chapter1-1 「次元を超越する物語」


 高校に入学して三ヵ月、友達も出来て学校生活にも慣れてきた。部活には何も入らず恋愛もしていない。いや、好きな人はいるが僕にはその人に振り向いてもらえる価値はない。青春という二文字は余りにも遠すぎる言葉だ。毎日は何の変哲もなく、何かが起きることなく、ただ時間だけが流れていく日々。

 それでも、そんな毎日に満足していた。何一つ乱れることのない生活リズム。こんな自分でも一緒にいてくれる友達。それだけで十分だった。それ以上は望まない。でも、ただ一つ望むとすれば、自分が惚れている人と隣を歩くこと。


 それが僕、天津創あまつはじめである。


「――今日の体育バスケだってよ。楽しみだなぁ、創」


「ああ、そうだね。蓮は運動神経すごいからなー。出来れば敵チームに当たりたくはないな~」


 創に話しかけて来たのは小学生の時からの腐れ縁の新井蓮あらいれんだ。創とは真逆の性格で初めはお互いにいがみ合っていたが、今では互いを理解して親友の存在になっている。

因みに、蓮は運動神経が抜群でサッカー部に所属している。


「まぁ出来れば創と同じチームになりたいけど、敵チームならそれはそれで面白いからな」


「勘弁してほしいよ。君を止めるのは僕一人じゃ力不足なんだから」


 蓮は少し荒っぽい性格をしているが、友達思いで人当たりが良く、とても優しい。ピアスをしたりして見た目は不良に見られがちだが、ちゃんと学校にも来ていて成績もそこそこ良い。

 そのギャップから女の子からかなりモテているが、彼女はいない。



 ***



「――まずい! 誰か新井を止めろー!」


 そして体育のバスケの授業が始まる。創と蓮は敵同士になってしまった。サッカーだけでなくスポーツ全般得意という蓮がゴールを端から端まで突っ切ろうとしていた。巧みなテクニックで相手を躱して行き、ゴール寸前まで迫っていた。


「行かせないよ!」


「やっぱ最後はお前か、創!」


 連の最後の砦として創が立ち塞がった。


「だがなぁ――」


 連はシュートを打つ構えをする。その位置はスリーポイントから少し手前、かなりのロングシュートだ。


「何!?」


 蓮がシュートを放つ。そのボールは高く宙を舞い、綺麗な放物線を描いてそのままゴールに入る。


「……嘘だろ」


 予想外の出来事に創は唖然とするしかなかった。それでも連は当然かのように笑って見せた。


「俺を止めるなんてまだまだ早いぜ。創」


「連を止めるなんて、一生かかっても無理なんじゃないか?」


 こんな化け物、僕には到底相手に出来るはずがなかった。バスケ部ですら簡単に躱してしまう程のアジリティの持ち主だ。それを止めるには同等の化け物じゃないと成立しない。


そこでチャイムが鳴り、結果として蓮のチームが勝って授業が終わった。これがバスケじゃなくサッカーだったら本当に蓮は無敵なんじゃないかと思ってしまう。何せ、サッカー部ではもうレギュラー候補に名が挙がっているらしい。入学して三ヵ月目にしてもう期待の新人として扱われている。とても同じ次元に立っている人ではない。



 ***



「――えー、来週から夏休みに入る。暑いからと言って家でぐーたらしてないで、ちゃんと外にも出ること。夏休みはイベントが盛りだくさんだからな。外に出ないと楽しめないぞ? まぁ、彼氏彼女がいない奴は苦痛かもな。……む、何か自分に言っているようで腹が立ってきた。今日はこれで以上だ」


 自虐ネタで勝手に落ち込んでしまってる担任の夕暮明日陽ゆうぐれあすひ先生を女子生徒があやしていた。この光景は今までに何度か目にしている。年齢はアラサーとしか聞かされていないが、実際のところ本当に三十くらしだろう。こんなことを言ったら職員室に呼ばれるかもしれない。


「――お、何の本持ってるの?」


「ラノベだよ。異世界ものの」


 いつも一緒に帰っているのがオタクの比企美孝ひきみたかだ。趣味はゲームとアニメというオタク王道の趣味。僕は特にそういうのは余り興味ないが、入学時にやたら語って来たのでいつの間にか友達になっていた。


 そして、創と美孝は帰路についていた。


「――はぁ~あ、行ってみてーなー。異世界」


 最近美孝はよくそんなことを口にする。アニメの見過ぎで興味が出て来たのだろう。


「いやだって、何故か言葉は通じるけど文字が読めなかったり通貨が違かったりするんだろ? 怖くないか? そんな世界に行って。僕は怖いけどな」


「分かってねーなー、創は。そこが良いんじゃねぇか。魔法が使えるかもしれないし、異世界に行ったら最強の能力者になって女の子を助けて悪を滅ぼし、ハーレムな日々が待っているかもしれない。こんな素晴らしい世界なのに何で怖いんだ?」


「全部イフじゃないか……」

 

 こんな調子で入学当時も夢を語っていた。ため息をつく創だが、これがいつも普通なのだ。


「ま、お前も行ってみれば分かるよ」


「行ける訳ないだろ。二次元じゃあるまいし」


 そんないつもと変わらない会話をしながら創は美孝と別れた。



 ***



 ――創は家の前まで来てドアノブを掴もうとした。


「……異世界か」


 ただ何となく、ふと美孝の話を思い出して異世界のことを考えた……その時だった。


「――え?」


 人間が無意識の内にする瞬きをした瞬間、そこにドアは無くなっていた。ドアどころか家も無い。何かがおかしいと思い、創は周りを見渡した。すると隣接していた近所の家はなく、そもそも景色が全然違っていた。

 夜で暗くてもよく分かる。ここは今まで自分がいた場所ではない。明らかに日本にはいない服装をしている人々、街並み、そして有り得ないのが近くに大きな川が流れていること。建物は石のブロックが積み重なって出来た物ばかりだった。


 また美孝の話を思い出す。万が一、幾億分の一の確率でそれなのだとしたらここは――。


「……異世界――」



 

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