第94話「だめだな今日も」

そして今に至る。

うさぎは今まで私の態度にあれこれ難癖付けてきた。何度も耳を回したりしてもまったく懲りずにだ。


そのうさぎが今日、いない。うさぎが小言を言わない日はなかった。それが今日、ない。

なんて、気分がいいんだろう。小言をまったく言われないことがこれほど清々しいとは思わなかった。


こんなに気分がいいのなら、一日だけではなく1ヶ月いなくてもかまわない。どうせ、説明書を広げるだけのいてもいなくてもあんまり変わらないうさぎなんだから。


「ねぇ、コーヒーもう一杯くれる?」


「………」


いつのまにかシオンはコーヒーを飲み干し、私に声をかけてきた。

ほんと、こいつがいなかったら気分が良いままだったのに。

ていうか、どんだけコーヒー飲むんだよ。


私は再び、無言でカップにコーヒーを注ぎテーブルに置いた。



「さっきの話なんだけど」


「ちっ」


素早くその場を離れようとしたとき、また声をかけられたので返事の代わりに舌打ちを打った。

さっさと帰れ。そもそも、お前サボってていいのかよ。


「僕は店に入るのは午後からなんだ」


ジトッとした目を向けているとシオンは私の心を読んだかのようなタイミングで応えた。


「………聞いてないんだけど」


なんでわざわざ働く前にここに来るんだよ、気持ち悪いな。


アルフォードもさきほどから猜疑心むき出しでシオンのほうを窺っている。

そりゃそうだ。この男は店を取り込もうとしているバロンの店の従業員なのだから。


私もこの男が何か思惑があってこの店に来ていると思っている。正直、私に詫びを入れたいがためにこの店に来ているとはどうしても思えない。

絶対何かある。逆にライバル店の従業員という設定があるのに何もないほうがおかしい。


「いや、考えるはやめよう」


なんだかイライラしすぎてむしろ、疲れてきた。これ以上、頭が痛くなるようなことは考えたくない。


「僕がここに来た目的とかいろいろ考えているかもしれないけど」


また、心を読まれた。私は辟易としながら振り返る。


「君にお詫びをしたいっていうのもあるけど、報告が一番の目的なんだ」


「は?報告?」


シオンは紅茶を一口飲みこんだ後さきほどのへらへらとした態度を消し、神妙な面持ちへと変えた。


「彼女について」


「………彼女って、まさか」


この前の黒服女か。襲われた時のことを思い出してしまい、またふつふつと怒りが沸き上がってきた。


「何?もうあんな女のことを思い出したくないんだけど」


「実はあのあと留置場にいる彼女に会いに行ってね。少し話をしたんだ」


「話?」


私はおそらく眉を顰めながら話を聞いているだろう。


「最初は彼女、かなり興奮してたんだけど時間が経つにつれ徐々に冷静さを取り戻して、少しずつ話ができるようになったんだ。だいたい2時間くらいかな」


「2時間も?」


「元々彼女は真面目で理性的な子だから頭と気持ちを冷やす時間と環境があれば、自省できるって思っていたから」


シオンは自粛的な姿勢で笑みを浮かべた。シオンは彼女が納得がいっていないに関わらず、捨てるように一方的に別れを告げていた。しかし、その懐かしむような笑みから彼女のことを憎からず思っていたんだろうと思わせた。


「色々話して、最終的に本当の意味で僕らの関係に区切りをつけた感じだね。それに彼女、ものすごく反省していたよ、馬鹿なことをしたって」


「反省してても私の中では犯罪者って決定づけちゃってるけどな」


「今回は初犯で本人も十分反省しているということで、情状の酌量の余地があると判断されたんだ。無罪とまではいかないけどね」


「………オマエ、やっぱり私をイラつかせたいんだな」


私をあんな目に遭わせたくせに情状酌量の余地ありだと。

フィクションの世界だからか?そんな簡単に話をまとまらせるのか。気に食わない。


「でも、最終的に減刑の条件は被害をうけた当人が重い罰を望まなかった場合、らしいんだ」


「はぁ?それって」


「君は、あのあと何も言わなかったみたいだね。重い罰にするべきとも牢屋に入れろとも」


いや私、この世界の示談とか訴えの仕方とか知らなかっただけだし。私が一言言って牢屋に入れることができると知っていたら言っているし。


シオンは静かに私を見据えてきた。まるで、懇願するかのように。

何だ、まさかこの私があんな最低最悪な目に遭わせた本人を許せっていうのか。


「冗談じゃない。私の本音は一生牢に入って一生まずい飯食ってろ感じだわ………………と、言いたいところだけど、もう金輪際あんな女のことを思い出すのも話題に出されるのも嫌なんだ。ちくりとした罪悪感も抱きたくないから、減刑云々に関して私は何も言わない」


許したくないというのが私の本音だ。しかし、もう二度と関わりたくないというのも私の本音だ。下手に刑罰に関して口出しして、後々逆恨みでもされたらそれこそたまったものじゃない。

それにここは乙女ゲームの世界。王道ヒロインなら「許す」か「許さない」の選択肢があるなら「許す」を選ぶだろう。ここは王道ヒロインの行動にのっとっっていたほうが、あと腐れがないだろう。


「そっか、ありがとう」


「おい、勘違いするなよ。許すわけじゃないぞ」


なんか、ツンデレっぽいセリフになった。


「うん、わかってる」


シオンの笑みは明らかに安堵と嬉しさが混じった笑みだった。

絶対何か勘違いしているな、こいつ。なんか、癪だな。


むっとしながらシオンを睨んでいると新しい客がドアから入ってきた。

私は不快感を振り払うように客に応対しようと近寄る。


「あ」


「こんにちは、レイさん」


さっきうさぎのことを考えていたせいなのか、白い髪に赤い瞳の持ち主であるエヴァンスがやってきた。



現在、客は二人。エヴァンスとシオン。

そしてご都合主義と言わんばかりにそれ以外の客は入ってこない。

さすがフィクションの世界だ。嫌な予感しかさせない。


「…………どうぞ」


「ありがとうございます」


かぼちゃのケーキと紅茶を運んだ私にエヴァンスは通常通りの穏やかな笑みを見せた。

この笑顔にも慣れてきたな。


まさか、エヴァンスのもこの店に来るとは。予想はしていたようなしていなかったような。


「あのあと、大丈夫でしたか?怖い夢とか見ませんでしたか」


「とりあえずは」


やっぱり、この前のことを聞きに来たのか。ついで私も聞きたいことがあった。


エヴァンスのノアについて。私はノアのことを訪ねようと口を開こうとする。


「今日は僕と彼………だけですか?」


「え?………ああ、少し前まで2、3人来てたけど」


私が口を開くよりも先に訪ねてきたので少し戸惑った口調になる。


エヴァンスは店内を一瞥している。エヴァンスとシオンしかいないとめ、静けさが漂う店内にわずかながらも違和感を感じたのかもしれない。

私も思わず、つられて店内を見回し窓から外の様子を窺う。相変らず、誰も店の中に入ってこない。バリアでも張ってるんじゃないかと思うくらい通行人は店を見向きもしない。

マジで嫌な予感がする。

私はマイナスな思考を振る払うように頭を振り、再びノアのことについて聞こうと思いエヴァンスに視線を戻す。


「ちょっと、いい?」


エヴァンスに問おうとした瞬間、シオンの声が声をかけてきた。


おまえ、いい加減にしろよ。


ジトッと睨みつけようと振り返ると妙なことに気づく。シオンが目を向けているのは私ではなく、エヴァンスだったからだ。


「もしかして、君が二人を助けてくれたの?」


「………僕ですか?二人というと、リーゼロッテさんとレイさんのことですか?」


「うん。憲兵から聞いたんだ。君にも僕のせいで迷惑かけたね」


「あなたは?」


「ああ、僕は――」


二人は話を始める。


てっきり、シオンは私話しかけてくるものだと思っていた。

うわ、恥ずかしい。乙女ゲームのヒロインとは言え、自意識過剰だった


私は途中だったテーブルの片づけを再開する。片付けているテーブルは二人から近い場所だったため会話がほぼ筒抜けになる。


「僕は迷惑だとは思っていませんよ」


「いや、元を辿れば僕の不誠実が原因だからね。お礼とお詫びをしたいんだ。僕が働いている店に来てくれるかな?できる限りのもてなしをしたい。もちろん、お金もいらないしいつでも構わないよ。店名はバロンっていうんだ」


「いえ、僕がしたことは誰かに謝罪されるものだとは思っていませんので」


「でも、このままじゃ僕の気が………ん?」


シオンは突然、言葉を途切った。妙に思い、顔を動かす。

見るとシオンはじっとエヴァンスを見ている。


「あの………僕の顔に何か?」


「………君」


エヴァンスの見た目は白い髪に赤い瞳。もしかして、アーロのことを持ち出すつもりなのか?


「どこかで会ったこと………いや、見たことがあるような」


「………気のせいでは?初対面のはずだと思いますけど」


「う~ん」


シオンは考え込むようにじっと見つめる。エヴァンスはあえてシオンと目を合わせようとはしなかった。


「ただ単に街で何回かすれ違っただけなのでは?」


「かもしれないね。まぁ、お礼云々はともかく、気が向いたら足を運んでね」


シオンは特にしつこく聞き出すことはせず、視線をエヴァンスから外した。


ヒロインとは関係ないところで何かしらの伏線ができた。

まぁ、私には関係ないからそっちで勝手にやっていればいい。


それにしてもいくら私が乙女ゲームのヒロインだからといって、キャラクターの意識が常に私に向けられると思うなんて自意識過剰すぎた。最近、色んなことがありすぎて神経質になっていたらしい。嫌な勘が外れろ外れろと思っていたが、心のどこかでやっぱり当たるだろうと思い込んでいた。


でも、今回の嫌な予感は本当に外れているのかもしれない。

私は一通りテーブルを片付けた後、ふうっと息を吐きだした。


普通にしよう普通に。いちいち細か事には気にせず、淡々と過ごそう。

私は力んでいた体の力を抜き、壁に寄り掛かる。


学校のときのことを思い出せばいい。まさにそうだったではないか。


-基本一人で行動し、面倒ごとには一切首を突っ込まない。


ここでも同じような行動を取れば、ベタなイベントにも心乱されることもないだろう。

過敏になっていた思考を放棄しようと思っていた時、ガチャッとドアノブが回される音が耳に入った。


ほら、普通のモブキャラだって店に入ってくる。

やっぱり、勘は外れだ。


「はい、いらっしゃいませ」


客を応待しようとリーゼロッテが近づく。


「あれ?あなたは………」


「よかった~、やっぱりここだった。場所がわからないから探しちゃったよ」


どうやら、客は少年らしい。少年の弾む声が耳に入った。


ん?この声どこかで聞いたような。


「ねぇ、彼女はいる?」


「はい、いますよ」


おいおいおい、やめろよ。今日は勘が外れる日だろ。


私は逸らしていた視線をことさらゆっくりと客のほうに向ける。少年は容姿が隠れるほどの青いつば広の帽子を握り締めながらドアの前で立っていた。


夕日を思わせる映えたオレンジ色の髪に宝石のような緑色の瞳のあざとさが残っている中性的な容姿。

攻略キャラクターの一人である、バスティアンがそこにいた。


「だめだな今日も」


淡々と過ごそうと思っていた決意が早くも崩れそうだ。



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