6-7 魔眼

 レオ達が落ちて行った穴は既にゴーレム達によって埋められている。


 俺達の周りに居たゴーレムも穴埋めに参加したので、こちらは安全となってはいるが・・・


「レオさん達は無事みたいです。そのまま真っ直ぐに奥へと進んでいます」


 エイミーがレオ達の場所を感知して状況を伝えてくれた。


「よし、なら合流する為にも先に進むか」


 正面の道は崩れてしまっているが、ゴーレム達が埋めてくれたおかげで辛うじて通れるようにはなっている。


 でこぼことした崩れた足場を気をつけて進んで行き、順路を進む。


 進んだ先に扉が見えてきた。


「この向こうに魔物が居ます」


 エイミーからの忠告が来る。


「見るからにって感じだしな、準備は良いか?」


 言葉にエイミーが頷いたのを見て扉を開ける。


 部屋の中に、眼鏡を掛けドレスを着た一人の女性の魔物が立っていた。


「お待ちしておりました、私はハミルダと申します。ロンザリア様の命によりをあなた方を捕えさせていただきます」


 落ち着いた雰囲気で、丁寧な礼をこちらに送る。


 ロンザリアとは大分雰囲気が違うな。だが、プレッシャーと言うべき物はビリビリと感じさせる。


 ハミルダが顔を上げ、すらりと剣を抜いた。


「では、参ります」


 体重を感じさせぬしなやかな速さでこちらに向かってきた。


 速い、でもこの速度ならまだついて行ける。


 放たれた一閃を剣で弾く、しかし抵抗無く弾かれたように思えた剣は、ゆらりと軌道を変え再びこちらへと放たれた。


「なに!?」


 咄嗟に体を逸らすも、それを追う様に軌道が変わっていく。


 斬られる!


 自分にも当たる事を覚悟で目の前に魔法で爆発を起こした。


 爆炎から逃げる為にハミルダが距離を開ける、俺も爆風で後ろに転がり込んでしまったが一先ず仕切りなおしだ。


 力強くデタラメに速いレオの動きとはまるで違う、ゆらりゆらりと変化する動き。


 掴みどころが無いように思えるがこっちは二人掛なんだ、捉えてみせる。


「光の矢よ、鎖よ!」


 エイミーが光の矢と鎖を連続して放った。


 しかし、ハミルダは放たれ続ける攻撃の合間を縫うように華麗に避けていく。


「それでも逃げ道は限られる!」


 逃げていく方に向かって炎の玉を撃つが、それをハミルダが魔法で水の鞭を作り出し打ち落とした。


「まだまだぁ!」


 エイミーの攻撃にあわせて続けざまに炎の玉を撃ち続ける。


 攻撃は全て打ち落とされていくも、ハミルダの足が止まった。


 ここだ!


 一際大きな火球を放つと同時に、魔力を込めた踏み込みで一気に駆け出す。


 火球が水の防壁で阻まれ、蒸気が爆発した。


 膨れ上がる蒸気を切り裂き、ハミルダへと迫る。


 その身を捉えたと思った一閃は華麗に受け流され、相手の剣筋がゆらりと変わろうとする。


 そこを無理やり追いすがった。


 床を踏み抜き、爆発的な加速で無理やり相手の剣へと追いつく。


 剣筋が変わり避けられてしまう前に、もう一度剣を受け止めさせる。


 逃げるハミルダに何度も何度も追いつく。


 ゆらめく影を相手にしているようだが、相手の動きはエイミーが阻害してくれている。相手が放つ水の鞭もエイミーが防いでくれている。


 ならば、俺は攻撃だけに集中すれば、相手に追いつける!


「存外、やるものですね」


「お褒めの言葉どうも!」


 追いつき鍔迫り合いの最中にハミルダから言葉を送られた。


 こちらの実力を褒めるのは余裕のつもりか……


 ……いや、何で俺は鍔迫り合いを出来ているんだ!?


 相手はこちらの事を完全に受け止める理由は無い。先程までも受けたとしても直ぐに受け流し続けていた。


 追い込めたとでも?いや、そんな筈が無い!


 身を引こうとした瞬間、ハミルダが眼鏡を外した。


 眩い金色の瞳がこちらの目を覗き込む。


 何だ……体が……


 その瞳を認識したと同時に引いた身が硬直していく。


「てめぇ、何を……」


「おや?本当は言葉通り石になるのですが、貴方はどうやらロンザリア様の言う様に特別な方なのでしょうね」


 眼鏡を掛けなおし、横をハミルダが通っていく。


 それを阻もうともがくも、硬直した体が動いてくれない。無理に捻ろうとした部分が引きちぎれるような激痛に襲われる。


「エイミー、逃げろ!」


「逃がしませんが」


 放たれる光の矢を掻い潜りエイミーに迫る、剣戟と水の鞭がエイミーの作り出した光壁を襲う。


「流石に堅いですね、しかし何時まで持ちますか」


 息を付かせぬ怒涛の連撃を繰り出していく。


 光の壁の中でエイミーは必死に耐えていた。


 逃げろと言われたが、彼女の頭の中に彼を置いて逃げるなんて選択肢は元よりなかった。


 放たれ続ける攻撃の中でリョウを助ける方法を必死に考えていた。


「どの道、私一人ではあなたからは逃げられません。ですがそれよりも、リョウさんを置いて逃げるなんてもってのほかです!」


 宣言した私の言葉に魔物が「フッ」と笑みを浮かべたように見えた。


 こちらを馬鹿にしているようには見えない笑み。その意味は私には解りません、ですが負けません!


 ハミルダの攻撃は更に苛烈になっていく。それを必死にエイミーは耐えていく。


 自分の攻撃が簡単には当たらない事は解っている。かと言って、このまま耐え続けることも出来ない。


 何か突破口を見つけないと。


 必死に考える。


 何故リョウさんの動きが止まったのか。後ろから一瞬見えた光景は眼鏡を外し、リョウさんの顔を見た一瞬だけでした。


 顔を見たそれだけ?それだけで?


 ハミルダが魔方陣を展開しなおし、水の大槌を作り出した。


 そんな攻撃が出来る魔物の話なんて聞いた事もない。


 でも出来るのなら、どうして私にはその攻撃を……


 力いっぱいに振りかざし、光の壁を破壊しようと大槌をぶつけて行く。


 相手の能力に対する疑問と、仮説が出来る。


 間違っているかもしれない……


 大槌で殴られた衝撃が祈る手にも伝わってくる。


 合っていても私では敵わないかもしれない……


 猛攻を続けるハミルダの向こうに、必死に叫びこちらを助けようとする涼が見えた。


 ……それでも前に出るんです!あの人のように!


 ハミルダが大槌を振り上げた瞬間に壁を解き、全力を込め光の鎖で腕を掴み後ろに引く。


 突然反撃に転じたエイミーにハミルダが虚を取られた。


 鎖は振りほどけない、体は後ろへと引かれている。


「ですが、攻撃手段を封じられた訳ではありません!」


 引かれる方向に一歩下がり体勢を整え、向かう少女に対して鋭い突きを放つ。


 怖い……でも!


「私だって!」


 体に纏っていた防護を突き破り、ハミルダの剣が肩に剣が深々と突き刺さる。痛みに身が引きそうになるも、それでも前に出た。


 踏み込み、平手でハミルダの顔を思いっきり叩く。


 ハミルダはそれを受けてしまった、本来当たるはずの無い攻撃を受けてしまった。目の前の少女の気迫がそれを叶えた。


 弾かれる顔と共に眼鏡が宙を舞って行く。


 眼鏡の下にあった黄金の瞳をエイミーはハッキリと正面から見た。


 体が石に変わっていく。自身が身に纏っている呪いに対する加護すら突き抜け、石化の呪いが体を蝕むのを感じる。


 だが、黄金の瞳を見るエイミーの目に恐怖は無かった。


「リョウさーん!」


「エイミー!」


 エイミーの言葉に体が動くようになった涼が答えて疾る。


 動けるようになった理由は解らない。でも体は動く!


 こちらに振り向こうとしているハミルダに全力で斬りかかった。


 ハミルダがエイミーを蹴り飛ばし、無理やり剣を引き抜く。


 エイミーから目を外し、涼の方に振り向いた。


 ハミルダがこちらの目を見ると再び体が固まるような感覚が走る。


「知ったことかああ!」


 体が引き千切れるような痛みに耐え無理やり剣を振り、ハミルダの剣を手から弾き飛ばした。


「貴方のその力は、二人同時には使えない力です!」


 蹴り飛ばされたエイミーから放たれた光の槍がハミルダの身を貫き、大きく吹き飛ばし壁に叩き付ける。


「これで!」


 叩きつけられたハミルダに向かって火球を放った。


「まだ終わっていません!」


 ハミルダが水の鞭を再び作り出しそれを打ち落とす。


 侮っていたわけではない。彼女が自分を上回って見せただけの事。


 走り、涼に対して水の大槌を振るい、爆発させる。押し寄せる水流に巻き込まれ涼が距離を離された。


 彼は直ぐに戻ってくる。ですが、この一対一の状況で勝負を付ける!


 毅然と待ち構えるエイミーへと向かって、渾身の魔力を込めた石化の魔眼を向ける。


 これで最後だと彼女を見ようとした、彼女の目があった場所を見ようとした。


 そこにはエイミーが鏡を構えていた。


 視線に乗せた呪いがハミルダへと反射される。


「まさか、知って!?」


 ハミルダの体に呪いの衝撃が貫いた。呪いの根源たるハミルダは石化する事はなかったが、そのエネルギーを受けて大きくよろめく。


 今がチャンスなんだ!


「今度こそ!」


 水流を火炎の爆発で振り切り、前傾姿勢から全力を込めて床を抉り踏み込む。


「終わりだ!!」


 ハミルダの胴を切り抜けた。


 切られた胴から血が吹き出していく。


 ハミルダはそれを手に付け、顔の前に上げて見た。


 負けた……


「お見事です」


 この勝負の結果に不満はありません。


 ですが、良き主とは言えなくとも……最期ぐらい……あの小さな主の事を思いましょうか。


 静かにハミルダは崩れ落ちた。


「……っと、そうだ、エイミー!」


 思わずハミルダの散り際に見とれてしまっていた。


 エイミーの元へと走っていく。


 地面にへたり込んで居るエイミーの肩には血が滲み、足先も石となってしまっている。


「これって……大丈夫なのか?」


「怪我は大丈夫です。足の具合も呪いの一部だと思いますので、治せるはずです」


 疲れと緊張で息が荒くなっているも、笑顔をこちらに向けてくれた。


 エイミーが集中し、回復の祈りを自身にかけていく。


 言葉の通り足の石化もみるみる治っていった。


「凄いもんだな」


「これが私の取り柄ですから」


 回復系は魔法使いよりも聖職者の方が断然凄いとは聞いては居たが、本当にそうなんだな。


「にしても、さっきの鏡は上手く行って良かったぜ」


「相手が駆け込む前に「使え」と渡された時は驚きましたけど、上手く行きましたね」


 エイミーに渡した折りたたみ式の鏡は呪いの直撃を受けて粉々に砕けてしまっている。


 冒険者セットの触れ込みで買ってしまったものだが、思わぬところで役立ってくれたもんだ。


「目で呪いをかけてくる相手には鉄板的な対処方法だしな」


「そうなのですか?」


「ん?ああ、俺の世界の話だと割とな。こっちでは石化させる魔物の対策みたいなのは無かったのか?」


「そうですね……目を見ただけで石にしてくるような魔物は……」


 エイミーが記憶を辿って考えていく。


「うーん、覚えがありませんね……」


「今回は俺が完全に効く訳じゃなかったりと相手にとって予想外だっただけで、基本的に会った相手は全部殺して情報が残らなかったのかもな」


 ハミルダを倒した後しばらくはエイミーの回復を待っていた。


 その回復が終わった頃、部屋を越えた先の方で大きな音が鳴り響き始めた。


 何か大きな質量の物が連続で叩きつけられているような音が響く。


「これは、レオ達か!?」


「足はもう大丈夫です。急ぎましょう!」


 俺達は音の鳴り響く方向へと走っていた。

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