17日目

昨日の朝。

ホテルでチェックアウトを済ませ私と少女が車へ行くと。

そこには彼がいた。

ミコトの建物が襲撃された時、森の中で出会ったノースリーブの男。

その彼が車の横に立っていた。

私は咄嗟に逃げようとしたが既に無駄だった。

「逃げらんねえよ」

逃げようとしたら手首を掴まれた。後ろに若い男が立っていた。

少女は私の陰に隠れたがその後ろに既にノースリーブの男が来ていた。

「放しなさい」

ノースリーブの男はそう言って若い男を見た。

若い男は従い私の手を離した。

「非礼をお許しください」

そう言ってノースリーブの男は深く頭を下げた。

そして、

「私は対天使研究結社『鳳玉』の補佐研究員、名はヒスイと申します。以後お見知りおきを」

ノースリーブの男はそう名乗った。

「俺は『鳳玉』の対天使戦闘員のクジャクだ。呼び捨てでいいぜ」

若い男はそう言って明るく笑った。

私は何の用か尋ねた。

「あなたに協力を求めたいと思い、参上いたしました」

ヒスイがそう答えた。

「こんなところで立ち話すんのもなんだから、喫茶店でも入ろーぜ」

クジャクがそう言った。

こちらに不利な提案ではない。

今、この人目の少ない駐車場で話し合うより人目の多い喫茶店に入った方がいいかもしれない。

「そうですね。その方が、あなた達にとっても安心でしょう」

ヒスイに考えていたことを言い当てられた。

私達は近くの喫茶店に移動した。

喫茶店。

「まず、あなたに提案があります」

ヒスイが話を切り出した。

「あなたは天使の存在を知ってしまいましたね?」

ヒスイの言葉に私は肯定で答えた。

「天使の存在は公表されていません。本来なら巧妙に隠蔽されています。事実、今のあなたのように天使の存在を知ってしまった人間が現れ始めたのは、ここ2ヶ月といったところです」

ヒスイの言葉。

私は何故天使の目撃が増えたのか尋ねた。

「天使の出現回数が増えたのが第一の要因です。それ以外にも、各対天使組織の戦力が整っていない現状が理由とも考えられます。もうひとつ挙げるとするならば、各対天使組織の小競り合いも原因とも言えます。天使にぶつけるべき総力を、各組織同士の小競り合いなどというくだらないことに割くから、各組織が疲弊し、その間天使は野放しです」

ヒスイはそう言ってため息を吐いた。

「話を元に戻しましょう。あなたに提案があります。天使の記憶を全て消去するつもりはありませんか?」

私はどういうことか尋ねた。

「私達の組織であれば、特定のキーワードに関連した記憶を消す。もしくはこの数日の記憶を消すことが出来ます。もちろん、消した後のケアはきちんと私達の組織でさせていただきます。どうでしょう? あなたにとっては悪い話ではないはずです。こうすれば、あなたは天使のことなど知らず、日常へ戻ることが出来ます」

私にとって悪い話ではない……。

そうかもしれない。

だが、

信用など出来ない。

その旨伝えるとヒスイは頷いた。

「確かに。では話を進めましょう」

この男……随分簡単に引き下がる。

「では、あなたに3つの対天使組織のことを大まかにお話しておきましょう」

「まず私達の組織『鳳玉』とその他の組織である『ミコト』『聖律教会』の違いについてお話しましょう」

「『ミコト』『聖律教会』が天使を倒すことを目的としているのに対し、『鳳玉』の最終的な目的は天使との共存です」

共存……?

天使と?

「そうです。現在人類を攻撃するだけでその正体は謎と言わざるを得ませんが、私達は天使がただ人類を攻撃しているわけではないと考えています」

理由は?

「都市部への攻撃と大規模な攻撃が共にないからです。天使ほどの攻撃力があるならば、都市部へ攻撃すれば、人類に大きな損害を出せるでしょう。天使側に兵器がないのであれば、人類から奪えばいい。天使の力を持ってすれば、人類から核兵器を奪い取ることだって出来るでしょう。そしてその兵器を都市部へ使用すれば、簡単に人類を減らすことが出来ます」

そうしないのは何故?

「それは天使にしか分かりません。私達の認識では、天使は槍しか使いません。私達の使っている銃を奪い、その火力で攻撃できる状況であっても、天使は槍を使います。何か意図があるのかもしれませんが、不明です」

天使との共存は可能?

「敵対している理由が分かれば、改善の余地があるかもしれません。私達はそのために天使達の要求を考えています。天使は人類に一体何を望み、何を求めているのか? それを調べようとせず、天使をただ敵としか見ることの出来ない『ミコト』や『聖律教会』の考え方は非常に残念です」

だが、人類が天使に攻撃したわけではなく、

天使が人類に先制攻撃してきたのではないか?

「それは分かりません。事の発端が何か。実は、誰も知らないのです。ですから、人類が先に攻撃したのかもしれませんし、天使が先に攻撃したのかもしれません」

天使が先に攻撃したと仮定した場合、

攻撃に対して反撃という手段をとるのは妥当ではないか?

「確かに仰ることは分かります。ですがそれは人類同士の争いの場合です。相手は人類ではなく、天使です。同じ価値観を共有しているとは限らない。ならば、お互いの理解を深める必要があります。戦いの中であっても、相手を理解する精神を忘れてはいけません。それを忘れてしまったら、私達はひとつの種族を殲滅することになります。そんなのは虐殺です、認めるわけにはいきません」

「私達が『ミコト』や『聖律教会』と違うのは2点ありますが、その1点が天使と戦うだけではなく、いつでも交渉のテーブルを用意するということです。もちろん、相手がそのテーブルについてくれるのであれば、ですが」

もう1点は?

「もう1点は『鳳玉』が日本の組織であるのに対し、『ミコト』『聖律教会』の母体は海外であるという点です」

それにどんな意味が?

「考えてみてください。天使のような強力な存在が、もし敵対国と強力したら、我が国はとてつもない脅威にさらされるということです。日本の敵対国が思い浮かばないのであれば、同盟国であるアメリカの敵対国と考えても構いません」

「天使の運動性を考えると、発射された核ミサイルを空中で破壊できると考えられます。つまり天使の恩恵を受けられる国は、一方的に核を含むミサイルで他国に攻撃できます。反撃を受けることなくです。これは現在の世界の軍事バランスを一変させてしまうことでしょう」

敵に渡ると厄介だから、

自国が保有すればいいと?

「そうです。日本と友好関係にない国に天使の力が渡ったらどうなるか。是非考えていただきたいものです」

……。

「組織として色々な差はありますが、この2点は大きく違う点であることはご理解いただけましたでしょうか?」

その問いに、

私は頷いた。

「では、人間を改造するのは、いいんですかね?」

突然、私の後ろから声が聞こえた。

私は後ろを振り向く。

そこには、

『聖律教会』のあの少女Aがいた。

人間を改造?

「そうです。なんと『鳳玉』は人間を手術でいじって、強化人間にしているのです」

少女Aはそう言って立ち上がり、

私と少女の横に座った。

「こんにちは、ヒスイさん。一昨日骨が粉々に砕けた左腕の調子はどうですか? 随分と早く治ったようではないですか」

少女Aがそういうと、

ヒスイの顔が険しくなった。

クジャクは明らかに敵意をむき出しにして彼女を睨んでいる。

「流石『鳳玉』の人体実験ラボですね。人間の腕なんか簡単に修復できますか」

その言葉にクジャクは勢いよく立ち上がった。

だがそれをヒスイが制した。

「私達のような非力な人間が天使に立ち向かうにはこうするしかないのです。あなたのような本物の化け物とは違いますからね」

「酷いです! こんな可憐な乙女を化け物扱いするなんて!」

ヒスイは真剣な顔をしている。

だが少女Aは明らかにふざけている。

だが……。

強化人間?

「そうですよ。天使は強力です。生身で戦うには力の差がありすぎます。ですから、彼らは外科的な手術により人体を強化しているのです」

少女Aはそう言ってヒスイを見た。

「確かに私達の肉体は改造されています。ですがそれの何がいけないのです。『ミコト』のように生身で戦えば、死者が大勢でます。犠牲者が尽きないでしょう。その犠牲を最小限に抑えるための工夫ではないですか」

ヒスイの言葉に少女Aは笑った。

「あなたの言っていた天使の戦争への流用ですが、それはあなた達の強化人間技術だって同じことではないですか。あなた達のような強化人間で編成された部隊があれば、通常の部隊よりも高い戦果を挙げることができるでしょう。実際、あなた達ふたりなら天使と1対1で戦っても勝つことが出来るでしょう?」

少女Aはそう言った。

「つまり『鳳玉』の目的は世界征服なんですよ。天使と戦いつつ、天使を研究し、更に自分達の技術である強化人間技術の実験と運用まで試している。こうなってくると『鳳玉』が天使と手を組んだら、もう誰も対抗する術を持たなくなってしまいますね」

少女Aはそう言って私を見た。

「彼らは自分のことを善く言って、私達のことを悪く言っていましたが、私に言わせれば彼らこそ悪そのものです。彼らが強化人間の被験者をどうやって集めているか知っていますか?」

強化人間の……

被験者……

あの研究所で、

私は被験者と呼ばれた。

つまり……

「そうですよ。彼らは天使を目撃した人間を拉致して、実験台にしているんです」

少女Aがそう言うと、

クジャクがテーブルを思い切り叩いた。

「んなこたあしてねぇ! ウチのことも知らねぇでよくもペラペラ好き勝手に……」

クジャクが怒鳴ったのでヒスイが諌めた。

喫茶店の中にいたほとんどの人間が私達の方を見た。

だがその視線もすぐに散る。

「あなた達こそ、聖律教会の使命を知っているというのですか……。何も知らずに化け物扱いしているのは、許されるというのですか……」

少女Aは悲しげな顔をしてそう呟いた。

「今日は、この辺りで引き上げましょう」

ヒスイがそう言った。

「聖律教会と事を構えるのは得策ではありませんからね。ですが、次に会う時までに身の振り方は決めておいてください。『鳳玉』か『ミコト』か『聖律教会』か、それとも、全て忘れるか」

「では、失礼します。行きましょう、クジャク」

「ああ……」

ヒスイとクジャクは立ち上がり、

席から離れようとした。

だが私達に背を向けたヒスイが、

振り返って私達を見た。

「言い忘れていましたが、そちらの少女の名前はスズといいます。スズは私達の仲間です。今は預けておきますが次に会った時は連れて帰らせていただきますよ」

ヒスイはそう言って立ち去った。

「今連れて行かないところを見ると『鳳玉』の研究所も結構損害が大きかったのかもしれませんね」

少女Aはそう言ってスズの頭を撫でた。

「さて、私も帰りますか」

少女Aはそう言って、

立ち上がり……。

一瞬上を見て停止した。

そして座っている私を見て、

「自己紹介がまだでしたね。私はアルセニクと言います。アルセとお呼びください」

少女Aが自己紹介したので、

私も名乗ろうとしたら、

「知っています。では、また会いましょう」

と言って立ち去った。

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