第110話 立ち上がれ、少女たちよ


 翌朝。

「んん……」

 目を覚ました俺が最初に見たのは、横に寝ているノアだった。

 ……なんでノアがいるんだ?

「ふぁ~。あ、おはよう。おね……お兄ちゃん」

 起きたノアは俺に挨拶をする。

「ああ、おはよう……」

 俺も目をこすりながら答える。そのとき見えた手は、いつもよりはるかに白くて、華奢だった。一晩寝ても男には戻らなかったようだ。

 昨日の夜に何があったのかはおぼえていない。

 たしか……セルフコスプレ大会をして、疲れて、ベッドに飛び込んで、そのまま寝落ちして……何かが違うような気がするが、そんな感じである。そのはずだ。

 ノアが後ろめたそうに目をそらしているが……なにか物でも隠したのかなぁ。

 それはともかく。

 軽く寝ぼけながら階段を降り、顔を洗い、歯を磨く。そして、居間に向かうと、チェシャとラビがもう朝食を食べているところだった。

「おはようございます」

「おはよ~。朝ごはんはそこだよ~」

 ありがたい。俺も「おはよう」と返し、テーブルに座る。そして、「いただきます」と言ってから食べ始める。

「カイさんたちは?」

「もう出かけましたよ」

「そうか」

 そんな感じで食べながら会話。じきにノアも降りてくる……そのはずだが。

 食べ始めてから15分経ってもノアが来ない。アリスとリリスもだ。

「みんな遅いな」

「そうだね~」

「……」

 ……なにか悪いことが起きていないといいが。

 そんな時、ノアが駆け下りてくる。

「ノア、遅かったじゃねーか。どこ行ってたんだ……」

「それどころじゃないよっ! リリスちゃんが……」

「どうした?」

「……これ」

 なにやらあせっていた様子の彼女が取り出したのは一枚の小さな紙。

 そこには、こう書かれていた。


 “悪魔と少女は預かった。返してほしければ、南の教会に来い”


 差出人は書かれていない。

 つまり、夜中に誰かがアリスとリリスを誘拐した、ということである。

 誰が? どういう意図で?

 そんな事はわからないし、考える余裕もない。でも、俺たちが女体化した事件となにかのかかわりがあるような気がしてならない。

 ひとまず、その場所に行ってみるか……!

 そう思って部屋に向かおうとしたとき、チェシャに呼び止められる。

「ちょっと待って~」

「どうした、チェシャ。今は緊急事態……」

下着ブラは~?」

 …………考えたことなかった。


 準備を終えてから、ようやく出発である。

 洋服はチェシャの私服を借りてどうにかなったが、下着(特に上)は共有できない。どうしたかは……言わないでおく。

 一応、戦闘を考慮していつもの軽装鎧を着たが、いつもより重い。いや、俺の筋力が下がっているのか。女体化したことにより、筋力が多少下がったようだ。

 ……胸当ては多少浮いてしまっているが、大丈夫だろう。……そのはずだ。

 剣は重すぎてうまく持ち上げられない。どうにか持ち上げる事は出来ても、振れない。それでは意味がない。ということで、武器として、いつもはカバンの中に忍ばせてあるダガーを腰に吊り下げておく。

 俺はそれでどうにかなったが、ラビはもっと大変そうだった。

 まず、鎧が大きすぎ、重すぎ、胸入らないの三拍子で使えない。

 いつもの槍も盾も大きすぎて持てない。

 仕方がないので、練習用だという、なぎなたのような武器に、予備の皮製防具という、初心者同然の姿で挑む事となった。

 走って、まずは騎士団の詰所まで向かう。

 胸がすこし揺れる。

 あはは、ちょっと楽しいな……疲れやすいけど。

 そんなことを考えながら振り向くと、ラビが大変なことになっていた。

 走る動くに合わせて、胸が揺れるどころか荒れ狂っている。そして、ものすごい疲れている。

 大丈夫だ、あと少しの辛抱だからな、と心のなかで伝える。伝わるわけはないだろうが。


 王国騎士団本部

「なんでここに来たの~?」

 チェシャが聞く。

「俺たちだけじゃ、流石に力不足過ぎるでしょ?」

「ああ、なるほど」

 俺の説明に、ラビは納得する。

 ということで、早速建物の中に入ると。

「おいっ、あいつはまだ見つからんのかっ!」

「目下捜索中っすよ。町中探しても見つかってないっす」

「はわわわわ……。たうっちどこにいったやねん……」

 大騒ぎだった。

「どうしたんですかっ!?」

「うわっ……ああ、昨日のかわいいTSっ娘ちゃんか」

「それはいいから! 何が……」

「客人か? まずは落ち着きたまえ」

「ああはい……」

 目の前のチャイナドレス風衣装を着た巨漢の言葉で一旦冷静になった。ちなみにムキムキのジジイが似合わない女装していることとかについてはもう突っ込まねぇぞ……。

「で、お譲ちゃん。なにかここに用かね?」

「……あ、はい。実はですね……」

 今朝のことを簡単に話す。すると、驚くべきことが判明した。

「なんとっ! タウがいなくなったときの状況とほとんど同じではないか!」

「えっ!?」

 タウ、ゴスロリギャル風の王国騎士団員。彼女がいなくなった、ということである。

「ユプシロン、あとの説明は任せた」

「了解やねん、がんまっち」

「その呼び方は止めてくれぬか……?」

「断るやねん」

 そうして、話しかたの癖が強すぎる小さな女の子――ユプシロンに説明役が変わる。

「うち、ぱーとなーやねんから、たうっちとおんなじ部屋に住んでるやねんけど~」

 話を聞くと、今朝はタウのベッドには彼女がいなくて、代わりに“ここに眠っていた少女は預かった”とだけ書かれた紙が置かれていたということである。

「ということやねん」

 筆跡は……リリスのベッドに置かれていた物と同じようだ。

 間違いない。これは同一犯の仕業……。

 つまり、さらわれた三人は、“南の教会”にいるに違いない。

 南の教会……。この町の南方には、教会はないはず……。

 そこで思い出すある言葉。ゼータがイオタに報告していた。

 “みつけたっすよ。奴らのアジト”

 “南地域、外観は一般の建物だったっす。内部はまるで教会のようでした”

 俺を女体化させた組織のアジトの報告、だったはずだ。ということは……繋がった。

 だが、何のために?

 さらに、ある言葉を思い出す。ゼータの報告の続き。

 “みんな貧乳だったっす”

 “巨乳滅ぶべき、なんてことを言ってましたね”

 まさか、これは……。

「そう言えば、イオタさんはどこへ行ったんですか?」

 ラビが聞く。

「あ~、いおっちなら、てろ組織に止めをさすって言って準備中やねん」

「チッ……。俺たちもついて行くぞ」

「え? どういうことです?」

「イオタが行くところに、アリスたちがいるってコトだ!」

 ラビが驚愕し、チェシャが口角を上げる。

「……いや、ラビは止めておいたほうがいいかもしれないな。敵は俺よりもお前を集中的に狙ってくるはずだ」

「なんでですか?」

「胸だ。その敵は巨乳を憎んでいるらしい」

 告げると、ラビは「なんだ、そう言うことですか」と言い、微笑む。

「それなら、大丈夫です。僕はみんなを守る盾ですから」

 そういえば、そうだったな。完全に忘れていたけど。

「僕も行くよ」

 ノアが言う。予想はしていたが。

「僕も戦えるから。リリスちゃんを助けたい……!」

「ああ、よく言った! 流石は俺の弟子だ!」

「うんっ! やっぱりリリスちゃんのほうが好きだもん!」

「おうっ!」

 そして最後に。

「わたしも行くからね~」

 チェシャが言って。

「行くぜ!」

 四人の少女たちは立ち上がった!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る