きになるあの子の恋愛事情。

もちもん

ナナとピアノと秘密基地

ガラ!

勢いよく音楽室のドアを開けて俺は逃げ込んだ。

そして勢いよくドアを閉める。

バタンッ。カチャン。

「はあはあ。」

息を切らしてドアの鍵を閉めた。

ドアに寄りかかってしゃがみこむ。

「はああああ。」

やっとの思いで、逃げてきたから気が抜けた。

仲間15人での校内鬼ごっこ。捕まるなんて勘弁だ。

鬼になったら追いかけなきゃいけない。

隠れて予鈴のリミットまで待とうという魂胆。全力疾走で廊下を走り周り、鬼の篠田を先生というお叱りの罠にはめ、どうにかこうにか逃げてきた。


音楽室は5階。

5階は専門教室ばかりなので人気が無く静かだ。ここなら見つかるまい。


「あの…?」

ーーえ!?

まさか人がいると思わなかった俺。

勢いよく見上げる。

「あ…。」

「…。」

楽譜を抱えて立っている女の子。

上靴の色が青いので、2年生だと思う。

髪はショートボブで、二重で。細身で。顎の右下にホクロがある。

すごい美人でもすごいかわいいわけでもない。(俺ほんと失礼。)

俺の周りに寄ってくる派手な女子とは真逆の控えめな印象の女の子。

彼女と俺の目があったまま、数秒の時間が流れた。

「あ、ごめん。ちょっと匿って?」

「…。」

その顔は眉間にシワがよっていて下唇の両端を軽く噛んで口がへの字。

その表情にアテレコするなら「うわぁ面倒くさいのきたわぁ。」。

そしてその視線は俺の顔の右上にずれて行く。

…?

「あ、ごめん!これは、その。やましい意味ではなくて。」

さっき咄嗟に閉めた鍵を開ける。

「あの、俺ここにいていいかな?」

「構いませんけど。ピアノでうるさくなりますよ?」

その表情は、俺に対する不審感そのものである。

「あ、や。ほんと静かにしてますんで。どうぞ構わず弾いてください。ほんと俺隠れてるだけなんで。」

自分は3年なのに2年の彼女に敬語を使ってしまう俺。状況的に、彼女の方が先着。

そこに勝手に踏み入ってしまったのは俺の方である。動揺しているのは、彼女の自分に対する不審感を払拭したい という思いからだが。空回り感の情けなさは今自覚した。


彼女は俺を尻目に、ピアノへ向かう。

その一瞬の視線は「勝手にすれば?」と言った気がする。

何とまあ…。

口が数の少ないツンケン娘だ。


彼女は楽譜を広げて、鍵盤蓋を開けた。

椅子に座る彼女。

さっきの不審感の表情など微塵も感じない、ピアノに向き合う凛とした表情と姿勢。


指が鍵盤を捉える。



すげえーーーー。

黒いでかい箱から響く綺麗な旋律。


音楽の知識など全く皆無な俺。

でも、なんだか目に見えない、恋愛の舞台が繰り広げられているような…そんな音楽に聴こえる。

目も心も身体中の意識が奪われる。

語彙力のない俺にとってその演奏は「すげえ」しかでない。


黒いでかい箱からこんなに綺麗な旋律が生まれることが不思議に思う。

俺は呆けた顔で見入っていた。

締め切られた音楽室は音で溢れている。

ピアノから響く一つ一つの音が響いて消える。消える前に次の音が響くーーー。


そして彼女の表情はまるでピアノに恋をしているかのように、うっとりと優しくて。

それでいて、楽譜を見る目は鋭い。

唇の口角が上がったその表情はピアノを弾くことを楽しんでいるのが読み取れる。

俺は。

俺はこれが「美しい」のかと思った。


俺は目を奪われてはなせなくなった。

彼女が弾き終わるまでずっと見ていた。

気づいた時は口が渇いていた。

俺は口が半開きだったらしい。


それが高校2年の入江ナナとの出会いだった。

高校3年の金井ジン。

俺は素敵な秘密基地を見つけた。


〜〜〜〜〜




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