第133話 買い物デート


「なあ、アリス」

「なあに? ジュンヤくん」

「……デートしようぜ」

 アリスは飛び跳ねて喜んだ。


 というわけで、今日の放課後は買い物デートである。


 まず向かったのは武器屋……と言いたかったところだが。というか、一番の目的はそれだったのだが。

「ねぇねぇ! まずはここ寄ってこ!」

 アリスが指差したのは、洋服屋であった。

「なんでだ?」

「え~。別にいいでしょ?」

 まあ、べつに急ぐ用事でもないし、いいか。

 俺が頷くと、アリスは大喜びで俺の手を引いて店の中へ入っていった。

 おいちょっと待て! 俺はこういう雰囲気は苦手なんだ!


「う~ん、あれもいいし……あっ! これかわいい! 迷っちゃうなぁ」

 なんだかわかってしまうのが悔しい。

 っていうか! 長い!

 かれこれ、アリスは一時間くらいずっと洋服を見続けている。

「ねぇねぇ、ジュンヤくん!」

 おっと、俺に聞かれた。

「なんだ?」

「これとこれ、どっちのほうが似合うかなぁ」

 う~ん、迷う。

 正直、どちらも可愛らしい。絶対似合う。俺には決められない。というかアリスちゃんマジ可愛い。

 なので、しばらく考えた挙句。

「どっちもいいと思うぜ」

 と答えておいたら。

「じゃあ両方買う!」

 笑顔でそんなことを言いやがった。

 大丈夫だろうか。そんな金はあるのだろうか。

 ……心配する必要はなかった、というオチであった。


 次こそ武器屋に――

「ねぇねぇジュンヤくん!」

 ……今度はなんだ。

 アリスが指差していたのは、最近話題の、つぶつぶしたものが入ったミルクティーの店。

 この世界にもタピオカミルクティーはあったんだな。向こうの世界にいたとき、コンビニで買って飲んだやつは結構美味しかったな。

 ……で、その割とマイナーだったはずの飲み物になんで専門店が出来ていて、しかもこんな行列が出来てるんだ?

 というか、あれを指差してるってことは。

「あれ、買って一緒に飲もう!」

 あの行列に並ぶのか! いやだよ!

 しかし。

「だめ?」

 可愛すぎる上目遣い攻撃には勝てなかった。

「わかった。頑張ろうな」

 頭の上にハテナを浮かべるアリス。どうやら、なぜ頑張らなければいけないのかわからないらしい。

 きっとすぐにわかるぜ……。頑張らなきゃいけねぇ理由をよ……!


 そして一時間後。

「美味しいね、ジュンヤくん!」

「ああ……そうだな……」

 元気にタピオカミルクティーをすするアリスと、死んだ魚のような目で彼女についていく俺がいた。

 どうしてそんなに元気なんだ……。女子、恐るべし。

 タピオカミルクティーの糖分が体中に染み渡る。ダイエットには圧倒的に不向きな高カロリーが今ではむしろ命の水のようだ。

 そんな俺に、彼女は聞いてきた。

「次はどこ行く?」

 タピオカミルクティーをもう一度すすり、口の中に飛び込んできたタピオカを噛みながら、一瞬考えて、すぐに思い出した。

 武器屋、もうそろそろ閉まるじゃん。

「ヤバい! 武器屋に行かなきゃ!」

 俺はアリスの手をひいて、走り出した。


「ジュンヤくん長いー」

 武器屋。というか、武具店。

 そこで、俺は二本目の剣を吟味している。

 俺は、自己流の二刀剣術で戦う。

 しかし、王都での事件で、二本持っていたうちの一本をなくしてしまったのだ。

 この前の魔道兵器との戦闘でその不便さを実感した。しかも、近くに武闘大会なんてものが実施される。

 そのため、こうしてもう一本の剣を探しにきたのだ。

 俺がいま使っているのは、エンテから旅立つ前に打ってもらった白銀の剣。

 基本的に片手持ちだが、両手持ちでも使えるあの剣の意匠は、美しさを通り越し、もはや神聖ささえ感じるようなものだ。

 ミスリル鋼に由来する、白く光り輝く剣身。同様に輝くつかには持ちやすいようにしっかりと布が巻かれている。その柄の上部と下部――つまり、柄頭つかがしらつばには、小さめの赤い宝石、すなわち小さくカットされた紅の魔石がはめ込まれている。

 出来れば、それに見合ったようなかっこいい剣を……と思ったのだが。

 うん、無いわ。

 しばらく探し回っても、無い。というか、アリスが早くしてよって言ってる。

 はあ。もう仕方が無いので適当な剣を手にとって会計しようと思ったそのとき。

「あっ」

 アリスが何かを見つけた。

「なんだ?」

「これ、なんだか……」

 アリスが指差したのは、ちょうど彼女のとなりにひっそりと陳列されていた一振の剣。

 黒、いや、深い紺色。言うなれば、夜空の色をした、とても美しい剣であった。

 店員のおっさんに、この剣のことを聞く。

「これか……。なんだっけ……ああ、思い出した。これは、夜闇の剣という業物だよ」

 彼曰く、数年前に買い付けた、唯一無二クラスの業物とのこと。

「しかし、これをやるには条件がある」

 そして、その条件を守れる人間はいままでいなかった。

「それは、この剣を使って俺に勝つことだ」

 そんなの余裕だ。こんな慢心がいけなかったのかもしれない。

 ただのロングソードを使う彼に一瞬で叩きのめされた俺は、復讐を誓いつつ、ただのロングソードを買って帰ったのであった。

「けっ、あのケチ」

「ま、まぁ、落ち着いて……」

 あの剣の使い心地は本当に良かったんだけどなぁ。修行が足りん。

 このあと夜通し修行した。

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