第4話 生まれながらの男の娘

 「昔、俺の学生時代の友達にお前と同じように男の娘を好きになったやつがいた」

 

 親父から意外な単語が流れる。

 

 「え? 男の娘って、あの男の娘か?」


 「は? お前、深雪が男の娘と知らないで好きになったのか?」


 「いや、俺が疑問に思っているのは親父が男の娘という概念を知っていることなんだが」


 駄目だ、頭が混乱してきた。あの、男の娘ってなんですか?


 「俺はその男の娘の友達と同級生だからな。俺にもいろいろあったんだよ。黙って聞け」


 「お、おう……」


 男の名は明人、男の娘の名は美春という。

 父は二人の同級生であり、友人だったという。


 「ちなみにお父さんの初恋の相手は美春なの。妬けちゃうわね」


 「こらっ! 余計なこと言わなくていいから!」


 「ああ、俺はこの人の息子なんだな……」


 こほんと一息いれ場を整える父。


 「それで、その二人はめでたく結ばれたんだ。ついでに子供も授かった」


 「すいません、質問いいですか?」


 「なんだよ、黙って聞けと言っただろうが」


 「いや子供って……男の娘が産んだのか?」


 「当り前だろ、男が産むわけないだろ」


 もしかして俺の父は頭がおかしいのかもしれない。この人の息子なのかと思うと、泣き叫びたくなるのだが。

 困惑している俺を無視して父は話を続ける。


 「だけど、二人は幸せにはなれなかった。周りの人間からの反感が強かったせいでな、どいつもこいつも、明人のことを狂人だと批判したんだ」


 残酷な話である。暴言、嫌がらせ。世間は彼らを歪みとして捉え、あらゆる手段を使って排除しようとした。それを悪意と認識しないから止まることはない。

 彼らの周りに味方はいなかった。


 「結局、そのことに耐えきれず自分の子を捨て逃げた」


 父は悲しい顔をしている。また、何かに耐えるような顔でもあった。


 「その子供って……」


 「ああ、深雪だ。俺はそいつから深雪を預かった」


 そういった経緯で深雪を鹿河家で預かったと父は語る。

 深雪は男の娘の子供、生まれながらの男の娘だったのか。


 「それで、その二人はいまどうしてるんだ?」


 「……」


 父は固く口を閉ざしている。これ以上話すつもりはないのか、それとも話せるようなことじゃないのか……どちらが正解なんてわからないが、これ以上詮索するのはよそう。

 わかってはいたが、こうして話を実際に聞くと後味が悪い。誰も彼らを助けてはくれなかったのだろうか。いくらなんでもあんまりだ。


 これまで口を閉ざしていた母が、


 「みゆちゃんはね、私達の大切な家族なの。かなちゃんもそう思ってるよね?」

 

 優しい表情で聞いてくる。

 

 「もちろんだよ、深雪は大切な家族だ」


 「お前が告白すれば、今までの関係ではいられなくなる。わかってるよな? お前は壊そうとしてるんだ。深雪だけじゃない、お前は俺達も巻き込もうとしている。そして世間はお前たちに優しくはない。お前はそれに耐えられるのか?」


 二人は俺に現実を叩きつけてくる。救いようのない未来があることを掲示してくる。

 父と母は暗い未来を見ている。


 だけど、俺には深雪と手をつないでいる光景が、どうしても幸福な未来にしか見えなかった。そうなるように頑張らなければいけないんだ。だから、こんなところで踏み止まっている訳にはいかない。


 「俺は世の中に負けるつもりはないよ。それにさ、二人は勘違いしてるよ」


 「勘違い……?」


 「うん、別に俺は家族の関係を壊そうだなんて思っていない。むしろ、俺は本当の家族になるつもりだよ。親父も母さんも俺と深雪、全員が笑って、泣いて暮らしていけるように全力で足掻いてやるんだ。何も犠牲にしないのが本当の幸福ってやつなんじゃないかな」


 足掻いて、足掻いて、少し休んで、誰かの手を借りて生きていこうと思った。

 俺一人で背負おうなんて殊勝なこと思ってない。俺と深雪、一緒に嬉しいことも辛いことも背負って歩いていきたい。


 「まあ、深雪に断れたらそれまでだけど……その時は笑っくれよ、指さして馬鹿にしてほしい。そしたらピースフルじゃない?」


 父と母は俺を見て固まっている。すると、


 「ぷっ……あははは、馬鹿だな彼方! お前は大馬鹿だ。流石俺の息子だ!」


 「あらあら、まあまあ、かなちゃんの頭のねじが吹っ飛びました」


 俺の言っている意味を理解したのか知らないが笑いは取れた。

 しかし、酷い言われようである。でも、これでいい。そんなに深く考える必要なんてないんだ。世の中の理屈に合わせる必要なんてない。脳みそなんてただの飾りだ。大切なのはいつも人の心の中にあるんだと思う。


 「だから、どうかお願いします! 深雪を俺に下さい!」


 深々と頭を下げる。恩をあだで返すように。でも、必ず感謝させてやる。

 どれくらいの時間が過ぎただろう。瞬間が永遠に感じるような時の中で、口を開けたのは父だった。


 「失敗したらぶん殴ってやる。あと深雪を泣かしたら縁を切るぞ」


 「それは了承したと捉えていいのかな?」


 「お前の暴走にいちいち付き合ってられないだけだ。母さん酒もってこーい!」


 「うふふ、今日の分は終わりですよー」


 「うへぇ……そこは特別にくださいな」


 「もう、今日だけ特別ですからねー」


 「やったぜ。おい、彼方! お前も付き合え!」


 「いや、俺未成年だから……」


 夜が更けていく。

 四宮は上手くやっているだろうか。たぶん彼女の立ち回りで俺の結果も変わる。

 今は信じるしかない、深雪の心を開けられるのは彼女だけなんだから。

 

 明日は朝一番に帰ろう、早く深雪の顔が見たい。

 父は今夜俺を寝かしてくれなさそうだなあ。ちゃんと起きれるだろうか。

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