第69話 絶品料理と練習試合

 さて、もう朝になった。昨日は大体やることやったし、今日は何しよう。

……やることが何もない。やることがナッシングヒューマンライフ。何言ってんだ俺。

 何もしないよりは何かしたほうがいいのは、わかっている。その何をするかが思い浮かばないのよ!

 あ、まだ朝食食べてねぇや。ちょうどいい。ちょっと朝飯ついでに散歩でもするか。


 そうして、俺は冒険者ギルドも酒場に行こうとして――やめる。

 ん? ちょっと待てよ? まだここ以外の食事屋さん行ったことないな。ほかにもそういう店はあるはずだ。レストランとかもなかったのか? この町。

 ちょうどいいや。ちょっとそこら辺ぶらついて、食事屋さん探してみよう。どうせ暇だし。

 今日の予定が決まった。


 とりあえず、大通りを歩いてみる。

 うん。何もない。

 民家は多いが、店はそんなに多くない。八百屋や武器屋などはちらほらあるものの、レストランや喫茶店はほとんどない。あったとしても、座れない。ちなみに、昨日アリスと行った喫茶店には軽食がなかった。

 そのうちに、町の出口まで着いてしまった。

……結局、何もなかったな。どうしようか。あっ! まだ大半の道を見ていない!

 俺は適当な道に入った。


――数時間後。もうすぐ正午だ。

「腹減った~」

 つい誰が聞くわけでもないのに弱音を吐く。

 結局、ほとんど何もなかった。

 この町は思いのほか広い。碁盤の目状に整備されているが、それでも迷子になりそうなほど広い。実はまだ約半分程度しか回れていない。

 やばい。こんなに腹が減ったのは転生した直後以来かもしれない。というか、台詞もなんとなくデジャヴだし。言い回しがおかしいかな。

 ああ、頭がふらふらする。最後にご飯食べたのって、いつだったっけ。昼を食べてからすぐ寝たから……ひー、ふー、みー……大体23時間前だ!

 そりゃ腹も減るわけだ。やっぱりもうギルドの酒場に行こうかな……。

 そう思ったそのとき。

(あそこの看板……ビールっぽい……と、言うことは……あれは…………酒場だ!)

 幻覚かとも一瞬思ったが、もうなりふりかまっていられない。これ以上何も食べなければ、死ぬ!金ならあるのに、散歩していて食事を忘れて飢え死になんて……。そんな残念な死に方はしたくないんだ!

 藁にもすがるような思いで、酒場に駆け込んだ。


 何かが猛スピードで向かってくる気配がした、と後にこの酒場のマスターが語った。

 やべえやつだったぜ……あれは伝説になれる素質があるだろう、と、後にその場に居合わせた客は語った。


「ッ……すッ、すみません……ハァッ、ハァッ……水を……くだ……さい……」

「何事だ!? って、ジュンヤじゃねぇか!?」

 誰だ……あ、なんだ。デビシか。

 ダンディなおっさんが水を持ってきた。ここのマスターだろうか。

 落ち着いたところで、ちょうど空いていたカウンター席に座って、メニューを見る。

 なるほど。酒場ではあるが、昼間は喫茶店としても機能しているのね。

 店内も、酒場だとは思えないほど静かで、落ち着いた雰囲気だった。まるで客がそんなに多くないような……って、本当に客が少なかった!

 本当に大丈夫だろうか、この店は。俺は、マスターと思しき男性に目線を向ける。

 何と思ったのか、彼は親指を立てて、白い歯を出して、笑った。気にせずいっぱい食えということだろうか。

 どうせだから、メニューの中から一番高いものを頼んで食べた。2899Gであった。


 コーヒーと、肉の盛り合わせ定食である。

 ここのコーヒーは香りもいい。また、味は苦味と酸味がバランスよく、俺はとても好きだ。

 そして、肉の盛り合わせ。ウルヴェン肉(ちょうど牛肉に似ている)のステーキや、ギルマン肉(こちらは魚に近い)の煮物など、全4種の肉料理。それが一気に出てくる。

 それぞれ違う、うまみ。それが見事にマッチして、絶妙なハーモニーを作り出す……! 美味……!

 そして、食べ終わった。

「マスター、そろそろ会計で」

「おう。合計で、2899Gだ」

 支払おうとすると、マスターが言った。

「ちょっと待てや。あんた、ここ最近ここらで名をはせた冒険者だったよな。名前を……えっと……ダークネス・オブ・ジュンヤだったか……」

「違います。岩谷 純也です」

「そうだったか。そこで、お前にちょっとお手合わせ願いたい」

「あ、かまいま……えっ!?」

 どういうことだ? いや、言っていることはわかる。俺と練習試合的なのをしてほしいらしい。だが、わざわざここで言う必要がわからん。

 もしかして、俺の噂を聞きつけて頼んだとか? ……ありえるな。ここは酒場だから、さまざまな情報が集まるはずだし。

 とりあえず、そのマスターの話を聞く。

「おお、そうか。受けてくれるのか。ありがとう。では、こちらに来てくれ」

「あ、はい」

 言われるがままにマスターに付いていった。

 そんな彼を、客としてきていた金髪の男、デビシは頭を抱えながら見ていた。


 **********


「じゃあ、ルールを説明するぞ」

 ここは、店の裏にあった空き地。何人かいる観客がその場を盛り上げている。

 俺は、目の前にいる酒場のマスターの指示で、近くにあったちょうどいいサイズの角材を二本持っている。その酒場のマスターも同じだ。そちらは一本だけだが。

「まず一つ、攻撃魔法は使ってはいけない。攻撃系のスキルも然り」

 それについてはあまり問題ない。攻撃魔法はほとんど持っていないから。

「二つ、相手を殺してはいけない。気絶は……まあ、ありにするか」

 そこら辺の手加減もできるはず。そもそも木の角材では人は殺せないはずだし。鉄パイプだったらともかく。

「三つ、勝利条件は相手の降参。あるいは気絶」

 単純明快。その一言に尽きるな。

「これで良いか」

「ああ、大丈夫だ」

「じゃあ、はじめるとするか。そこの常連、審判を頼んだ」

「お、おう」

 指名されたのはデビシだった。だいぶ前に衛兵に捕まっていたはずだが、いつの間にか釈放されていたらしい。というか、実はここ最近仲良くなっていたんだけどな。

 とりあえず、試合が始まる。

「では……」

 精神を集中する。思えば、人間相手に本気で戦うのははじめてかもな。

 深呼吸をして、呼吸を整えた。そして――

「はじめ!」

 闘いが始まった。

 まずは、互いが互いを見て、どう出るかを図る。その間、俺は肉体強化の魔法をかけて、備える。

 先に動き出したのは、酒場のマスターのほうだった。

 彼は、俺に突進してきて、角材を大上段から振り下ろした。俺はそれを左に持った角材で受け止め、できた相手の隙に右手の角材を叩き込んだ。

……ブンッ――ゴスッ――

 わき腹に当てる事ができた。そのまま、左手を振り上げ、角材を払いのける。

 しかし、これで俺にも隙が生まれてしまう。

――ガスッ

 俺のわき腹にも一発入れられた。痛い。

 しかし、俺は距離を取り、再度にらみ合う。

「やるじゃないか、二刀の剣士」

「そちらこそ、やりますね。マスター」

 言葉を交わし、互いをたたえる。そして――

 今度はこちらから攻める。突進し、左手に持つ角材を下から振り上げる。狙いは首。

 しかし、阻まれる。中段に構えられた角材で防がれる。だが、それは――

「狙い通りっ」

「なんだとっ!?」

 かがんだ状態のまま、足に角材を当てる。

 こけるマスター。俺は、流れるように腹に一発角材をぶち込む。

 ゴスッッ――!

 手ごたえ。相手は倒れこむ。

 俺は、残心するようなつもりで、剣を振った。

「おお、やるな。見事だ。――――参った」

「あ……えっと……マスターの降参により、純也の勝利」

 デビシが宣言すると、集まった観衆は歓声を上げた。

「……で良いのか? 俺にはぜんぜんわからん」

 審判をやっていたデビシでさえ何が行われていたかよくわからないほどの闘いだったらしい。

「ありがとうございました!」

 挨拶をした。

「おう、どうも。こっちこそありがとう。ほら、さっさと行きな」

「あ、まだお金支払っていなかったですね」

「ああ、いいんだ。こっちはこうして戦えただけで十分だ。今後もがんばれよ」

「はい!」

 こうして、達成感を胸に、俺は家に帰っていった。


 **********


 その後――

「あ、明日から旅に出るんだった。こんなに動いて大丈夫だったかなあ。筋肉痛になっていなければ良いけど……」

 軽く後悔した。

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