第52話・酒城 透

 透は、態度に出さないように気をつけていたが、自分の乗せられた車の向かう場所は、人間が居ていい場所ではない事を知っていた。此処ここが、都市伝説の中でも一番古くに生まれた場所で、一番恐ろしい目に合うとされる場所だと。猶予ゆうよは黄昏の刻が来るまで、それ以降、人間が生きて出られる保証はない。


 まだ彼が高校生だった頃、夏の夜にクラスメイト数人が肝試しをすると言って、大人や親に黙ったままコッソリと、工業地帯にある廃ビルへ行ったことがあった。次の日、彼等の内の一人が学園都市と暗黒街の境辺りで、血塗ちまみれの状態で倒れていたのを、その近辺を縄張なわばりとしている組織の大人が、巡回中に見つけ病院へ運び込んだ。数日後、彼は息を引き取った。


 翌日、学校の正門に肝試しをしに行ったクラスメイト達の頭部が、ひもで縛られた状態で門にぶら下げられていたのだ。当時、それを見聞きした誰もが恐れおののき、[黄昏の魔女]は実在するのだとして、工業地帯の廃ビルや廃工場がある一帯を、足を踏み入れてはならない禁域区として指定した。現在では、この一帯を[BillyBlack]ですら禁域区として指定し、誰であろうと勝手に踏み入ればその個人を見捨てるとしている。


 透の脳裏のうりおぞましい記憶がまざまざとよみがえり、自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。脂汗が、額を伝う。知らないという事が、どれだけ恐ろしい事態を招くのか、それを透は実感していた。確かに、この辺りであれば人気ひとけはない、誰が何処どこでドンパチやっていようが、拷問風景が繰り広げられていようが外へれる心配もない。に考えればそうなるだろう、しかし此処ここだけは違う、本当の新参者でなければ、真っ先に避ける場所なのだ。


「………お兄さん達…」


 殴る殴られるという問題ではない、命の問題だ、病院で亡くなった当時のクラスメイトは、指や耳、をかじり取られたような状態で発見された。まだ銃で撃ち殺されたほうがマシだとすら、彼は思いながら口を開いた。ボソリと、怯えを見せる透の姿に、両脇に座っている男たちが少し驚きつつ振り向いた。数十の銃口を向けられても驚く様子さえ見せなかった男が、ここへ来て顔色を変え震えている。微かに、その変化を感じていた男が、透の話を聞く態勢に入った。


「なんだ」


此処ここは、この区域だけは入らないほうが…いいですよ…」


「どうしてだ?」


 一応、人の話を聞く耳は持っているらしいと、少しだけホッとして[黄昏の魔女]の都市伝説と、自分の体験も添えて、なぜココが入ってはならない場所なのかを話して聞かせた。何も知らないからこそ、知っているだろう者の言葉に従ってみる事も必要だと、それを知っている者が目の前にいる男である事を願ったが、透の言葉は一笑にされてしまった。ただ、右隣に座っている男だけは違ったようだ。透の目から見てコレと言った特徴があるワケでもなかったが、自身の話を聞いてわずかに身体を緊張でこわばらせ、落ち着かない様子を見せている。そして、背中で縛られている透の腕の上に手を置き、トントンと指を動かしていた。よくは分からなかったが、右隣の男だけは何となく他の男たちと違うと感じながら、黄昏時が来ませんようにと願った。


 その頃[BillyBlack]のボス、斎賀 忍の携帯端末に迅からのコール音が鳴り響いていた。まだ日が傾き始めたばかりの時間帯に、彼から着信があるとは珍しいと思いつつ、建物の屋上にある貯水タンクに乗って、葉巻を吸っていた忍は受話ボタンを押した。話を聞いた彼は、まずいことになりそうだと判断する。彼は、自分でも見聞きした情報を何度も確認する、不備がないようにと。だがここ数日で、暗黒街は水面下で普段よりも更に酷く欲望が渦を巻いている。そこに今回の件が絡めば、この先どうなる事かという所だった。





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