第5話「わたしは、その本に魅了された」

わたしは、その本に魅了された。

理由はよく判らないのだけれど、その本から目をはなせなくなり近づいていく。

気難しい老人がソファーに腰を降ろしているような風情が、その本にはあった。

重々しく近寄りがたい雰囲気。

でも、そこにあることが当然であり、あるべき場所にあるべきものがおさまっているような。

そんな雰囲気。

革でできた頑丈そうな表紙に守られた、重厚そうな本。

わたしは胸が高鳴るのを感じる。

恋人と口づけするときみたいに。

どきどきしながら、わたしは本をひらく。

すっと風がふいたような気がする。

真っ白なページが目に飛び込んできた。

そこには、一行だけ。こう書かれている。


「そこに誰かいるの」


わたしは、眩暈のようなものを感じた。

本に呼び掛けられた、そんな思いにとらわれる。

わたしは、ポケットからシャープペンを取り出す。そして、その本へこう書き込んだ。


「いるよ」


そして、ページをめくる。

次のページにはこう書かれていた。


「いるんだ、そこに。外の世界のひとだね」


わたしは、自分の胸がはりさけるんじゃあないかと思う。それほどわたしの心臓はどきどきしている。

わたし本と会話しているの?

これはなに、どういうこと?

わたしは、さらに書き込む。


「あなたは誰、本のなかのひと?」


そしてページをめくる。

答えが、そこにあった。


「わたしはエリカ・フォン・ヴェック。ねえ聞いて。わたしは死んでしまったの。助けて欲しい。助けてくれるのなら名前を教えて」


驚いたことに本のなかのひとは、どうやら幽霊らしい。

わたしは答えた。


「わたしは別宮理図。リズとよんで。助けるってどうすればいいの。本の中へはいるってこと?」


次のページをめくると、エリカの答えがあった。


「そうよ、リズ。こちらへ。本のなかへ来てほしい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る