人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。ⅩⅥ
***
「ゴォォォォォォル!!」
マラソンの最後の様に勢いよく教室に飛び込んだ委員長は、そのまま自分の席に突っ込んだ。
「大丈夫? 委員長」
僕もその後教室に入ると側に寄って言った。
「ははは。昇降口から教室までのノンストップマラソンはやっぱり疲れるね」
えへへと笑って席に座る。
「そりゃそうだよ」
「目島君ももう席に着かないと」
言われてそうだと一言。すぐさま僕も自分の席についた。
「おはよぉ~目島ぁ」
朝っぱらからご苦労な事で相変わらずのガン黒メイクの木下が唇を吊り上げて言った。
「お、おはよ」
静かに挨拶してカバンを席の横にかけて教科書を机に出す。
「……」
そこで木下ではないもう一つの視線に気がついた。
「えっと、な、何かな冷百合……さん」
木下の前の席である毒ヶ杜さんの取り巻きB。黒髪の清楚系ギャル、冷百合すみれが特に何かアクションを起こすわけではなく、ただただ無言で僕を凝視していた。
「……別に」
そう言って冷百合は向いていた顔を前に移して僕から視線を外した。
無言で凝視してて別にはないだろ。てか、何かあるから見てたんだろう。ギャルの考える事は分からない。
そこからだらしのない我が担任が教室に入ってきて、今日も一日が始まった。
***
今日もいつもの様に始まった一日は、特に何もなく、あっという間に終わりを告げる。
通常、何もないのが僕にとっての普通だったのだが、ここ最近は何かとイベントが起こり過ぎていて一日の密度が高かったんだろう。
毒ヶ杜さんと何かお近づきイベントがあるわけでもなく、委員長も今日は委員会ですぐに別れてしまったので僕はこうして一人で家に帰宅する事になる。
そもそも、毒ヶ杜さんイベントも委員長帰宅イベントもそう簡単にフラグが立っては、質が下がるというものだ。
こうして一人で帰るのもいいじゃないか。
そう、自分に言い聞かせて昇降口を出て、学校も出た。
明日は漫画の新刊の発売日である事を思い出して、帰路に着く。
「ん? あれって? 」
何だろう。……この感覚物凄くデジャブ。
見覚えのあるその誰かが見間違えじゃないか確かめる為、袖で目を擦る。
もう一度、見覚えのあるその人を見て、呟いた。
「冷百合……?」
確かにそれは取り巻きBの冷百合すみれだ。見た感じ、木下は一緒ではないようだ。
一体何をしているんだろう。放課後に一人なんて珍しい。というのも毎日学校の終わる前から今日帰りどうする? と会話しているからだ。
そんな冷百合を見ていると違和感を感じた。
何かに隠れながら遠くの方を見ているみたいだが、その姿は妙にぎこちない動きで不自然極まりない。
一体何を見てるんだ?
僕は冷百合の見ている方にそっと顔を向ける。
「!?」
見てびっくり。心臓が飛び跳ねた。
「毒ヶ杜さん!?」
視線の先にいるのは、紛う事なき毒ヶ杜さんその人だ。
「……あれ?」
そこで頭に疑問が浮かんだ。
何で一緒じゃないんだ?
いや、確かにどれだけ仲がよくても用事があって遊べない事くらいあるのは分かる。
仮に冷百合が用事で遊べなかったとして、遠目で毒ヶ杜さんを見ているのはどう考えてもおかしいし、そもそも気づかれでもしたら修羅場間違えなしだぞ。
冷百合の奴、本当に何やってるんだ?
視線を冷百合、毒ヶ杜さん、冷百合、毒ヶ杜さんと移した時、毒ヶ杜さんサイドから木下が現れた。
二人は何やら楽しそうに買い物をしている。
つまり、これで冷百合が用事で遊びを断った事が確定したわけだが、いくら考えても分からない。
遊びを断ってその友達を遠目から見る用事って一体何?
考えながら視線を再び冷百合に移したその時。
「やばっ」
目が合った。……冷百合と。
何を思ったのか僕は慌ててその場から逃走する。
全速力、無我夢中でその場を離れ、もういいかと止まろうとした瞬間、後ろから誰かに服を引っ張られる感覚がして、首が絞まる。
簡単に尻餅をついてその場に静止した。
「目島何で逃げんのよ!!」
背後から聞き覚えのある声が聞こえて、恐る恐る振り向く。
そこには仁王立ちの冷百合が圧巻の態度で立ち尽くしていた。
その背後に「どん!!」という効果音が見える。
「いや、その……えと」
テンぱって言葉がしどろもどろになる。
「まさかアンタ見てた?」
鋭い声で聞かれ、尋常じゃない汗が身体に噴き出す。
「え、あっその」
「見たのね?」
威圧的に顔を僕に近づける。
「……はい。見ました」
お手上げ。もう無理ゲー。
「……ふぁあああああ!! 見られたぁ!! ばれたぁ!!」
突然打って変わって甲高い声で慌てて騒ぎ出す冷百合に僕は状況が理解できなくなった。
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