新たな不法投棄
Xトレールは視察希望者の車を先導して扇面ヶ浦へと向かった。特別支援学校裏の崖際の空き地に車を停め、伊刈が先頭になって管理用通路を徒歩で降りた。数十人を引き連れての現場視察は壮観だった。通路を降り切ると五十メートルの断崖と太平洋の見事なパノラマが目前に広がった。何度見ても感動的な風景だった。
「こんなきれいなところに棄てちゃいけないなあ」レーベルの万年工場長は棄てられた産廃を前にしゃがみこみ、しみじみとした口調でつぶやいた。目の前の産廃がどこで処理されたものか一目でわかった様子だった。それを口にするわけにはいかず、ぐれたわが子を前に途方にくれた弱気な父親のように自社の産廃のなれの果てを寂しそうに見つめていた。
エコユニバーサルの豊洲、円の安座間、みんな無言ではあったが感無量といった表情で美しい海岸と捨てられた産廃を交互に眺めていた。そんな中でレーベルの白馬の騎士として名乗りを上げた昇山の横嶋だけは不敵な笑みを浮かべながら、まるでゴミの中に金品が落ちていないかと物色するような貪欲な目で現場を歩き回っていた。その様子に伊刈は漠然とした違和感を覚えた。
Xトレールが扇面ヶ浦から広域農道に視察希望者の車を誘導したとき予想外の事態が出来した。ずっと休止していた南側現場の不法投棄が再開していたのだ。ほとんど埋め立てが終わって道路と僅かな段差しかなくなっていた穴に産廃が散乱し、ダンプの轍で踏み荒らされていた。おそらく広域農道に集まったダンプが北側現場が杭で閉鎖されていたのを見て南側現場に棄て逃げしていったのだ。ユンボがないので土砂は覆されておらずゴミがむき出しだった。チームゼロの夜パトも隙をつかれたのか完全にノーマークだった。荷姿の残ったゴミのマウンドの数を数えると十一台分あった。視察希望者たちは今回説明会を開催した北側現場と新たな不法投棄があった南側現場とは一体の捨て場だと思いこんだようだった。
視察会をそこそこに切り上げ、伊刈はそのまま南側現場の調査に着手した。他の視察希望者が引き上げたあとも安座間だけは現場に残って興味深そうに伊刈らが証拠収集する様子を眺めていた。
「私も拾ってみてもいいかしら」我慢できなくなったように安座間が伊刈に申し出た。
「いいですけど服が汚れますよ」
安座間は恐る恐る素手で産廃を拾った。廃棄物がむき出しなので証拠はごろごろ見つかった。調査チームが本気で調べる気になったら不法投棄がいかにハイリスクな仕事か彼女は思い知らされた様子だった。
「これは東横浜から来たものですね」伊刈が拾ったばかりの証拠の一つを安座間に示した。
「東横浜?」
「駅地下のイベント系のゴミですね。ゴールデンウィークにセールをやったときのプラカードですよ。内装バラシの会社から流れてきたんでしょう。たぶん保積(積替保管場)経由ですよ。ルートを洗うのは簡単そうです」
「ちょっと見ただけでそこまでわかるの」
「全部が東横浜じゃないですよ。向こうのは荷姿も違うし栃木か群馬からみたいですよ。ダンプ十一台全部ばらばらなルートですね」
「なんでもお見通しなのね」
「犬咬をきれいにするのはこれからが本番ですからね。当面の目標は撤去百台です」
「あなたならできるかもしれないわね」
「百台は足がかりです。一万台だって足りません。円にはこれからもご協力をお願いしますよ」
皮肉を言われた安座間は目を丸くして伊刈を見詰めた。「犬咬はもうこりごりよ。二度と来るつもりはないわ」
「何度でも来てもらいますよ。片すゴミはいくらでもありますから」
「おもしろい人ね。私は何度お会いしてもかまわないけど、こんな現場ではなくもう少しおしゃれな場所でお会いしたいわね」安座間はまんざらでもなさそうな笑みを浮かべると若い衆の運転するベンツに乗って悠々と広域農道から走り去った。
調査を終えて事務所に戻ると大和環境の小堂営業部長と右翼の大藪がちょうど到着したところだった。
「遅れて申し訳ありません。大藪さんの車がおかま掘られちゃいまして」小堂が頭を撫でながら弁明した。
「大丈夫なんですか」喜多が事故を真に受けて心配そうに尋ねた。
「いえいえ警察の見分に時間がかかっただけです。それにしても偉い人にぶつけちゃいましたよ。かわいそうに」小堂はむしろ加害者に同情するように大藪をちらりと見た。大藪は見たところぴんぴんしていた。仮にも右翼を名乗る人物の車を壊し大事な会議に出席できなくさせたのだ。小堂が気の毒がったように加害者はたんまり賠償金を取られるだろう。
「伊刈さんよ、これ見てくれよ」
大藪は涼しい顔で怪しげな領収書の写しを二枚提出した。日付と金額、それに塚本創業という社名が手書きで書かれ三文判が押印されていた。金額はどちらもきっかり十万円だった。
「やっとどういうことかわかったんで会議で説明しようと思ってたんだけどよ、とんだことになったよ。大和環境が不法投棄なんかやらかすはずがないと思ってたよ。どうやら最終処分場に出したサンプルが二台不法投棄されたようだな。騙されたんだよ。そこの電話番号にかけてみたんだがつながらないよ」どうも話の辻褄が合い過ぎていた。小堂営業部長は口こそ出さなかったが呆れ顔で大藪の説明を聞いていた。
提出された領収書に書かれた業者を喜多がその場で調べてみた。大藪が言ったとおり架空の業者らしく電話もつながらないし住所もでたらめで字(あざ)すら実在しなかった。大和環境を騙すための嘘ではなく、そもそも捏造された嘘なんだろうと喜多もうすうす感じでいた。伊刈が常日頃言っていた「完全な嘘と中途半端な嘘の違い」の意味にやっと思い当たった気がした。完全な嘘の裏は取れない。つまりホントとも証明できないかわり嘘とも証明できない。嘘をついているのは領収書を出した業者なのか大和環境なのか、それとも大藪なのかそれすらわからない。完全な嘘だから手がかりがない。実在する社名を使った中途半端な嘘なら裏を取れる。ばれてしまう嘘は嘘じゃなくむしろホントに近いものだ。
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