第3話 男×女×男の娘

 陽気な春のお昼時。こんな素晴らしい日は外を歩いているだけでスキップしたくなるよね。でもグッと堪えるのです。隣には美少女(男)がいるのだからそんな事をしたら奇異の目で見られてしまいます。ああ、隣の深雪をチラリと見たらスキップどころかホップステップジャンプな素敵な気分になってきました。

 

 「なんか楽しそうだね」

 

 「ああ、なんかね心が陽気なのさ」

 

 「僕も楽しいなあ」

 

 なんて幸せなひと時だろう。今から公園で深雪の手作り弁当を頂くのですから。脳から肉汁が出てきてもおかしくはない。それぐらい満たされている。

 

 町をすり抜け少し小高い丘の上にある公園にたどり着く。この丘の上公園は町を一望できるため、夜なんかに来ると夜景が楽しめるので、カップルなんかに人気のスポットだったりする。そんな風景を眺めながらおいしくお昼を興じるのだ。芝生の青臭さはなんとも風情があり、男くさい俺にも風流を感じさせてくれる。

 

 二人で芝生に腰を下ろす。丘を登った少しの疲労がジワジワと足の周りを包み込むような感触がする。

 

 「ずっとニヤけてる。すごい気持ち悪いよ」

 

 「そんなひどい顔してるかな? イケメン補正されてない?」

 

 「心から大丈夫?」

 

 そこまで言われるとは、これは深刻なのかもしれん。

 

 「変なこと言ってないで早く食べよ。おなかぺこぺこだよ」

 

 「へいへい」

 

 「今日は彼方の好きなウインナーとミートボール入れたんだ」

 

 「何か勘違いされそうな品揃えですね」

 

 「え、なにが?」

 

 わからなければ良い、良いんだ。

 

 さすがは深雪、空腹だった俺の胃袋を心地よくしてくれる技量は確かなものだ。

 サッとかき込んでしまい、深雪が食べ終わるまで暇を持て余す。実に平和なものだ、さっきまで女装だとか異世界の言葉で翻弄されていたとは思えない。

 

 「彼方、お茶どうぞ」

 

 「ん、さんきゅ」

 

 お昼の公園は平日でも意外に人が多い。温かいお茶を啜りながら、通り過ぎていく人々を眺めていると見覚えのある顔を発見する。

 

 「ブッ――――――――!!」

 

 「うわっ! どうしたの!?」

 

 「え、いや何でもない……」

 

 目が合ってしまった。世界で一番顔を合わせたくない人間が公園を散歩している。名前は四宮恵里。年始早々俺を引き裂いて叩き潰して摩り下ろしたあげく奈落の底に……ってさすがにそこまで酷いことはされてない。不甲斐ない俺を振っただけだ。

 

 とにかく目が合ってしまったのだ。彼女もいけない所を見てしまったかのような顔で対応に困っているようだ。

 

 こうなれば深雪に見つからないように何とかやり過ごすしかない。

 

 (俺のことは気にしないでお行き――――)

 

 俺はジェスチャーで巧みに彼女の心へ訴えかける。

 

 (さすがに悪いよ、あいさつ位させてほしい――――)

 

 彼女もジェスチャーで対応してくる。なんで対応できるか知らんが、友好を示すジェスチャーで俺に訴えかけてきた。

 

 (いいかい、俺たちは終わったんだ。もう俺のことは忘れておくれ――――)

 

 (そんなの悲しいよ、人の関係って簡単に終わらせて良いものじゃないよ――――)

 

 「彼方、どうしたの?」


 「あはは、俺テンション上がって、つい感情を行動で示してしまう癖があるんだよね」

 

 「へー、初めて見る癖だ。レアだね」

 

 深雪と四宮の間に立ち深雪の視線を遮ることに成功したようで、まだ深雪は四宮の存在に気付いていないようだ。しかし、これも時間の問題だ。

 

 どうすれば彼女はわかってくれるんだろう。そもそも俺のジェスチャーは彼女に伝わっているのだろうか。俺は言葉ですら自分の感情を伝えることが出来なかった。そんなやつにジェスチャーで思いを伝える事なんて無理だ。

 

 結局、俺はあの頃から何一つ成長してないんだ。

 

 自分に憤りを感じていると、四宮は凛とした声で言う。

 

 「違うよ! ちゃんと伝わってるよ、彼方クンのジェスチャー!」

 

 四宮の声が響く。諦めかけてた俺に活を入れてくれる。

 

 「本当はあの頃から伝わってたんだよ。だからあきらめないで! 私は彼方クンの守りたいものを知ってるから、だから頑張って!」

 

 四宮へのジェスチャーはしっかり伝わっていた。彼女はそれを知って関係を求めてきたんだ。だったら今の俺の想いを伝えるんだ、ジェスチャーで……

 

 (今までありがとう――――)

 

 あの頃、伝えられなかった思いを伝えられただろうか。たとえ伝わらなかったとしても俺は満足だ。だって四宮は素敵な笑顔をしているのだから。

 

 俺は彼女の言葉に救われた……が。

 

 「あれ、なんで恵理がいるの?」

 

 彼女の言葉で奈落の底に突き落とされてしまった。


さて、現在美少女に狭間れている状態なわけで、男なら一度は夢を見た展開なわけで、なのに全然うれしくないわけで……

何を話せば良いのか、頭の中の選択肢は何一つ良質な回答を提示してはくれません。

 

 深雪と四宮は友人同士であり、俺は深雪の紹介で四宮恵理と付き合い始め半年で別れてしまった。これが3人の共通認識だ。


 しかし、深雪は別れた理由を知らない。聞いては来ないが理由を知りたがっているはずだ。この二人を引き合わせたくなかったのだが……


 「どうして二人は別れたのかな?」


 直球ストレート、しかも剛速球。なんと答えればいいか言葉に詰まる。


 「えっと、音楽性の違いというか……」


 「そうそう、私たち性格が合わなかったみたいで」


 「その……どこまでいったの?」

 

 結論から言うと何もしていない。本当にただ遊んだぐらいの友達のような付き合い。思い返してみると実に不甲斐ない。


 「えっと、何もしていません」


 「そうなんだ」


 「……」


 気まずい……この状況を避けたかったのに、世の中上手くいかないことばかりだ。


 しばらくの間沈黙を破ったのは以外にも深雪だった。


 「ごめんね、僕が無理やりくっ付けようとしたからだよね」


 もしかして深雪はずっと自分のせいだなんて思っていたのだろうか。俺は四宮との出会いを無駄なものとは思っていない。むしろ深雪には感謝しているんだ。


 「俺たちは合わなかっただけ、それだけの話だよ」


 「でも僕が余計なことをしなければ、二人を傷つけることはなかったよね」


 「そんなこと言っちゃ駄目だよ」


 四宮は力強く否定する。


 「失敗ってそんなに悪いものじゃないよ。次は頑張ろうって気持ちにさせてくれるし、失敗があったから次の成功に繋がるんだよ。だからね、私はこれでいいと思ってるんだ」


 「俺だっていつまでも引きずってる訳じゃない。むしろ四宮のドSっぷりには快感すら覚えるようになってきた」


 空気がしみったれているので、俺は粋な冗談で場を和ます。


 「彼方……」


 「ごめんね、彼方クン……」


 おかしい、二人が冷ややかな目で俺を見る。まったく俺のハイセンスギャグが理解できないとは、これだから教養のないやつは。


 「とにかく! 深雪が謝ることは何もない。気にすんな」


 「……ありがとう」


 納得いってくれたようで何より。


 俺たちの間にあったわだかまりはこれで解消だろうか。

 しかし、深雪と四宮はまだ何かが引っかかっているような顔で遠くを見据えていた。少し彼女たちの空気に違和感を覚えたが、何をするでもなく世間話で過ごしていく。


 深雪は催したのか、お花を摘みにに行ってしまうと、必然的に俺と四宮の二人だけとなる。

 

 3人だと話が出来るのに、急に二人にされると何を話して良いのかわらなくなる現象ってあるじゃないですか。現在がそれです。


 だいたい俺と四宮はこの前別れたばかりなのだから、微妙な空気になるのも仕方がない。

 俺が話題を探していると先に四宮が切り出してきた。


 「前から思ってたんだけど、彼方クンってホモ?」


 「アナタハナニヲイッテイルノデスカ?」


 俺がホモだって? ぷーっ、そりゃ面白い。いいね、そのギャグ最高だよ。


 「なんだよ、急に……ははは。何をどうしたらそんな結論になるんだよ」


 「だって、いつも深雪と一緒じゃない?」


 「それは、昔から一緒に暮らしてるから」


 「お弁当とか作って貰ってるし」


 「あいつ料理好きだから」


 「キスしてた」


 「事実無根の発言はやめてください!」


 幼い子もいるんですよ!? 勘違いして道を違えたらどう責任取るんですか!?


 「あはは、冗談だよ」


 「勘弁してくれ……た、確かに深雪はかわいいけど、そんなんじゃない」


 「だって私と一緒にいる時より楽しそうだったし……」


 四宮はほっぺを膨らませ拗ねてしまう。こうして見るとやはり彼女の容姿は美しく、大人びた印象があるが、子供のようなあどけなさも備えているのだから質が悪い。


 彼女と別れたのは勿体無いのだろうか。そうだとしても人間相応の立場というものがあるのだから、俺よりももっと素敵な人とのほうが釣り合うだろう。


 「また、何を考えてるかわからないなあ」


 「え?」


 「彼方クンのダメなところのひとつ。覚えてる?」


 「ああ、ひどい話だよ。他人の考えなんて誰だってわからないのに」


 「何から何までわかるわけないよ。でも、嬉しそうとか、悲しそうとか、雰囲気さえわかれば十分だよ。それだけで何だか幸せになれちゃうから」


 やっぱり、よくわからない。


 「深雪と一緒にいる彼方クンはとても幸せそうな雰囲気が伝わってくるんだけどね。これってホモじゃない?」


 「断じて違います」


 友情と愛情です。ほらホモじゃない。


 四宮は立ち上がり、パンパンとお尻の汚れをはらう。


 「じゃ、私そろそろいくね」


 「いいのか、深雪に何も言わなくて」


 「うん、よろしく言っといて。じゃね☆」


 そう言ってそそくさ帰ってしまった。相変わらず自由な人だ。

 やっぱり深雪と会うのが気まずいのだろうか。二人はとても仲が良く中学からの付き合いらしい。俺のせいで変なわだかまりを作ってしまった。


 それにしても深雪のやつ長いな、もしかしてあの日か?

 

 四宮が帰ってからしばらくの間、一人惚けていたが、なかなか帰ってこないので様子を見に来たわけだが、ここで問題です。深雪は男子便と女子便どちらに入ったでしょうか? もちろん男子便ですよ、少し迷ったりとかしてないよ、ちゃんと認識してるからね。


 精神を落ち着け中に入る。中には案の定深雪がいたのだが、洗面台のほうで何やら餌付いている。やはりあの日か……っ! じゃなくて!


 「どうした深雪、大丈夫か!?」


 「はあっ、はあっ……ああ、彼方……どうしたの?」


 「それはお前のほうだ。辛そうじゃないか」


 「何でもないよ……少し疲れただけ」


 息を荒げて今にも倒れそうだ。顔は腫れあがったように赤く、汗だって尋常じゃない。明らかに疲労とは違う様相だ。

 

 「深雪、歩けるか?」

 

 「うん、大丈夫……」

 

 額に手を当ててみれば、やはり熱もあるようだ。

 

 「とりあえず病院へ行こう」

 

 「えへへ、たぶん大丈夫。大げさだよ」

 

 「大げさも何もお前、明らかにやばいだろ……」

 

 辛そうな顔をしている癖に、言葉だけはやたらと力がある。

 

 「本当にいいのか?」

 

 「うん、明日になっても治らなかったら行くから……ね」

 

 「はあ……わかった」

 

 頑なに拒む深雪の意見を受け入れることにするが、流石に丘を下るのは辛いだろうな。

 

 「とりあえず寮まで背負ってやるから、少しは安静にしろ」

 

 「いいよ、大丈夫だよ」

 

 「いいから」

 

 これ以上は意見を聞いてやらない。深雪も観念したようで大人しく背中に負ぶさってくる。やはり小柄な体系だからだろう、難なく背負うことが出来た。

 

 「ごめんね……」

 

 「へいへい」

 

 深雪の声が耳元で囁くような、鳴くような、小さな声が聞こえる。吐息がかかってこそばゆい。声が記憶の片隅に呼びかけたのか、昔も同じようなことがあったのを思い出す。

 

 小学生の頃だったか、いじめっ子たちに殴られて泣きじゃくる深雪を負ぶって家まで帰ったことがあった。その時も傷の痛みなんかよりも、病院に行きたくないことに対して悲痛に叫んでいた気がする。あの頃と比べれば百歩譲ってくれたのかもしれない。思い出すとなんだか可笑しくなって笑ってしまう。

 

 「なんか、嬉しそうじゃない……?」

 

 「うん? いや、深雪も成長したなと思いまして」

 

 「なにそれ……?」

 

 わからないならいいよ。

 寮に帰るまでの間、少しだけ四宮の幸せがわかった気がした。




 いつもとは違う静かな夜。いつもこの時間は男どもの騒がしい声が聞こえるのだが、今日はどうしたことか、不気味なほど静かだ。全員同時に頭でも打ったのかもしれない。

 

 まあ、お陰で深雪が安静に出来るのだから儲けものだ。

 

 俺と深雪は寮のルームメイトなので毎日同じ部屋で過ごしている。こうして思うと昔からずっと一緒だ。周りから見れば勘違いされても仕方ないのかもしれない。

 

 俺は普段二段ベッドの下で寝ているが、今日は深雪が占領してしまっている。となると今日は上で寝られるので、新鮮なことに気分が高揚する。上は深雪が絶対譲ってくれないから、たまには上の景色も嗜むのもよかろう。

 

 「……っ」

 

 深雪が目を覚ます。熱も微熱程度に下がったようで意識も安定している。

 

 「気分はどうだ?」

 

 「歌って踊りたいかも」

 

 「さすがにやめとけ……」

 

 冗談が言えるくらい回復したようで安心する。これなら明日の登校も大丈夫だろう。

 

 「何か食うか、腹減ってるだろ?」

 

 「んー、レトルトのおかゆが良い」

 

 ほう、俺が料理出来ないことへの皮肉でしょう。なんだか久々に料理人魂に火が付いたぞ。とびっきりの男料理を披露してやろうじゃないか。

 

 「彼方、お願いだからレトルトにしてね。彼方の料理は胃が溶けちゃうよ」

 

 「そこまで酷い!? 流石に嘔吐で済むから!」

 

 「レトルトでお願いね」

 

 「はあい……」

 

 ちえっ、せっかく腕によりをかけて熱意を注ぎ込もうと思ったのに。深雪が料理を好きになったのは俺が原因なのかもね。

 しばらく鍋で暖め、パウチから容器に移して完成です。

 

 「できたぞ」

 

 「このお粥の質素で不味そうな感じってテンション上がるよね」

 

 「すみません、賛同しかねます」

 

 出来上がった器を深雪に差し出す、しかし何故か受け取ろうとしない。何やら懇願するような目で見つめてくるのが大変可愛らしい。

 

 「なんだよ…?」

 

 「食べさせてほしい」

 

 「はあ?」

 

 何を言うかと思えばヒロインかお前は。

 

 「自分で食えるだろ、もう大丈夫なんだろ」

 

 「急に腕が折れて……」

 

 「疲労骨折かい?」

 

 こんな子供のような甘えを唐突に見せるから、周りは勘違いをするんじゃないかな。

 スプーンで粥を掬い、深雪に差し出す。少し熱しすぎたのか上気する湯気が煩わしい。

 

 「ふーふーは?」

 

 「正気かお前……」

 

 なんだかんだ要望に応えてしまうあたり、俺にも問題があるのかもしれない。

 冷ました粥を再び差し出すと今度は食べてくれた。小動物を想起させる仕草、あれだ、奈良の鹿を思い出すね。あんなにがっついてないけど。

 

 「まずい……」

 

 「俺のせいじゃないぞ」

 

 だから俺が一振り工夫しようと思ったのに。

 天使のとうな患者さんは次の一口を期待して待機している。

 

 仕方ないので、一連の流れを繰り返すとあっという間に深雪はお粥を平らげてしまった。食欲にも問題がなければ、後は体を冷やさず眠れば勝手に治るだろう。

 

 「汗かいちゃったから、着替えよっかな」

 

 「お、おう」

 

 そう宣言する制服姿の深雪さん。下から脱ぐものだからワイシャツ一枚と実にいやらしい格好になる。なんだか恥ずかしくなり思わず目をそらしてしまう。

 

 衣服のこすれる音がする。シャツのボタンを外してるのか、少しずつ脱いでるのだろうか。なんとなく目を向けてみると女の子のような白い肌が目の端に入る。本当に女の子なんじゃないかと、疑ってしまうものだから目のやり場に困ってしまう。今日の俺はおかしい。四宮との会話のせいだろうか、深雪を変に意識する。

 

 「彼方、タオル取って」

 

 「う、うむ」

 

 目の前にあるタオルを手に取り目を閉じ千里眼を駆使して深雪に渡してみよう。

 

 「ほら……」

 

 「どこに渡してるのさ。こっちだよ」

 

 と不満の声とともに深雪に腕を捕まれ引っ張られてしまう。

視界を閉ざしていた俺には突然の出来事に対応できず倒れてしまう。

 

 顔面で着地するが深雪がクッションとなり難を逃れる。不思議な感触が顔全体を包み込む。なんだか熟れた渋柿のような感触がする。暖かく、魅惑的な臭いが鼻孔を刺激する。

 

 「ちょっ、彼方あっ……んあっ……」

 

 不思議な感触に俺は手探りで正体を探る。柔らかく気持ちがいい、それでいて確かな手ごたえを感じる……少しずつ大きくなっているのが気がかりだ。

 

 「あっ……駄目だよ、彼方あ……!」

 

 真相を確かめるため、目を開け確認する……あああああああああ!

 

 「いや、悪い! 気持ちよくてつい!」


 ああ、俺は何を言っているんだ! これじゃ変態じゃないか!

 

 「……彼方の馬鹿」

 

 衣服と呼吸を乱した深雪が、目の前で羞恥の顔で倒れている。

俺は深雪に覆いかぶさった状態のため顔が近い、吐息を素肌で感じることが出来る。

 

 「早くどいてよ……」

 

 「すまない……」

 

 俺は深雪から退くが申し訳なさか、自然と正座に移行してしまう。

 

 お互い一言も喋らない。いつもなら2時間でも3時間でも話せるのに、今は麻痺したかのように唇が動かない。

 沈黙の時間が長く続くほど、俺たちの距離が離れていくような感触がする。

 

 「……俺のほうがでかい」

 

 「……え?」

 

 業を煮やした俺は、思い切って率直な感想を漏らす。

 

 「マグナムだぞ、俺は」

 

 深雪は惚けている。やっぱり俺のジョークはつまらないのかな。

 

 「ふふっ……あはははははは、馬鹿だな彼方は、僕のほうが大きいに決まってるよ」

 

 なにおう! こちとら中学の修学旅行では英雄だったんだぞ!

 

 深雪に向き直ると着替え終わっていたようで、見慣れたパジャマ姿が出迎えた。

 

 「もう寝よう、まだ体調は万全じゃないんだから」

 

 「うん、学校休みたくないしね」

 

 そう言うと、さっきまで深雪が寝ていた、本来俺の寝床であるベッドに入ってしまう。

 

 「おいおい自分のところで寝ろよ」

 

 「……今日はこっちで寝させて」

 

 「なんでだよ」

 

 「お願い……」

 

 布団から顔を覗かせて言う。この反則級の懇願を見れば誰だって首肯だろう。

 まあ、俺も上で寝てみたいし別にいいか。

 寝床に入るといつもと違う感覚でなかなか寝付けなかった。あといい匂いもした。

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