第37話 アルべリック・オッフェンバック卿

「よくぞおいで下さいましたソレイユ殿。お父上より書簡しょかんにて事情は伺っております。助力は惜しみません。滞在中は何なりとお申し付けください」

「お心遣いを感謝致します。オッフェンバックきょう


 日の沈みかけた夕刻。

 グロワールの中心部にある豪奢ごうしゃな屋敷のエントランスでソレイユは、白髪の短髪が印象的な初老の男性――アルべリック・オッフェンバック卿に出迎えられ、両手で握手を交わしていた。

 オッフェンバック卿は現在56歳。独自の政策により、グロワールの街を一代で国内有数の商業都市へと成長させた実績を持つ人物だ。その手腕は王都政府にも高く評価されている。財政の特別顧問として王都へ招かれる機会も多く、名実ともにアルカンシエル王国を代表する貴族の一人といえるだろう。


 一方で、街の経済の活性化を優先するあまり、戦力強化が二の次となっており、街の規模に対して自治や防衛のための戦力が不足しているのではという指摘もある。グロワールは魔物の出現数が少ない都市部であること、傭兵ギルドを有し、騎士や衛兵以外の戦力が存在していることなどから、これまでは大きな問題となることは無かったが、アマルティア教団の宣戦布告を受け、グロワールの所有戦力である騎士団は襲撃の可能性に供えて街の防衛に専念。結果として周辺地域の盗賊対策などの治安維持がおろそかとなってしまっている。補助金という名目で報酬を増額し、治安維持に関する仕事を傭兵に依頼したりもしているが、元が少額だったこともあり、上手く機能しているとは言い難い。


 戦力不足の問題が今、改めて浮き彫りとなっている。


「グロワールまで道中、遭遇した盗賊団を討伐し、さらわれた女性達を救出してくださったと聞きました。街の長として心から感謝いたします。治安維持が追いついていなかった点は、私の不徳ふとくの致すところです。申し訳ありません」

「一人の貴族として、一人の戦士として、当然のことをしたまでです。それと、女性達の救出に関しては我々よりも、強い正義感で動いてくれた二人の傭兵の活躍が大きかったと思います。彼らがいなければ、ここまで円滑に女性達を救出することは出来なかったでしょうから」

「彼らの事は私も存じております。戦力不足の今、治安維持には傭兵達の協力が不可欠。報酬額を理由に依頼を蹴る者も多い中、彼らのような正義感で動いてくれる傭兵の活躍には、とても助けられていますから。本来ならもっと報酬額を上げるなりし、より多くの傭兵の手を借りるべきなのでしょうが、財源にも限りがあります故に、理想通りといかないのが現状です。街の長としては、お恥ずかしい限りですが」

「これだけ大きな街です。私などには想像もつかぬ、大変なご苦労もおありでしょう。あまり自分を責めないでください」


 ルミエール領内も少し前までは戦力不足が問題となっていた。治安維持が間に合っていたのは、小さな土地だからという理由も大きいだろう。

 地方領に過ぎないルミエールとは異なり、国を代表する商業都市であるグロワールでは取り組むべき課題は多く、物事の優先順位にも複雑な政治的判断が伴っているはずだ。治安維持に回す戦力が不足している状況は由々しき問題ではあるが、置かれている状況が違う以上、ソレイユは一概に自分の物差しでオッフェンバック卿を責めることは出来なかった。


「グロワールの街へは何日ほど滞在するご予定でしょうか?」

「三日を予定しております」

「もっと、ゆっくりされていけばよろしいのにと申し上げたいところですが、任務で王都へと向かう途中である以上、無理にお引止めするのは逆に失礼ですね」

「お気遣いを感謝します」

「お疲れでしょう。客室の用意は済ませておりますので、会食の用意が出来るまで、しばしご休憩ください。臣下の皆様にもお部屋を用意しております」


 そう言うと、オッフェンバック卿は後ろに控えていた長身の若いメイドを招き寄せた。


「この者がお部屋まで案内してくれます。何か用事等がありましたら、滞在中は彼女にお申し付けください」

「タチアナと申します」


 タチアナと名乗ったブロンド髪のメイドは深々と頭を垂れた。大都市の代表者の屋敷という性質上、国内の大物と接する機会も多いのだろう。比べることではないかもしれないが、ルミエール家のソールとは落ち着きが違う。


「よろしく、タチアナ。滞在中はよろしくお願いしますね」

「光栄にございます。それでは、早速お部屋の方へと案内させていただきます」

「それではソレイユ殿。会食の席でまた」


 オッフェンバック卿に見送られ、一行はタチアナの案内で客室の方へと向かった。

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