第17話
「悪いが新宿まで戻ってくれ」
「わかりました」
運転手は諦めたような返事をして青梅街道を上り始めた。車窓に雨がまとわりつき何もかもが歪んで見えた。ひどい気分だった。独りになると緊張が解かれ左の脇腹がうずき始めたが肉体的な痛みは大したことはなかった。負の感情を締め出す必要があった。あの男の顔に傷をつけてやったと思うと少し気分が良くなってきた。運転手は無言で走り続けている。
「西口に着いたら声をかけてくれ」
運転手にそう告げると目を閉じたが興奮した頭は冴え、眠りを拒否した。あの時、千尋は交番の前に居たから男は手を出すことができなかった。交番の前から動かないように言い、あの男に近づいて問いただすこともできた。いや、あの時点で千尋を監視していたと確信がなかった。もし俺の勘違いだったら。
そうじゃない。すぐに白黒はっきりさせたい俺の悪い癖が千尋を危険な目に遭わせた。俺が危険を求めるのは勝手だが千尋を巻き込むことは何としてでも避けるべきだった。俺はまた同じ過ちを繰り返そうとしていた。何も学んでいなかった。だが過去に思いを馳せても未来は変わらない。
「お客さん、着きましたよ」
運転手の呼びかけに現実に引き戻された。
「迷惑をかけてすまなかった」
運転手にチップを渡して車を降り家電量販店に入った。コンピュータのフロアーはアジア系外国人が目につくほど多かった。彼らの対応をしている店員も日本人ではなかった。どちらも声の大きさを競い合うような話し方をしている。なかなか手が空いている店員が見つからなかった。金を持って居そうもない客の前には現れないのかもしれない。
ようやく一人の店員の目線を捕らえた。貼り付いた愛想笑いが返って彼の信用を無くしている。古いウインドウズのシステムインストールCDを探していると言うと、こちらでは取り扱ってないと冷たくあしらわれた。
「どこに行けば手に入るんだ?」
「当店にはございません」
「それは聞いた」
「当店以外の事はわかりません」
愛想笑いは貼り付いたままだった。
「キミの愛想笑いも当店限定か?」
店員は踵を返して他の客を探しに去っていった。きっと愛想笑いは貼り付いたままだろう。
量販店を出た俺は雑居ビルに入る中古パソコンを取り扱う店に入った。先程とは変わって日本人の客がほとんどだったが俺に近寄ってくる店員はここにも居なかった。よほど金が無いように見えるのかもしれない。3軒目でようやく目的の品を見つけた。2世代前のウインドウズインストールCDを手に入れた。
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