組んで驚いている。


「そうだ、それで先程のユウキと言うのはどのような言葉なのですか?」


「恐怖に立ち向かい打ち勝つ心を、リョウの世界では勇気と言うそうです」


「恐怖に立ち向かう、勇気ですか。なるほど良い言葉ですな」


 バルトロが頷き、勇気と言う異世界の言葉を反芻する。


「そうですな、レオ殿が私達を勇気を持って信頼してくれるのでしたら、自分達も全力を持って貴方と戦い共に勝利を掴む事が出来ると自分は思います」


 大きな笑顔をレオに対してバルトロが向ける。


 その笑顔を見てもまだレオは答えられずに居た。


 思い悩むレオの肩をバルトロが叩く。


「今は悩みましょう。時間はそう長くはないかもしれませんが、それでも悩んで答えを見つけましょう。例え敵がどれ程の強さであろうと自分達は共に戦うであります」


 答えは出ずともレオはその言葉に頷いた。


 今はまだ怖い。もしかしたら自分のせいで傷つく人を増やしただけなんじゃないかと。


 でも戦うしかない。


 それしか僕には道がないのだから。

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