6-5 悪魔の誘い

 日も明けて敵のアジトをどうやって探すか考えようと思ったが、その場所は簡単に見つかった。


 その日の朝に、魔物達に捕まっていたと言うやつれ切った男性が3人、この街に辿り着いたからだ。


 酷く疲れてやせ細った男性達は、自分達を捕まえていたロンザリアと言う魔物の名前と、俺にその魔物の元に来るようにという命令と、その場所をしきりに呟き続けている。


「どー見ても罠でしょうね」


 男性を調べていたリーナが結論を出す。


 確かにどう見ても男性達は正気じゃない。


 どうやらサキュバスが魅了を使って、こちらの伝令役として洗脳しているのではないだろうかと言うのが出た結論だった。


 エイミーや街の聖職者達がどうにか回復出来ないかと考えているが、かなり深い域まで精神を乗っ取られており、回復には時間が掛かりそうだ。


「どうする?誘いに乗るか?」


 俺の質問に「うーん」とリーナが考えている。


「相手が待ち構えてますって場所に馬鹿正直には行きたくないってのが本音ね」


「こうやって挑発するって事は、相手はこの街を全部相手取っても勝てる自身があるって事だよね」


 仮に今回相手からもたらされた情報が本当であった場合、相手のアジトの位置は丸分りと言う事になる。


 となれば勿論俺達は街総出で襲撃も可能であるが、この挑発行為はそれをされても問題はないと言った自信の表れでもあるだろう。


「こっちが大量に向かって行っても、向こうは呪いを発動させればどうとでもなるってのもあるかもな」


「それもあるのよねー、本当どうしましょうか……と言うか、何でアンタは敵からのご指名を受けてるのよ?」


「知らん、俺に聞かれても困る」


 気に入った、気に入ったとは言っていたが、本当に気に入れられているのだろうか。


「呪いを発動させないようにってなると、少人数で行って油断してる間にケリを付けるのが一番良いか?」


「確かに相手も人を労働力として捕えているのなら、呪いは出来るなら使いたくは無いだろうし、僕達だけで行けば使わせずに戦えるかもしれないけど、やっぱり危険じゃないかな」


 レオの言う事は一理ある。相手の規模が分らない以上、少人数で攻め込むのは上策とは言えない。


「でもさ、あのロンザリアってのは一人でここに来てたよな?しかも今回のやり方や、話していた事を考えると多分この場の責任者っぽいのに。なら部下は居ないか、居ても数人なんじゃないか?」


 護衛となる部下を前に戦ったボアフットやリベールは連れていたのに、ロンザリアは連れては居なかった。


 それなら部下は元から居ないか、留守を任せる数人しか居ないのでは?と言うのが俺の考えだ。


「そうね・・・アンタの考えは一理あるかもね。それに放っておいても挑発行為は続くでしょうし、一度行ってみましょうか」


 敵の誘いに乗る事にした俺達は街の市長シルヴィオにその事を伝えに行った。


 最初はその事を任せて良いのかと悩んでいたものの、ボアフットを倒した事を伝えると真剣な眼差しで俺達にこの件を正式に依頼してくれた。


 患者の看護を行っていたエイミーにも声を掛けて突入への準備を始める。


 シルヴィオ市長が立て替えるとの事でこの街にあるものは全部タダで買える事になった。当然必要なもの以外は貰ったりはしないが。


 幾つの道具を買った後にアルフレードさんの武器屋へと向かう。


「来たな、市長から話は聞いてる。好きなものを持って行ってくれ」


 言われて店の中を改めて見ていき、レオに武器や防具を選んでもらいそれを身に付けた。


 鏡の前で装備を身に付けた自分の姿を見てみる。


 うん、装備のお陰で一端の剣士って感じには見えるな。


 鏡を見ていると横に「冒険者十得ベルト」なる物が置いてある事に気が付いた。


 取り出して見てみると、道具が収納、装備されているポーチ等が付いたベルトのようだ。


 救急セット、ナイフ、ライト、折りたたみの鏡、何かの目印に使える塗料、防水加工の時計、ロープ、他にも幾つか便利そうな道具と、なにやら冒険の心得なる小冊子が付いている。


 小冊子は兎も角、身に付けても邪魔にはならないし買って行こう。


 レオは何やらアルフレードと話し込んでいた。


 どうやらレオの腕前も、アルフレードの剣も、双方共に眼鏡に適ったようで、二人とも楽しそうに話し込んでいる。


 剣の作りや、振る側としての意見などを交換しているようだが、俺には付いて行けそうも無い。


 でも話している内容は聞いていて面白いものだったので、隣で聞いておこう。


 準備も終わった所で敵の情報を元に岩山を登っていく。


 街での話しによるとここいら一体は鉱物やエーテルの採掘所となっており、山にも多数の洞窟があるそうだ。


 その中の一つに敵が待ち構えているらしい。


 もしかしたら敵の場所を見つけることが出来ないのではないかと言う懸念も有ったが、それは杞憂に終わった。


 指定された場所の近くの洞窟入り口に「リョウ サナダ様いらっしゃいませ♡」と書かれた横断幕と、何やら如何わしいお店の様な看板が幾つも置いてある。


「馬鹿にしてんのか」


 思わずこの光景を見て言葉が出てしまう。


「いやもう、ここまで来たらマジの大マジなんでしょ」


「リョウさん……サキュバスに何をしたんですか?」


 女性陣はこの光景を見て呆れてしまっている。


「うーん、これはどうしようか……」


 流石のレオも困惑を隠せないようだ。


 俺も出来る事ならこのまま帰ってしまいたいと思い始めている。


 どうしたものかと洞窟の入り口前でうろうろとしていると、洞窟の上部に付けられているスピーカーのような物から声が聞こえ始めた。


「リョウお兄ちゃん待ってたよ~。会いに来てくれてロンザリア嬉しいな、昨日の朝が忘れられなかったのかな~?」


 甘ったるい声が聞こえてくる。


「呼ばれたから来てやったぞ、何の用だ!?」


 聞こえるかどうかは解らないが、とりあえず洞窟内に叫び返す。


「そんなに大きな声で言わなくても聞こえるから大丈夫だよ。それで呼んだのは~、やっぱりお兄ちゃんの事を欲しいなって思ったから。お友達も一緒が良いって言うなら、一緒にお世話してあげるから安心してロンザリアの物になって大丈夫だよ~」


 こちらの声に対してロンザリアが返してくる、どうやらこちらの声を拾う機能も付いているようだ。


「はんっ、誰がアンタの物になんてなるもんですか。リョウもアタシ達もアンタを倒す為に来たんだからね!」


 自分の物になれと言うロンザリアに対してリーナが言い放つ。しかし、何故かロンザリアから返事が返って来ない。


「……聞いてるの!?」


 しびれを切らしてリーナが怒鳴った。するとロンザリアがようやく答える。


「ロンザリアはリョウお兄ちゃんとしか喋りませ~ん」


 馬鹿にしたような笑いを含んだ返事が返ってきた。


「はいはい、挑発に乗らない乗らない」


 怒ってスピーカーを壊そうとしているリーナをレオが宥める。


「それで、俺達はさっきも行ったようにお前を倒しにここに来たんだ」


「だよね~」


 ご指名された通り俺が話を続けていく。


「お前はここに居る人を解放するって気はないのか?」


「ないよ~」


 声だけだが、向こうでニヤニヤと笑っているのが透けて見えるかのようだ。


「俺がお前の所に行かないと、これからも街を襲うんだろ?」


「うんっ」


「なら俺はお前を倒しに行く」


「んふふ~おいで、ロンザリアとハミルダの二人で相手をしてあげるよ」


 一人知らない奴の名前が出た。


 その言葉を最後に、なにやら接続が切れるかのような音がスピーカーから聞こえた。これで会話はお終いという事なのだろう。


「なんかさらっと相手が二人だけって事が解ったな」


 もしかすれば、それも罠だって可能性もあるかもしれないが、あのロンザリアの様子を見るに、そこまで考えているようには思えない。


「どうやら本当に油断しているみたいですね。洞窟内を少し調べてみましたけど、魔法による罠も、待っている魔物も何もないと思います」


 エイミーが一通り洞窟内を探知したが何も無いらしい。これはこちらとしては本当に好都合だ。


「散々おちょくり回してくれたお礼に絶対にぶっ飛ばしてやる。あとこの変な声が出る道具は終わったら持って帰ってやる。他に何か良いものがあったらそれも全部貰って帰るんだから」


「まぁ……何にせよ行こうか」


 気合が入っているリーナはさて置いて、レオが先導し俺達は洞窟の中に入っていった。

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