#2
行方不明となった本――不明本(不明除籍図書)。実際問題、不明本は図書館にはつきものだ。大きな図書館であれば年間100冊を超える蔵書が姿を消す。不明本の数が1000冊を超える図書館まで存在する。
その理由は紛失や盗難。その多くは後者である。
全ての本にICを付けるといった施策は難しい。限られた予算、しかも来館者など殆どいない。そんな図書館から本が消えることなど限りなくゼロに近い。むしろ盗難以上に紛失の可能性の方が高い。
だがシオリは勿論、ショウスケも紛失などしていない。それでも少なからず不明本はあるのだから不思議だ。
とは言えそんなに何冊もはなかった。
文庫本の書架にやって来た三人は目的の本を探す。
「見当たらないですね」
「それにしても、統一感の無い作品のチョイスだな」
『羅生門・鼻』芥川龍之介
『ジャイロスコープ』伊坂幸太郎
『所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき
『幻世の祈り――家族狩り 第一部』天童荒太
『にんじん』ジュール・ルナール
フミハルは、アキラの持つメモを覗き込みながらひやかす様に笑った。
メモに書かれた本はアキラのバイト先の先輩――山本フミカのチョイスなのだと言う。
書店でバイトするだけあって本好きなのだろう。純文学系からエンタメ系、なおかつジャンルも問わない。相当の読書家と見た。
しかしシオリには腑に落ちないことが一つ。
人に本を勧めるのであればもう少し統一性があった方がいい。フミハルの言う通り、あまりにも統一性がない――皆無と言っても過言ではない。
何らかの意図があってのチョイスなのだろうが……。
その意図も気にはなるが、優先すべきは不明本の捜索だ。
運がいいのか悪いのか、メモに書かれた(借りようとしている)本が不明本となっている以上、早急に探す必要がある。
それら不明本が見つけられれば、フミカの意図もわかるかもしれない。
ありきたりな日常のスパイスとしては、ちょうどいい謎なのではないか。
もしかすると何の意図もないかもしれないが、それはそれでいい。退屈しのぎとしては充分だ。
計五冊のそれらの本は全て新潮文庫の本だった。
予算の限られている図書館は、ハードカバーの本はあまり購入しない。
文庫本の方が、同じ内容でありながら値段の面でかなり安くなっている。だからと言ってハードカバーの本を全く購入しないわけではない。芥川(龍之介)賞・直木(三十五)賞や本屋大賞など、大きな賞を受賞した作品はハードカバーでも購入される。
その他は職員の独断と偏見によって購入図書を決める。
職員と言うのは司書だけでなく、大学附属図書館においては大学の講師・准教授・教授に事務職員のことも含まれる。
購入図書を決める権限は大きい順に――図書館長>教授>准教授>講師>司書>事務員となる。館長は承認が主な仕事で、購入図書に関して口を挟まない。
本来であれば教授と図書館長との間に学生が入るのだが、本図書館を利用する学生はほとんどいないため、学生の要望が反映されない。そもそも本を読まないのだから要望などあるはずもない。
ハードカバーがいいと要望があればハードカバーの購入も検討する。
だが、そんな要望はない。これまでもほとんどなかったらしい。
故に大学附属図書館は、文庫本過多の所蔵内容となっていた。
あ行の作家から順に書架に収められている。
芥川龍之介だから、あ行。それも現代作家じゃないからより優先されてあ行の最初を飾っている。
『河童・或阿呆の一生』『地獄変・偸盗』『蜘蛛の糸・杜子春』『戯作三昧・一塊の土』『奉教人の死』……ない。
書架(あ行)を探しても『羅生門・鼻』が見当たらない。
本当に行方不明だ。
捜索の前に貸し出し記録を調べてみたのだが、貸し出された記録は残っていない。
紛失は考えにくいが……盗難もまた
書庫の方にあるのだろうか。ショウスケに一声かけておけばよかった。
取り敢えず書架を全部見て回るか。
不明本の捜索とは地道な確認作業だ。一冊一冊、タイトルと作家を確認。
芥川龍之介を見間違えることはないだろうけど……。
フミハルとアキラも一緒に書架を探す。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、芥川……」
「棚本、静かに探せないのか」
アキラが咎める表情で言う。
「本なんて探し慣れてないんだよ」
「本を読め、本を」
「ハミング・イェ~イだな」
「何それ?」
「え? わかんない?」
「神尾葉子」
シオリは、ネタ元(原作者)を呟く。
フミハルとアキラはキョトンとした顔で首を傾げる。
少女漫画がネタ元だから知らなくても仕方ないか。シオリは一人納得して捜索に戻る。フミハルとアキラも浮上した疑問を飲み込んで捜索に戻った。
捜索から三十分。
「シオリさん。ありました!」
フミハルに呼ばれて確認に向かう。
指さして「ここです」と達成感に満ち溢れた表情でフミハルが言う。
まだ四冊も不明本があることを忘れているのだろうか。
するとフミハルが「全部見つけました」と付け加える。
全部? その言葉の意味を謀りかねていると、芥川龍之介著『羅生門・鼻』の隣に残り四冊の不明本が並んでいた。
「探す手間が省けましたね。これで借りられますね。良かった」
「良かったな」
「帯野くん、カウンターまで持ってきて」
シオリは一人カウンターへと向かう。
その後ろからフミハル、五冊の文庫本を抱えたアキラと続いて歩く。
カウンターに入るとパソコンを起動、貸出管理の画面を立ち上げる。
アキラの持ってきた文庫本を機械に通す。
本に取り付けられたバーコードリーダーを読み取ると、パソコン画面に蔵書情報が映し出される。
タイトルと貸出記録に間違いがないかを確認。OKボタンをクリック。繰り返すこと五回。
貸出が完了。管理画面には貸出中の文字が表示されている。
本を渡す前に貸出カードを挟んで司書としての役目を終える。
本を受け取ったアキラが「なんであんなところに本があったんでしょうね?」尋ねると言うより、独り言に近い呟きが零れる。
「だよな。あったのはいいけど、誰が置いたのかわかんねぇもんな」
「司書さんが置き間違えたなんてこと……」
――ありえない。
シオリは即座に首を振り否定した。
アキラも「ですよね」と簡単に引き下がる。端から疑ってはいないということだろう。
「犯人探しはしなくてもいい」
シオリは管理画面を確認して言った。
パソコンの画面にはアキラの借りた本が五冊。シオリは確信した。書架に順番通りに並んでいない文庫本の謎は解けたも同然。
謎が解けてしまったが故に面倒事が起こる。
そんな予感と共にシオリは困った表情を浮かべた。
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