ゼロ・ブレイド

@orion1196

第1話 死んだはずの男

 西暦2519年2月12日03時56分、59゜26'N 24゜45'E 旧エストニア、現ロシア連邦自治領上空3200m


「フ〜ンフンフフンフ〜ンフン♪……」

 大型輸送機の格納庫に、陽気な鼻唄が響き渡る。薄暗い空間にぽっかりと浮かぶタッチパネルを操作しながら男は天井を見上げる。

「そろそろおっ始めるかねっ……と」


 タッチパネルの操作を完了すると照明が点灯し、内部が明らかとなる。そこにあったのは、格納庫にギリギリ収まったともいうべき巨大な人型のロボットである。軍用機体なのか、ロボットの至るところにデバイス接続用のジョイントベースがあり、未来的なデザインになっている。


「さてさて、今日の調子はいかがかな? 」

 人間でいえばちょうど胸骨の辺りに作られたコックピットに乗り込み、男がロボットを起動する。男の服装はというと、驚くべきことにコートにジーンズである。これから戦場に出向く者の姿だとははとてもじゃないが思えないだろう。


 しかし、続いて格納庫に現れた少女の一言が、彼の職業を確たる物にした。

「お〜い、フォックス、もうすぐ作戦時間……」


「こらこら、作戦区域内で本名呼びは止めろって」



 少女もタッチパネルを使い、コックピットの入り口付近まで上昇する。コーヒーを受け取りつつ、男は少女をたしなめる。


「ごめん……」


「それはそれとしてだ。調整は完璧、駆動系はオールグリーン。パーフェクトだ、ユリ」


 そういうと、男は少女の頭を撫でる。照れたように少女は頭の上の手を払う。


「フォックスだって本名で呼んでるじゃん!サポート役降りるよ! 」


「……すいませんでした」



 男が頭を下げてから、一瞬の間を置いて少女が冷静な口調で話し出す。


「作戦を説明します。現在、タリン旧市街地に展開中の部隊は、日米連合軍が2小隊11機、ロシア軍が2小隊7機、ドイツ軍が1小隊4機の合計22機です。一機でも多くの動力破壊、または完全撃破を要請されています」

「了解。帰ってきたらいつものようにココアを用意しといてくれ」


 それだけ言うと、男はハッチを閉め、少女はエレベーターを降下させる。


「さて、それじゃあ行きますかね」


 全天周囲式のモニターに格納庫が映る。映像に異常がないことを確認し、男は明らかに不釣り合いな小さなオーディオを起動させる。流れて来る音楽は21世紀前半に流行っていたアニメのopだった。


 ヘッドセットを装着し、マイクテストを軽く終わらせると、男は操縦室のチャンネルに回線を合わせる。


「こちらブラボー1、コントロール1応答せよ」


「……こちらコントロール1、作戦開始時刻30秒前、格納庫ハッチを解放します」


 ゴォォォ……っという音を立て、ゆっくりと格納庫の扉が開く。


「お気をつけて」


「任せろ、初回から事故は起こさんよ」


 その台詞を最後にロボットは輸送機の後方から外に投げ出され、あっという間に見えなくなった。




 その頃、地上では三軍によるにらみ合いが続いていた。


「こちらサンダー小隊、宛て本部」


 日米連合軍はタリンの海岸沿いに、背水の陣を敷いていた。武装も補給も激化する他の戦線に回されるため、すでに弾薬が尽きかけていた。


「もはや備蓄もない。奇襲するなら今しかないと思うがどうか、送れ」


「こちら本部了解した。提案に乗らせてもらう……」


 今回の戦争の原因はというと、国家間の争いではなく企業の利権争いである。スプーンからロボットまで、あらゆるものに力を持つ企業が利権拡大のために政治に介入し、戦争を起こしていたのである。政府も政府で企業からの出資がなければ財政が破綻しかねないため、この横暴を黙認しているのだ。


 そうして今も、部隊カラーであるイエローとグレーのツートーンカラーの人型ロボットが2機、拠点近郊を巡回している。


「隊長、俺らは本当に国のために戦っているんですか?」


 警戒中の新兵が本音を漏らす。

「任務に私情を持ち込むな新人。そういうやつから死んでいくんだ」


 日米連合軍部隊長、ロバート・ダルトン少佐は、この新人にある先輩の姿を重ねていた。


 フォックス=J=ヴァレンタイン元陸軍中佐

 15年前、ロバートの判断ミスをカバーするために彼は戦死してしまった。常に飄々としており、部下への気配りも忘れないその姿にロバートは憧れ続けた。彼も生前、「俺は国のために戦うが、企業に殺されることになる」と愚痴をこぼしていたものだ。


「俺が最後まで憧れていた先輩も、結局は戦死しちまった。愚痴は戦いに勝ってから、いいな? 」


「了解です、失礼しました」


 その時、耳をつんざくような爆音と衝撃が走り抜けた。


「本部より警戒中の2機へ!市街地周辺に熱源反応、これは『ギア』のものだ!!急ぎ現場に向かわれよ、繰り返す!現場に急行せよ……」




 その頃、先程輸送機から降下したロボットはパラシュートを使いながら速度を殺しつつ落下した。しかし、三階建てサイズの物体の落下の衝撃は侮れない。男は丹念にチェックを進める。

「おっし、異常なしと。ではでは作戦開始といきますかね」

 降下の際に使ったパラシュートパックをパージし、戦場に落ちている武器を拾い上げる。手頃なダガーナイフ数本、アサルトライフル1丁を手に取り、次々にラックを展開し、背部や腕にマウントしていく。

「世界最初の『第五世代』ギア、お手並み拝見と参りましょう!」


『ギア』それは25世紀最大の発明であり、最大の悲劇の元凶である。この体長10mの鋼の巨人はあらゆる方面に大きく貢献しつつも当たり前のように軍事転用がなされた。そして、ギアの製造、開発によって利益を得た財閥が国政を脅かしたのだ。




「国籍、ギアの該当データ、共にありません!」

「そんなはずはない!もう一度調べ直せ!!」

 現場に到着した二人は唖然とした。目の前の機体に一致するデータがひとつも見当たらないのだ。


 ギア関連の情報は各企業の秘密の塊であるため、鹵獲ろかくされないように武器の持ち手から内部フレームに至るまでが完璧に規格が違う。例えば、ギア本体に接続して使うレールガンライフルの場合、接続部分のジョイントの固定パーツの数からジェネレータの電圧までが別規格なのだ。つまり、規格が統一されていないがために特定は通常、秒で解決するはずなのだ。なのにこの機体には一切の該当データが存在しないのだ。


 だというのに目の前のこいつは何なのだろうか。戦場に落ちている武器を拾い集めているではないか。国籍の違う武器を拾ったところで使えないというのに。

「どこかの業者の作業用機ですかね?」

「さあな。しかしデータの回収はできるかもしれん。コックピットを外しつつフレームを破壊しろ」

「了解! 」


 新人は意気揚々とライフルを構える。相手のギアの細さからして、85mm口径の単発銃でも貫通可能なレベルだろうと判断した。すると、例の正体不明ギアは、腕のナイフを取り出し、構えた。

「食らえェ!! 」


 新人の機体のライフルが火を吹く、が気が付いた時には新人のライフルが手元で爆発した。

「のわっ!? 」

 目の前の黒いギアがナイフを投げたらしい。新人のギアも腕からナイフを取り出し、構え直す。

「そのまま突っ込め!回り込む!! 」


 ロバートも急いでライフルを構え、戦闘体勢に突入する。

「ウオォォォ!!」

 新人が突撃する。その背後から、ちょうどコックピットの辺りに狙いを定め、ロバートは射撃を開始する。土煙の中、三発バーストの音が複数に渡って響き渡る。

「やったか?……」


 しかし土煙が収まった時、そこにはあり得ない光景が広がっていた。新人のギアには無造作にナイフが突き立てられ、右腕と下半身がなくなっていた。

「馬鹿な!あれは別規格品だぞ……」


 そう、突き立てられたナイフはそれぞれ違う企業のものだった。つまることろ、『現在の』軍用機ではそんな芸当はこなせない。

「つまり……そういうことか……」

 ロバートが力なく口を開く。またしても有能なパイロットが自分の技量不足で死んでいくのだ。そして、強くレバーを握りしめた。



「おうおう、相変わらず新人ってのは威勢が良いねぇ」

 とりあえず、手持ちのダガーを投擲する。ライフルの爆発で命中を確認し、レバーを握り直す。

「しっかしあれだな、規格統一がこれほどに戦闘を楽にするとは……」


 15年前の戦場が頭をよぎる。あのときも兵装不足で敗北を喫したのだ。あの時の同僚には申し訳なく感じたらしく、軽く口角を上げて笑いを繕う。


「お、挟み撃ちか?」

 ライフルを構えた片方が移動を始める。そしてもう片方が突撃を開始する。

「やっぱりそう来るか。仕方ない」


 敵機がナイフを突き出すことを見越し、半歩だけ後ろに下がる。その際、わざと視界を悪くするために砂ぼこりを巻き上げる。突きによる間合いの測定が出来ないと悟ったのか、敵はさらに深く突進し、腕を振り上げる。

「そう来るよなぁ!!」


 振り上げた腕の付け根にナイフを刺し込み、動きを封じたあと、肩に抱きつきながら相手を投げる。これも軍人時代にCQCをやりこんだからこそ出来る技だった。

「貴様ぁ、何者だ!!」

「威勢が良いだけじゃパイロットは務まらんぞ新人!」


 続けざまにナイフを取り出し、左膝に打ち込む。身動きの取れなくなった敵機を持ち上げ、自分と同じ立ち位置に立てる。すると見事に敵機の片方は友軍機のコックピットを撃ち抜いた。

「ふぅ、まず一機か」

「……」


 敵機が通信を繋いで来たらしい、雑音が聞こえる。

「はぁ〜い、何用かなルーキー君?」

「せめて……隊長の………ロバート中佐の役に……」

「ロバート?」


 敵機のカラーリング、そしてロバートという名前で彼は全てを悟った。

「ほぅ、懐かしい名前だなぁ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る