極東島国の復活真祖

人間 越

人ならざる者の宴

 少年は繁華街の片隅で待っていた。

 

 灰色の髪に灰色の眼。服装は学生らしい、制服に紺のダッフルコート。今は12月の下旬。クリスマスを近くに控えた凍えるような寒い冬の時期だ。妥当な格好と言えよう。リュックサックを背負った少年。

 その髪と瞳の色以外、とりわけ特徴のない少年。ともすれば完全に風景に同化してしまいそうなほど存在感が薄い。

 そんな少年は、頻りにスマートフォンを確認していた。

 時刻は午後九時を回る頃。そろそろ一介の高校生に見える少年が、繁華街にいるのは好ましくない時間帯だが、待ち合わせだろうか? 

 オフ会自殺――そんなフレーズがよぎる光景。

 

 それを見るのが一般人なら、の話である。

 

 こと少年にとって、それはあり得ない。あまりに出来の悪いジョークである。

 少年の名は、平賀太陽ひらがたいよう。普通の人間ではない。

 世界には人ならざる者が確かに存在する。

 吸血鬼、人狼、精霊、天使、悪魔、エルフ――数を上げれば限がないほどに。

 少年もその一種であり、そもそも少年という呼称からして不適当である。

 彼の正体は、不朽のまま、何百年、何千年という永久の時を生き抜いてきた吸血鬼である。それだけではない。さらに彼は、吸血鬼の中でもとりわけ巨大な力を持つ、世界に七人いる真祖—―原初の七曜オリジンウィークの一人、日曜日サンの真祖である。

 

 と、彼に近づいて来る影が一つ。

 派手なドレスで着飾った美女である。

 フリルやリボン、花飾りを鬱陶しほどにあしらえた純白のドレス。彼女が動くたびに、奇異の視線で列が開かれる。少年とはまるで対照的な存在感を放つ女性だ。


「もし? あなたが、ブラッドさん、でよろしくて?」


 やや古風な口調で女性が尋ねる。


「はい。えっと、あなたがクイーンさん、で?」


 少年――太陽が尋ね返すと、女性――クイーンはええ、と一礼する。

 二人が面と向かって会うのは初めてのこと。

 ブラッド、クイーンというのは、とあるサイトのアカウント名である。

 ダークサイドコミュニティー。

 人ならざる者らが利用するウェブサイトである。

 人ならざる者、は国によってその自由を酷く制限される。魔法などの類も、破壊活動的なものはもちろん、しかし、飛行など生活の一部となっている移動手段までも禁じられる。そして、団結や情報収集、或いは出会いのきっかけとなる各種コミュニケーションアプリの利用をも禁じられているのだ。

 そんな中で、ダークサイドコミュニティーは人ならざる者によって作られ、市販されていない端末機器よりアクセスできる人ならざる者専用のコミュニティーサイトである。その目的は、単純な出会いを求めてから、テロの決起、団結会までとその住居情報を秘匿される人ならざる者同士を繋ぐ唯一と言っても過言ではない手段なのである。


「お待ちしておりました。皆さんはもう集まっておられますので」


 高校生らしからぬ場慣れした所作――中身が吸血鬼の真祖であることを知っていれば納得だが――で太陽は一礼。

 クイーンを連れて、背後の建物の中へと入って行く。




 階段で二階に登った先にあるのは、普通の飲食店の入り口とエレベーター。そしてその横になんの看板も掛けられてないドアがある。

 太陽が開いたのはそのドアだ。


「――まぁ」


 太陽に続いて店内に入ったクイーンが思わず感嘆する。

 中は、間接照明が効果的に使われた落ち着いた雰囲気のバー。店内の面積は小さく手狭な感じが否めないが、逆にその狭さの中に統一された質の高い空間が形成されていた。五席分のカウンター席の奥に個室となっているテーブル席が一つ。そしてカウンターにはバーテンダーが一人、ポニーテールに纏められた髪の凛々しい女性がグラスを磨いていた。


「こっちですよ」


 太陽が、店内の空間にすっかり魅入られ呆けているクイーンを呼ぶ。

 はっとしたようにクイーンはごめんなさいね、とついていく。

 太陽は個室の扉を開き、クイーンを招く。

 中のテーブルを囲っていたのは、


「おうおう、偉い別嬪さんじゃねえか」


 と、白いジャケットに赤いシャツ。大きめのサングラスをかけたチンピラ風の男。アカウント名、ジャッカル。


「……ニ十分と三十八秒の遅刻。良識を疑うね」


 と、懐中時計を確認した、顔の大半を髭で覆われた短身の男。アカウント名、スミス。


「女性の遅刻にいちいち目くじらを立てるなんて、身の丈と度量がちゃんと比例してますね」


 と、スミスにチラリと意味ありげな視線を向けた尖った耳に翡翠色の長髪の美青年。アカウント名、グリーン。

 そんなグリーンをスミスは殺気さえ籠る目で睨み返す。


「まあまあ」


 一触即発の両者を宥めたのは太陽。


「そーや。お前さんたちの敵は目の前やないやろ。こっちや」


 太陽に続いて一番窓際の席にいたジャッカルが窓の外を指差す。そこには繁華街を行く人々の姿が映っていた。

 のぅ? と、全体に同意を求めるようにジャッカルが唸る。


「そうでしたね。いやはや御見苦しいところを。地を這う小人よりも、先に潰すべきは人間ども、でしたね」

「……ふん」


 なお、毒毒しい言い回しをするグリーンに不貞腐れたようにそっぽを向くスミス。

 言われるまでもなくてよ、とクイーンはそれを忘れていたスミス、グリーンに向けた呆れの籠ったため息交じりに呟いた。

 それを見ながら太陽はニコリ、とほほ笑むだけでジャッカルへの返答とする。


「意見は一致しとるな。それじゃあ、始めようか。人間どもに裁きを下す俺たちの一回目の会合を、な」


 ジャッカルが席に着いた面々の顔を見てそう言った。

 それは僕のセリフですけどね、と太陽は内心独り言ちる。

 でしゃばりは消そう――ほの暗い決心と共に。

 その刹那。

 太陽の上半身が爆ぜた。


「「「「っ」」」」


 一つの卓を囲む一同に戦慄が走る。全員が椅子を蹴倒し、後ろに跳んだ。

 なんの前触れのない突然の死――他ならぬ自分たちを集めた者の死にその場の誰もが思考を巡らされる。

 この中の一人一人がこの極東の島国、日本において監視の目をかいくぐりながら徒党を組む数人、或いは数十人を統べる有力者であった。

 故に、真っ先に脳裏をよぎったのは、太陽への心配、などではなく、自分が嵌められたかどうか。この会合が罠だったかどうか、である。

 しかし、次の瞬間には全員の脳裏からその可能性は霧散する。互いが同じ表情をしていたからだ。少なからぬ驚きの中に疑いの念。互いが同じ表情をしていたことから、この中に前もって徒党を組んだ者は誰もいなかったのである。

 ならば、この少年の突然の死は――?

 互いの素性を知らないものたち。情報収集すら制限された中では仕方のないことであるが、裏を返せばリスクを犯してでも人間への制裁を敢行したいという感表の表れだ。だが、こうなってはこの状況がよりお互いの首を絞める。相手の手の内を知らない。知らないが故に誰も迂闊に動けない。お互いがお互いを牽制し合う、極限の緊張状態。

 

「あっはっはっはっは」


 しかしその状態は長くは続かなかった。

 太陽の笑い声によって、急に終焉を迎えたからだ。


「「「「…………」」」」


 死んだはずの少年の笑い声に自然と四者の視線が集まる。

 見れば、飛び散った血や肉がだんだんと集まり、まるで映像の逆再生のように修復されていくのだ。

 その目はいつの間にか痛ましくも美しい紅蓮、すなわち血の色に染まっていた。


「吸血鬼、か」


 呟いたのはジャッカル。


「ご名答、ジャッカル。いや、渋谷の獣王スカイクレイパー・ビースト――長谷川順二はせがわじゅんじさん」

「なっ――」


 修復しながら紡がれる言葉に、ジャッカル――長谷川順二の表情が凍る。それは彼に関する真実であったから。

 同じ人ならざる者、である彼がなぜ情報を集められるのか。それが示す答えは一つ。政府との繋がり。


「野郎っ」


 一瞬でそう思い至った長谷川は即座に人ならざる者――クマの獣人の能力を発動。

 筋肉が膨張し巨大化する。全身が瞬く間に深い体毛に覆われていく。中でも以上に発達したの指先の爪。鋭く伸びた漆黒の爪は、彼が獣王と呼ばれる由縁である。

 そして獣の筋力で床を蹴る長谷川。次の瞬間どこにいるか、目で追うのは不可能と言わないまでも訓練が必要なレベルの、すわなち常人には至難の業である加速――のはずだった。


「跪け」


「――っなんや、こ、れ?」


 しかし、長谷川が次の瞬間にいたのは同じ場所。床を蹴り、伸びる途中であった足はまるで見えない力に押し付けられるかのように、床へと落ちていた。転ぶ寸前の反応として、上半身を支えるべく伸びた両肘。結果としてその様は、床に這いつくばるようであった。


「「「………」」」


 残る三者は硬直する。

 長谷川を押さえつけた太陽の行動が、ただ言葉を発しただけであったから。


「次はないですよ、気を付けてくださいね」


 微笑を浮かべる太陽。その言葉をきっかけに長谷川を押さえつけていた力がすっと消える。

 三者は、いや長谷川を含めた四者はその微笑にすら畏怖を覚えた。自分を呼びつけたのが若い少年。そのことに誰もが少なからず落胆し、そして無意識のうちに少年を舐めていたのだ。中でも長谷川のそれは顕著で、だからこそ、主催者そっちのけで場を仕切るなんていうマナー違反を犯した。


「はい。それでは皆さん――席についてください」


 仕切りなおす太陽。

 異議を唱える者はいなかった。狙撃されてなお、普通に振る舞う少年に。

 持ってかれた。

 狙撃から起こる反発の鎮圧。

 太陽はこのテーブルにおける支配権を握った。それぞれ、青くない傑物たちを相手に、自分の立場を認めさせたのだ。


「ああ、そう怯えないでください。狙われるのは僕だけですから。僕の見ている範疇で、僕以外の人ならざる者には正当防衛以外で武力を行使しない。そういう約束なんですよ」


 約束――太陽は確かにそう言った。この場においてその相手は誰か、考えるまでもなかった。政府だ。

 人ならざる者を政府は嫌っている。平和や権利、平等謳う以上、人ならざる者に制限付きの自由を与えているが、そういった存在の殲滅を叫ぶ軍人、政治家は多い。無論、人ならざる者同士にも縄張り争いや個人間の怨恨による争いはある。だから太陽を害する存在が政府だけとは言い切れない。四者が政府の存在を確信する根拠は何か。それはやり方である。

 狙撃――人ならざる者の争いでは、そんなまどろっこしいやり方はあり得ない。人ならざる者同士の戦いは苛烈である。ビルの全壊や道路陥没はざら。ひどい時には町一つが地図から消える。

 狙撃なんて言う、後処理を考えた賢いやり方は取らないのである。

 

 と、なにはともあれ、会議は進む。

 太陽の一人語りで。


「仄暗い鍛冶工房バイオレンスメーカー、棟梁、大隅啓太郎おおすみけいたろうさん。横浜に居を構える魔導武器の製造組合、ですか。表の姿は社長として工場を持っているが、実際は武器製造工場。まあ、上手いことやってるんですね」


 次に背中に冷たい汗を流すことになったのは背の低い毛むくじゃらの男、大隅。正体はドワーフである。


「……は、ははっ! ドワーフ。馬鹿力と器用さだけが取り柄の小人がやることは狡いなぁ! それに地味だ、スマートじゃない! やっぱり物事は派手に行かないと」


 上ずった声を上げたのは尖った耳の男。明らかに大隅を馬鹿にした物言いだが、大隅にはそれに反応する余裕はない。

 しかし、代わりに男に声を掛けたのは太陽であった。


「なるほど。そういうあなたは確かに派手ですね、エルフの森遥もりはるかさん。魔法使用未遂で八回の処分を受けている。あと一回か二回で追放処分にリーチがかかってる凶悪犯だ。しかも、毎回反省が見られてないと来た、管理局もお手上げの問題児。しかも、素面ではドラックにも手を出してるとか?」


 追放処分。それは、人ならざる者を扱う政府機関である管理局セキュリティーの下す処分で、凶的に追放する処分だ。処分のレベルとしては上から二つ目に当たり、一番上は殺処分である。人間同様の収監や監禁と言った手段が人ならざる者相手にはあまり効果をなさない、或いはかかる費用が大きすぎる事からこの処分があるが、めったに下されない。これは問題行動を頻発する凶悪すぎる人格の持ち主にのみ下るとされているが、人間は魔法を始めとする人知を超えた力の存在を知覚できないために、そもそも魔法使用未遂というのが人ならざる者からの密告と人から見た怪しい行動によるものからなる罪で、そこに悪意があるか、が不透明なのである。

 この場に参加している以上、悪意のあるはずの森に殺処分が下らないのもそのためだ。


「ふふっ、まあね」


 森は悪びれることなく言う。開き直っているのか、ブラフか、本当に悪いと思っていないのか。それは定かではない。


「何人かには、悪童バッド・エルフなんて呼ばれてるみたいですけど」

「おお! そこまで知ってるなんて。人間どもの若者にならって森精連合というのを立ち上げまして。スマートに愚かな人類に鉄槌を下す。そういうチームです」


 気をよくしたのか自分から名乗りだす森。

 むろん、太陽の掴んでいる情報ではあったが、どうやらこの森という男はまだ、自分が人間を害するための決起集会を開いていると勘違いしているらしい。エルフは見た目に反して長寿と聞いていたが、目の前の男は見た目相応の若さらしい、と太陽は内心苦笑する。


「なるほど。そして、最後になりました。お待たせして申し訳ありません」


 森の話を切り上げ、最後の一人、ドレスの女性の首元に死神の鎌があてがわれる。


「人狼の柊由香ひいらぎゆかさん。なんでも古くからこの日本の地に住まう人狼、柊家の当主だそうで」


 ドレスの女性――人狼の柊は、ギュッと膝の上の手に力を込めた。

 太陽の言葉はやはりと言うべきか、真実であったのだ。

 

 ジャッカル――獣人、長谷川順二。渋谷の獣王スカイクレーパー・ビースト

 スミス――ドワーフ、大隅啓太郎。仄暗い鍛冶工房バイオレンスメーカー、棟梁。

 グリーン――エルフ、森遥。悪童バッド・エルフ

 クイーン――人狼、柊由香。柊家当主。


 太陽はこの卓を囲む者の素性を掌握していた。

 早い話が、これを暴露されれば、彼らは何らかの処分を受ける。もしかしたら、このことはもう既に知られているかもしれない。

 どちらにせよ、彼らは太陽に手綱を握られたのだ。彼が何を目論んでいるにせよ、拒否権はないに等しかった。

 

「それではどうして皆さんにここに集まってもらったか。本題に移りましょう」


 太陽の一声に全員が身構える。


「なに、一つ約束をして欲しいのですよ」


 そんな一堂に太陽は言った。


「約束、やと?」

 

 反応したのは長谷川。サングラスの奥の目を険しく顰める。


「はい。たった一つです。――この国に暮らす人間に絶対に害を与えない、とね」

「なっ――」


 立ち上がったのは長谷川。


「ふざけるなよ、てめぇ!」


 声を荒げる。しかし、当然の事だ。人に害をなすべく集まったはずなのに、よもやそれを禁じられるとは。

 人ならざる者にとって、人間の課す制約は、人間からすれば人間が安全に暮らすためだとしても、些か不当である。

 故に、テロを起こす彼らにも大儀があるのだ。


「――煩い」


 が、刹那、はっきりと殺意の籠った声があがる。と、ともに、長谷川が背後の窓を割ながら吹っ飛ぶ、いや、蒸発した。


「「「……っ」」」


 目の前の事態に、またも言葉を無くす三者。


「次はない、って言いましたよね、僕」


 そんな三者に何食わぬ顔で言う太陽。その目は三者に問いかけていた。

 従うか、死ぬか――どうする?


「それじゃ、サインしてくれますか?」


 太陽は三人の前にそれぞれ誓約書を差し出す。

 断れるものなど皆無で、全員が黙ってサインした。


「ありがとうございます。それでは、この場はお開きします」


 誓約書を受け取り、満足そうな顔で先に部屋を去ろうとする太陽。


「ま、待って!」


 その背に声を掛けたのは柊由香であった。


「あ、あなたは、人間の味方、なの……?」


 答えの分かりきった問いであった。

 

「――いえ、違いますよ」


 しかし、太陽は平然と言う。


「言ったでしょう? そう言う約束なんですって」

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