ネズミ男
三石自工からの報告書が届いた頃には冷延鋼板の包装紙の廃棄ルートとして特定されたあきるの環境システムの調査に着手していた。トミタからの調査を受けてパニックになっていたところに役所の電話が入ったことに焦った逆貫社長が呼び出すまでもなく環境事務所に飛んできた。
「うちは不法投棄なんてやってないですよ。契約書もマニフェストも全部あるんです。うちは騙されたんですよ。そうじゃなければ犬咬なんかにうちのゴミが来るわけがないんです」逆貫は必死に弁明した。
「誰にどうやって騙されたというんですか」対応した伊刈が尋ねた。
「最近おかしなことがあったんです。根津商会の大杉と名乗る男が営業にやってきましてね、愛光に出さないかというんです」
「山形の愛光ですね」喜多が下調べしておいた手元の資料を見ながら言った。
「愛光といったら最終処分場としては大看板じゃないですか。だからこれはいい話だと思いましてね」
「それで根津商会を信用して頼んだのですか」伊刈が念を押すように言った。
「ちゃんと契約書もマニフェストもあるんですよ。収運は東北清掃運搬、最終は愛光、全く問題ないはずですよ。この書類見てくださいよ」逆貫は持参した契約関係やマニフェストを広げた。
「問題はあるでしょう。どっちの会社とも直接契約していない。実際に契約したのはどこの馬の骨ともわからない根津商会だけでしょう」伊刈が言った。
「この業界はそういうブローカーに頼むことが多いんですよ。ですが今から思うと変だなとは思ったんですよ」
「何が変だったんですか?」喜多が言った。
「そのなんとなくね、大杉ってのはネズミ男みたいなやつでしてね」
「ネズミ男ですか?」
「なんかうさんくさいやつだったんですよ。だけど書類はちゃんとしてたから信用しちゃったんですよ」
「東北清掃運搬は事実上倒産して今はもう実体がないですよ」喜多が裏を取っておいた事実を披露した。
「えっ嘘」逆貫は絶句した。
「それから愛光の最終処分場も三月までで閉鎖届けが出ています。山形県に確認済みです」
「ほんとですか。愛光が終わってたなんて全然知らなかったです。ちゃんとマニフェストにはスタンプが押されて帰ってきたし処分料も振り込んだんですよ」逆貫は青ざめた。
「どこに振り込んだんですか」
「根津商会にですよ。閉鎖されてたなんてほんとに知りませんでしたよ」
「契約書の印鑑もマニフェストのスタンプも偽造かもしれないですね。どっちにしても根津商会なんて許可のないブローカーを信用したのが間違いじゃないですか」
「だってうちはどう考えても被害者だと思いませんか。悪いのは根津商会ですよ」
「それより社長、あきるの環境システムの許可内容を調べましたが、一日一トンの焼却炉があるだけですね。ほかに処理施設はないんですか」伊刈が矛先を変えた。
「ええありません」
「ほんとにそれだけですか」喜多がちょっと意味ありげに聞き返した。
「そうですよ。それが何か」
「このマニフェストを見ると一日で十トン車五台も愛光に出していますね。処理能力の五十日分になりますよね。こんなに溜め込んでるんですか。燃え殻だとしたら焼却前の廃棄物一年分ですよ」喜多の追及の仕方はいつのまにか伊刈の流儀そっくりになっていた。ポイントは処理能力と受注量のマテリアルバランスである。
「出したのは燃え殻ではないです。愛光は安定型ですから」
「燃やさずに出したんですか」
「だって燃えないものもありますから、そのまま出してるんですよ」
「つまり未処理の廃棄物を愛光に出したってことですか」
「ええまあそうですよ。うちの窯で燃え殻が一日五台も出るわけありません。マニフェスト見てください。プラとがれきにチェックを入れてるでしょう。自分は嘘はつきませんよ」
「焼却の許可しかないならがれき類は受注できないでしょう。許可証にもがれきの焼却は入っていない」
「どうしたって混ざるんですよ」
「廃プラは燃やせないゴミですか」
「燃やせないことはないけど、うちみたいな小さな炉は燃えないで固まっちゃうからね」
「能力以上に受けて処理できないから未処理のまま流してるだけでしょう」喜多の追求は鋭かった。
「それとこれとは関係ないじゃないですか。最終に出せば問題ないでしょう」
「でも不法投棄されたんですよ」
「それはうちがやったんじゃないから」
「根津商会は無許可でしょう。マニフェストに載ってる二社も廃業していて無許可と同然ですよ。無許可業者への委託は許可は取消しですよ」
「そんなの理不尽じゃないですか。騙されたのはこっちなのに」逆貫は狼狽した。
「燃やせない量の産廃を受注して未処理のまま他社に頼めば再委託違反です。ましてや無許可の処理業者に出したとなると委託基準違反です。さらに無許可のダンプが不法投棄したとなると弁明の余地なしです。オーバーフローについて都の環境事務所から指導されたことはないんですか」
「別になんにも言われたことありませんよ。受ける方も出す方もちゃんとしてますから」
「うちから都に通報しましょうか」
「勘弁してくださいよ。わかりましたよ。うちが悪いってこと認めますよ。それでいいですよね。で、どうすればいいんですか」逆貫は開き直ったように言った。
「どうしてもらうかは他の会社の調査が終わってからにします。それまで待ってください」
「あのほんとに通報するんですか」逆貫は不安げな表情で喜多ではなく伊刈の顔色を伺った。
「調査が終わってから考えます」伊刈が突き放すように言った。
「ほんとにうちは被害者なんですから。金を騙し取られて不法投棄された上に許可取消なんてことになったら踏んだり蹴ったりもいいとこですよ」
「都から指導があってもなくても業務内容は改善されたほうがいいんじゃないですか」
「ほんとにお願いしますよ」最初の自信はどこへやら逆貫はすっかりへこんでしまった。
あきるの環境システムの逆貫社長の説明では愛光への処分を仲介した根津商会は福島市の会社だった。逆貫から聞いた連絡先に喜多はすぐに電話をかけてみた。予想に反して電話はつながった。根津商会は実在したのだ。
「え? うちは地場の電気工事屋ですよ。犬咬なんて全然知りませんよ」根津商会の藤堂社長は電話口でびっくりした声を出した。まんざら嘘でもなさそうな声色だった。
「それじゃ社員に大杉さんという方はいますか」喜多が重ねて尋ねた。
「心当たりありませんねえ」
「とにかく一度こちらに来てもらえますか」
「なんかの間違いだと思いますけど」藤堂の返答は要領を得なかった。
念のため福島県庁に問い合わせてみたが根津商会に産廃の許可はなく不法投棄の前歴もないようだった。個人経営の工事会社なのかホームページもなかった。
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