第38話男クズすぎるだろ

「もう少し大きいほうがバランスいいんじゃない?」


「こっちの文字?」


「違う“C”のところ」


「私はこれでいいと思うけど」


「遠目で見たら微妙に小さく見える」


私とリーゼロッテはあれから互いに感じたことを言い合いながら看板作りを続けている。看板作りとは言うものの私はリーゼロッテの作業に口を挟むだけで何もしていない。アルフォードが時々呼びに来て、カフェの業務に戻ったりもした。リーゼロッテは看板作りとカフェの手伝いを往復し、忙しそうにしていた。

私はそれをじっと眺めている。


「レイ、今何時かわかる?」


「今?」


もうそろそろ看板作りの作業が終わりそうな頃、リーゼロッテが私に聞いてきた。


「5時だけど」


私はポケットに入れておいた懐中時計を確認した。


「もうそんな時間に経ってたの?」


私も少なからず驚いている。時間が経つのを早く感じる。

そういえば、気温も落ち、肌寒い。空を見上げると白い雲に灰色が交ざり、光を覆っている。


「肌寒くなってきたしもう帰るよ」


私は懐中時計をポケットにしまい、帽子を深く被った。


「そうだね、あとは最後の文字を塗るだけだから明日にはもう完成すると思う」


リーゼロッテは立ち上がり、土と草がついた裾を軽く払った。


「じゃあ、明日よろしくね」


「ん」


リーゼロッテは手を振り、私を見送った。



「明日楽しみだね」


「なにが?」


「看板、レイだってそう思うでしょ?」


しばらくしてうさぎが話しかけてきた。


「別に」


「リーゼロッテと一緒にやってて楽しそうだったじゃん」


「私は見てただけ」


「でも、けっこう色々自主的に言ってたよね。こっちの色のほうがいいとか、ずれてるとか」


私はうさぎのことを無視し、何も答えなかった。


「素直じゃないな」


「あ?」


「楽しかったなら楽しかったって言えばいいのに」


「……」


「……!おっと、耳は掴まないでね」


うさぎは耳を庇うような仕草を取った。


「………店に寄らなきゃよかった」


「あれ?帰るんじゃないの?」


うさぎは家路とは違う方向に向かう私に向かって言った。


「せっかくだし何か食べてから帰る。お腹空いたし」


ここからだと以前行った食堂が近い。そこに向かおう。


夕刻に近づき、街を行き交う人が徐々に増えていく。私は人ごみをうまく避け目的地に向かう。今日はこの前とは違うものを食べてみたい。


「ふざけないでよ!」


突然女の甲高い声が聞こえた。一際感情がこもった声に思わず足を止める。


「なんだ?」


「さあ」


女の声は裏路地の辺りから聞こえ、私とうさぎはそこに目を向けた。

建物の影になっているため薄暗かったが男女二人いることは認識できた。女は興奮気味に男を見上げている。


「もう会わないってどういうこと!?」


「どうってそのまんまの意味だよ」


男は怒鳴られているというのにどこ吹く風といった態度だ。この声どこかで聞いたことがある。


「なんでよ!どうして突然そんなこと言うのよ!」


「突然ってわけでもないよ。今日のデートの後、言おうと思ってたから」


声を荒立てている女とそれに対して適当にあしらおうとしている男。遠目で見ても温度差がある。


「ど、どうしてよ!」


「どうしてって最初に言ったよね。俺は束縛されるのが嫌いだって。それなのに君って最近俺の職場の帰り道に待ち伏せすることが多いし、私生活にも介入しようとするし、なにより……夜がしつこい」


「それは……あなたが好きだからよ!だから一回だけじゃ足りないの!」


なんだこの会話。生々しい。きもちわる。


「ごめんね。面倒くさくなったんだ、そういうの」


男はもう相手をするもの飽きたという態度を取る。


「い、いやよ。絶対別れないんだから!」


「別れるって。これも最初に言ったよね。俺は特定の女とは付き合わないって。君はその中の遊び仲間の一人だって」


「――……!絶対別れないんだから!」


女が叫びながら走り去っていった。


いやいや、別れろよ。男クズすぎるだろ。


「ひどい会話だね」


うさぎがぼそっと呟いた。うさぎもそう思うか。一体どんな色男だか知らないが聞いていて吐き気がする。女を何だと思ってるんだ。


「はぁ、疲れた」


男はやれやれと右手を頭に当てながらこっちに歩いてきた。


「!」


おぼろげだった男のシルエットがはっきりし、歩いてきた男と目が合った。


「あ」


「あれ、君は」


長袖の白いシャツを綺麗に着こなし、服越しでも感じ取れるモデルのようなスリムな体型。一部が鎖骨辺りまで届いているキャラメル色の髪に紅茶色の瞳。


カフェ前で会ったあのナンパ男だ。


「もしかして、見てた?ごめんね。変なものを見せて」


「うわ」


女に最低な言葉を投げかけた直後とは思えないほどナンパ男は私にけせらせらとした態度を見せる。

私が出会った3人目の攻略キャラクター、シオンはただのチャラ男系男子ではなかった。

クズ系チャラ男だった。

私はたぶん今、生ゴミを見ているような目でこの男を見てるだろう。

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