第69話バカにしてる

暗闇の中で目が慣れてきた。周囲にある小道具の輪郭がおぼろげだが認識できる。物が置かれていない空間に移動し壁にもたれながら座り、帽子を膝の上に置いた。

ズボン越しでもひんやりとした床の冷たさが伝わってくる。ズボン履いてきてよかった。


「オマエのせいだぞ」


壁にもたれながら傍にいるであろう、うさぎに向かってできるだけ声を潜ませながら唸った。


「僕のせいなの?」


「元はと言えばオマエが地下室を見つけなきゃよかったんだ。そして確認しようって言わなければ閉じ込められずに済んだんだ」


「ちゃんと僕はあぶないって言ったんだよ。なんか君たちがもみ合っているとき、上のほうの荷物がガタガタ動いてたんだから」


「ああ?ぜんぜん気づかなかったわ。もっと大きな声で言えよ」


「だいたい壁殴ったのは怜でしょ?」


「何見てたんだよ。好きで殴ったんじゃないわ」


「じゃあ君はまったく悪くないの?」


「悪くない。悪いのはオマエとあいつだ」


あいつとはもちろんいまだに壁をどんどん叩き持ち上げようとしているあの少年だ。

どんどんどんどんうるさいな。


「やめてくれる?どんどんうるさい」


私のイライラを増長させないでほしい。


「早くでないと。今回は連続公演だから明日に備えないといけないのに」


少年は切羽詰った声で答えた。連続上演だったんだ。


「オマエ一応今回は主役なんだろ?しばらくすれば誰か探しに来ると思う。これ以上、声張ってドア叩き続けたら喉とか手とか痛めて劇に支障がでるんじゃないの?」


少年はぐっと言葉に詰まってしまった。


「だから、もうそのどんどんやめてくれる?頭が痛くなる」


「なんで指図されなきゃいけないの?」


命令口調に少年はむっとしながら言い返してきたが、結局しぶしぶながらも階段を下りはじめた。彼も目が慣れてきたのか私から少し離れた場所に座った。


「………」


「………」


沈黙が続く。


「………」


「………」


しばらく続いた。


「はぁ」


誰でもいいから早く来てよ。



ゴソゴソゴソゴソ。


「?」


隣の影が動き、地面を何回もペタペタ触る音が聞こえる。


「何してんの?」


ネズミでも出たか。


「あんたには関係ないでしょ」


刺々しく返された。

いちいちむかつくな。人のこと言えないが。


「………ここら辺にあったと思ったんだけど、やっぱり暗いからわからないな」


どうやら探し物をしているらしい。目が慣れてきたとはいえ、どこに何があるかはまだ判断は難しい。もし探し物が小さいものならさおさらだ。少年は何回も手探りで床や小さいな棚を探っているようだが、どうしても見つからないようだ。


「はぁ」


少年は立ち上がり、残念そうにため息を吐いた。


「ねぇ」


「あ?」


話しかけるのかよ。探し物は諦めたのか。


「さっき泥棒じゃないって言ってたけどそれ本当だったら何しにここに入ったの?」


さっきまでさんざん泥棒呼ばわりしていたくせに一体どういう心境の変化だ。

私を泥棒呼ばわりしたのはホールでの暴言の仕返しのつもりだったのか。それても、この状況で私への苛立ちが沈静化して幾分冷静になり、私の言葉に耳を傾ける気になったのか。

暗いから表情がイマイチわからない。


「聞いてる?」


「オマエには関係ない」


「………」


私が何してるって聞いたとき刺々しく返したくせになんでオマエは普通に聞いて来るんだ。

むかつくから私も同じように返すことにする。


「マッチ箱を探してたの」


少年は嫌々といった口調で言った。


「マッチ箱?」


「そもそもここに来たのだってそれを取りに来たんだから。舞台で使うランタンのろうそくに火をつけるのに必要で。もうマッチ箱にマッチが一本しかなかったから倉庫にあるはずの予備のマッチ箱を取りに来た。一応ランタンを持ってきているからろうそくに火をつけようと思って」


そういえば、何か手に持っていたな。あれはランタンだったのか。


「それで?」


「は?」


「『は?』じゃないよ。僕は答えたんだからそっちも答えてくれない?」


「なんでオマエが答えたからって私も答えなきゃいけないんだよ」


「………」


そっちが勝手に答えたんだろうが。そんな義理ないわ。


「怜」


うさぎが声を潜ませながら寄ってきた。すぐ近くに少年がいるので私は何も答えなかった。


「教えてあげなよ」


(あ?やだよ)


「このままだと本当に泥棒にされるよ?それにウィルくんのことも知ってるかもしれないし」


「ちっ」


悔しいがうさぎの言うことは正論だ。正論なのが余計にむかつく。


「子どもを捜してたんだよ」


私は隣で不機嫌オーラ全開にしている少年に説明することにした。


「は?子ども?」


少年は強めの口調で返した。


「実は今日一緒に舞台に来たのはリーゼロッテ………さっきの髪の長い子ともう一人いるんだ。6才くらいの男の子もいた。でも公演が終わったときにはぐれちゃったんだよ」


「それって迷子?」


「だから探してたんだ。劇場の外周辺、エントランス、階段付近、そしてさっきあんたがいたホール。探せる場所は一通り探したんだけど見つからなくて。あと探していない場所となると控え室とかこういう物置くらいしかなかったから」


「それでここに黙って入ったこと?そういうことならなんで早く言わなかったの?」


少年の刺々しかった口調が若干緩くなる。


「言おうとしたけど話聞かなかったのはそっちだろ」


「違う。さっき僕がいたホールで聞けばよかったって言ってるの」


「は?」


「舞台裏で誰かが『知らない子どもが控え室に入り込んできた』って言ってたから。たぶんその子じゃない?」


「はぁ!?」


ガン!


「痛って………」


勢いよく頭を上げたため壁に頭をぶつけてしまった。


「それ、マジで?」


ぶつけた箇所をさすりながら少年がいるほうに顔を向ける。


「直接聞いたわけじゃないからわからないけど、確か赤毛の男の子って言ってた気がする」


「たぶんウィルだ」


見つかったことの安心感で肩の力が抜けた。それと同時に探さなくてもいいところを行ったり来たりしていたんだなとため息がでる。なんでそんなところに潜り込んでいるんだ。人騒がせな。相変わらず私によく迷惑かけるキャラクターだな。アルフォードに文句言ってやる。一体どういう教育しているんだと。あの子が迷子なんかにならなかったら今頃は家の中で暖炉の火をたいてベッドでまったりできてたはずなのに。まったく、こんなところに閉じ込められて一体私は何をしているんだ。


「あ~、疲れる」


あれこれ考えていると疲れてくる。頭もぶつけたし。もう、考えるのはやめよう。

ぶちキレるのはここを出てからでいい。


「くしゅ!」


寒さでくしゃみがでてしまった。ここは地下倉庫で地上よりも冷え込んでいる。


「尻も背中も空気も冷たい」


ほんと今日はズボンでよかったとつくづく思った。でもこんな場所に何時間も居続けたら風邪引くかもしれない。


あれこれ考えていると、暗闇の大きな影が動いた。


「何してんの?」


ふと声を掛けた。影は私の声に反応し、こちらに近づいてくる。

そして傍までくるとくっつくようにして座ってくる。


「だから、何してんの?」


なんでわざわざ移動してまで私のすぐ横に座るんだ。

しかも、ぴったりとくっついてくる。いや、くっつきすぎた。


なぜか私のほうに身体を寄りかからせている。私はわけがわからず、軽く押しのけている。


「寒いから」


「は?」


やっと言葉を発したと思ったら『寒いから』だと?

私の質問に答えてるようで答えていない。


「しかたないでしょ。僕だって寄りかかりたくないよ。でもこのままじゃ風邪引くかもしれないんだから。意味ないかもしれないけどこうやってくっついていたほうが体温少しは保てる」


かなり不服そうな口調で答えた。そういえば、今回の劇は連続上演だと聞いた。つまり、明日も劇に出演するということだ。この少年は今回の劇では主演だ。その主演が身体を壊しでもしたらすべてが台無しになる。それに演じる役はネコという特殊な役だ。あのネコの役はこの子のノアがあってこそできた役だろう。なおさら、身体なんて壊せないのだろう。

プライドは高いけどその分プロ根性が高いんだな。高いからこそ、気に入らないはずの私の傍に寄ってまでなんとか体温を保とうとしているのだろう。


「肩貸して」


少年は私の肩に頭をもたれさせた。ずんと肩に重さがかかる


私はそれを迷いなく、思いっきり押しのけた。


「うわっ!?」


頭を突然押しのけられたため、首がガクッといったらしい。

こっちまで変な音が聞こえた。


「うく………ぐ……」


少年は押しのけられた反動で地面に手をつき、悶えている。


「いきなり、何をする!」


彼の放った口調は今まで放った口調の中で一番強く、堅い。暗闇で顔は見えないがものすごい顔で私を睨んでいることぐらいわかる。興奮気味に怒鳴りつけている少年に反して私は冷静に少年がいるほうを見据えた。


「それはこっちのセリフだ。いきなり肩にもたれないでくれる?重いし髪の毛頬に当たってすっごい鬱陶しい」


これが乙女ゲームの恐ろしいところだ。今日はじめて会った女の肩にもたれるか、普通。特に知り合いでもなく、しかもさきほどまで軽く言い合いをしていた女の肩にもたれるなんてイベントは乙女ゲームか少女漫画でしか起こらないだろう。


「いきなり、肩ズンなんてありえない」


「は?かたずん?何それ」


おそらくこれがあの肩ズンだったのだろう。巷では壁ドンより肩ズンのほうが女心を掴む仕草だと言われている。


実際にされた側から言わせてもらう。あれのどこにキュンとする要素があるんだ。ずっと寄りかかられたら絶対肩がしびれるか痛める。それに身動き取れないからかなり迷惑。下手したら頭皮の臭いかフケが服につく。肩ズンは壁ドンと違って実害だらけだ。


「ていうかオマエが風邪ひこうが身体壊そうが私には関係ないよな?なんでさも当然のようにくっつこうとするんだよ」


オマエに肩貸す義理なんてないわ。乙女ゲームの王道ヒロインだったら潔く肩を貸すところかもしれないが、あいにく私はそんなヒロインとは正反対の性格なんでね、残念だったな。


「あのさ、さっきから思ってたんだけど」


少年の声は低い。もし、私が男でここが真っ暗闇でなかったら絶対掴みかかってきただろう。


私が女でごめんな。そして女でざまみろ。


「そのオマエって言うのやめてくれない?」


「は?オマエって嫌?」


「嫌に決まってる。すっごく感じ悪いし、不愉快」


「だって私、オマエの名前知らないし」


「また言った………って名前知らないってチケットに書いてあったはずだけど。それにカーテンコールのとき」


「寝てたし。ていうかチケットそんなに良く見てなかった」


「………僕はバスティアン。バスティアン・ロータス」


「バス?」


「バスティアン・ロータス」


「ふぅん、泣きティアン・泣きタスね」


「………バカにしてんの?」


「バカにしてる」


「怜、怜」


暗闇の中、うさぎが耳打ちしてきた。


「いくらなんでも言いすぎだよ」


「わざとだし」


もうこれ以上私に関わろうとするキャラクターは増やしたくない。せめて、一人くらいは攻略キャラクターを減らしたい。だから、できるだけ私のことを嫌ってもらおう。

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