第131話 コクハク


「病名は、“恋”だった」

「私と、付き合ってください」


 その言葉を思い出し、顔が熱くなり、部屋の中で悶絶する。

 ――あのあと、俺は何も言わずに自分の部屋に駆け込み、ベッドにダイブしていた。

 これはまずい対応だったかもしれなかったが、もはや興奮とか戸惑いとかで理性がすっ飛んでしまっていたのだ。

 ……正直、告白されるなんてこと初めてで、どうしたらいいのかわからない。というか、今でも本当にあったことなのか信じられない。

 これまで一切モテなかったし、これからもそういうことはないだろうとどこかで思い込んでいた。

 いつかあの神から聞いた言葉。

『お前をラブのほうで好きになった女ならもうすでにおるぞ。気付いていないだけでな』

 その時は“うそだ”と思い込んでいたが、今ならわかる。

 彼女はあの頃から俺のことを想っていたのか。

 それほどに重い気持ちなのだろうか。ならば、こちらも真摯な対応をしなければなるまい。いや、この時点でもうだめな気がするけれども。

 俺は一晩中考え続けた。


 **********


 私はずっとドキドキしていた。

 彼と初めて出会った、助けてもらったあのときから、ずっと好きだった。愛していた。

 なんでだか、私にもわからないけど。もしかしたら、運命ってものなのかな。

 それでも、彼とずっと一緒にいたかった。

 この気持ちの正体。

 それは、恋っていうもの。

 今になってようやくわかったの。

 ジュンヤ君の事が、特別に大好き、愛してるって。

 だけど……彼は、逃げてしまった。

 どうしてだろう。

 こんなにも、彼を愛しているのに。

 私は、枕に顔をうずめ……しばらくしてから寝てしまった。


 **********


 翌朝。

『…………』

 食卓には、気まずい雰囲気が漂っていた。

「……なあ、二人とも。いったい何があったんだ」

 リリスのその問いには答えられない。

「……夫婦喧嘩」

「え?」

「みたいだなぁって。シルフちゃんが」

 ノアのそんな言葉。顔が熱くなってくる。

 アリスの方を見て……一瞬目が合って、昨日のことを思い出し、恥ずかしくなって目をそらす。

 一瞬見えたアリスの顔は、少しだけ、怒っているように見えた。

「……確かに、これは痴話喧嘩っぽいですね」

 ラビが言う。

 この件は、俺が悪かった。

 だからこそ、それをアリスに言わないと。謝らないと。

「ごちそうさま」

 かすかな苛立ちの含まれたその一言と共に食卓を立つアリスの腕を、俺はつかんだ。

「な、なに?」

 戸惑うアリスに、俺は勇気を持って告げる。

「き……昨日のことについて、話があるんだ。――あとで、俺の部屋に来てくれ」


 **********


「……話って」

「昨日は、本当に、ごめん!」

 アリスの言葉を遮りながら、俺は頭を下げた。

「え?」

「昨日の告白、答えられなくて……それどころか、逃げたりなんかして」

「……っ」

「俺は、一晩中考えた。――そんなことしかできない自分を、責めていたんだ」

 それから、自嘲する。

「馬鹿だよな、俺って。一丁前に苦しんでる振りなんかして。一番苦しんでるのは、お前なのにさ」

「ば、馬鹿なんかじゃ」

「いいや、俺は馬鹿さ」

「…………」

 ひとしきり自嘲したあと、深呼吸して、もう一度、アリスの空のように青い瞳を見た。

「だから、馬鹿なりに考えたんだ」

 そして、彼女の、金色に光る、絹のように細く滑らかなその髪を、華奢で細く、膨らみの少ないその身体を、抱きしめた。

「俺は、もっとお前の事が知りたい。その、可愛らしい身体、強かな心……まだ知らない、お前の全てを、知りたい」

「……」

「同時に、知ってほしい。俺の全てを、お前に知ってほしい」

 そして、俺は告白する。

「だから――」


 **********


「ジュンヤ君! 一緒に帰ろう!」

 放課後、教室にて。入り口でアリスが呼んでいる。

「ああ」

 俺は小走りでそこに向かう。

 背後から、ネーゴが話しかけてきた。

「なんだ? 彼女でも作ったのか?」

「……違うといえば違う。けど…………」

「どういうことだし」

「な、なんでもいいだろ!」

「……へんなの」

 わかんない奴はわかんなくていい。というか、俺とアリス以外はわからなくていい。

 帰り道、俺はアリスと手をつなぎ歩く。

「えへへ。こうしていると、まるで恋人みたいだね」

「ああ、そうだな」

「もういっそ、いまここで……」

「いや、まだちょっと早いだろ」

「え~」

 露骨に残念そうな顔をするアリス。うん、可愛すぎる。

「……でも、大好き」

「それは、俺もだ」

 俺たちは、笑いあった。


“トモダチ以上、コイビト未満”


 そんな関係の二人は、また手をつないで歩き出した。

 俺たちの恋は、動き出したばかりだ。

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