第87話絶対ここで全部吐かせてやる
久しぶりに会った彼は厳しい面持ちで黒服を見据えていた。いつも穏やかな雰囲気を纏っているエヴァンスの初めて見る剣呑な視線に思わず息を呑んだ。
私はハッとして現状を確認する。エヴァンスがぐいっと身体を自分のほうに寄せてくれたおかげで女の一振りは当たらず、代わりに地面を思いっきり打っていた。
「このっ!邪魔しないで!」
女は再び、私に向かって狙い定めようとする。
「させない」
エヴァンスは女の
間合いを詰め、女が握り締めている武器を奪おうと角材に触れた。
すると、突然長い角材が女の手元から粉々に崩れていき、みるみるうちにただの木くずの山になっていった。
「なっ!」
この異様な光景に誰もが呆気に囚われた。
これはまぎれもなくノアだ。でも、わたしのではない。この黒服の女はありえない。
リーゼロッテはノアを使えない設定だから論外。
残りは一人しかいない。私はエヴァンスから体を離し、ゆっくりと見上げた。
「ねぇ、これってあんたの―」
「なんなのよっ、なんで上手くいかないのよ!」
私がエヴァンスに問いかけるのを邪魔するかのように女は忌々しくわめき散らした後、打つ手がないと感じたのかその場からその場から走り去っていった。
「逃がすかよっ」
私は足元に転がっていた空びんを右手で掴み上げ、向こう側にいる女目掛けて投げつけた。もちろん、ノアのチカラを思いっきり込めている。私の投力に念動力のノアがプラスされた空ビンは勢いをつけてまっすぐに飛び、女の背中に見事に命中させた。
「いぎっ」
女が痛みに声を上げ、肩膝をついた。
私はその隙を見逃さなかった。女に駆け寄り、這い蹲るように押し倒し空ビンが当たった背中に思いっきり体重をかけ、馬乗りになる。
「いったぁい!?重い、どいて!」
女は痛みで涙目になりながら叫んだ。
「重いとはなんだ」
じたばたと暴れる女を黙らせるようにさらに体重をかけながら、見下ろす。
「レイ、大丈夫?」
向こう側の開けた道まで飛んでいたうさぎが騒ぎを嗅ぎつけ、急いた様子で戻ってきた。
このうさぎめ。私が危うく死亡エンド入るかどうかの瀬戸際だったっていうのに。
本当に肝心なときに役に立たないうさぎだな。
「レイ、何があったの?」
「………」
「もしかして、その女の人が犯人?」
「………」
「ってエヴァンスもいる、エヴァンスが助けてくれたの?」
「………う」
鬱陶しく飛び回るんじゃないよブサイクうざぎって耳を振り回したいところだけどやめておこう。
何せ、昨日今日で私を付けまわしていた犯人を生け捕りにすることができた。最高の一日とはまだ言えないが、これで安眠できる。私はその事実に少なからず浮き足立っていた。
「レイ!」
リーゼロッテが慌てて私の傍に近寄ってきた。慌てすぎて果物のいくつかが紙袋からはみ出し、地面にころころ転がってしまっている。
「怪我はない?」
「とりあえずは」
私は手を広げて無事だという仕草を見せる。
「さてと」
馬乗りのままでは問い詰めることができないため、一旦私は身体を離した。
そして、壁にしゃがみこませた女をギロリと睨み付ける。威嚇させるために右手で空ビンを持ち、左掌の上に何回もパンパンと当てて、音を鳴らした。
「あんた、ほんとに誰?」
壁際に座らせるとき、顔を確認するため帽子を脱がした。
ブロンドの長い髪をした20前後の女性だった。美人の類に入る顔立ちだが記憶に残るほどではない平均的な容姿。見れば見るほど見たことがない顔だ。
「私が一体何した?」
「………」
「あんただよね?昨日からずっと私を見てたのは」
「………」
「何?私を殺す気だったの?」
「………」
「なんとか言ってくんない?」
「………」
ずっとこの調子だ。女はずっとだんまりを決め込んでいる。
これでは埒があかない。どうしたものかと考えてると、ふとある疑問が脳裏をよぎる。
「ていうか、あんたなんでここにいんの?」
いつのまにか当たり前のようにこの場に溶け込んでいるエヴァンスに目をやった。
「通りを歩いていたら黒い服を着た人間を必死に追いかけるレイさんを見かけて何かあったのかと思って」
歩いていたらヒロインのピンチに偶然遭遇って相変わらずお約束だな。
「ねぇ、さっきこいつの武器が粉々になった原因ってあんたのノ――」
「あなた、この前も私の邪魔をしたわよね?」
私の言葉を女が突然遮った。不快に感じながら一体なんだと振り向くと女の視線は私にではなくエヴァンスのほうに向いていた。
「この前?」
エヴァンスも女の言葉に思い当たる節がないらしく、わずかに眉を寄せた。
「この女が何者か突き止めようと夜道に後をつけてたとき、邪魔をしたでしょ?あなたのせいであのとき見失ったんだから」
この女呼ばわりか?私がこの女呼びする側だろ。
それよりも後をつけてた?夜道?邪魔?。
「もしかして大衆食堂の帰り道のあの日、私のこと付けてたのあんた?」
忘れかけていた記憶を辿り寄せ、たどたどしく聞いてみた。あの日とはこの世界に来て4日目のことだ。あの日はシオンと初めて出会った日でもある。そして大衆食堂の帰り道に後ろから誰かに付けられ、エヴァンスに助けられたことも思い出した。私は話題に出されなければ思い出すことも難しいほどそのことを忘却の彼方に飛ばしていた。
思わぬところで伏線回収だ。女は私のほうに視線を向け、涙がたまっている目でキッと睨み付けてきた。
「あなたでしょ?あなたのせいであの人は私から離れたんでしょ!謝ってよ!」
「はい?」
なんなんだこの女?
「あの人って誰?謝れって、オマエが私に謝れよ」
「なんで皆、私の邪魔ばかりするの?私はただ幸せになりたいだけなのに!!」
「話通じねぇな」
女は悔し涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら耳障りな声でわめき出した。
話がまったく噛み合ってない。この女は私と会話する気はまったくないようでただ私に不満や罵倒をぶつけるだけだった。私たち3人はどうしたものかと互いに顔を見合す。正直相手になんてしたくないけどせっかく伏線回収できそうなんだからここで切り上げて中途半端に長引かせたくない。
絶対ここで全部吐かせてやる。今の時点でわかっていることは、この女が私か『レイ・ミラー』に対して何らかの理由で殺意に近い憎悪を抱いているということだ。
その何らかの理由が今のところ検討もつかない。
「あの、すみません。あなたは以前カフェに来てくださった方ですよね」
リーゼロッテがエヴァンスに声をかけた。今頃気づいたのか。
「はい、覚えていてくださったんですね。申し遅れました。僕はエヴァンスを申します」
「私はリーゼロッテといいます。あの、レイを助けてくれてありがとうございました」
「いえ、僕はただ通りかかっただけですので」
「手擦りむいてますよ?」
「え?」
見るとエヴァンスの右手の甲が何かに擦れたように赤くなっていた。
「いつのまに、気づかなかった」
私も気づかなかった。さすが乙女ゲームの王道ヒロイン。
リーゼロッテは紙袋を地面に置いた後、ハンカチをポケットから取り出し慣れた手つきでエヴァンスの右手に巻き付けた。
「ハンカチ汚れますよ?」
「大丈夫です。私にはこれくらいしかできないので」
「巻くの上手いですね」
「孤児院の子どもたちが外で怪我をしたとき良く応急処置として巻いてましたので」
「お二人さん、そのほのぼの会話は後にしてくれる?」
犯人が目の前にかつ厳粛な雰囲気であるにも関わらず、後ろで関係ない話をされることは私にとっては正直、面白くなかった。
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