第2話
衛兵が集まって来る間――彼女は神父から聞いたある話を思い出していた。
この辺りは元々、別の世界から来た人が拓いたそうですね。その人はとても建築技術に長けていて、次々と雪害に耐えうる家を建てていったそうです。
ですが、その人はやがて殺されてしまいました。
フラリと現れた旅人が犯人だったそうです。
悲しい話ですが、それでも私はその旅人を心底、憎めないのです。もしかしたらその旅人も、何か理由があって殺したのかもしれません。
神に背くような見解ではありますが、私は旅人を絶対悪と見なせないのです――。
少女は幾度もその話を思い返したが……神父と同じ考えに至る事は果たして無かった。
墓穴の底で土を載せられる神父を見つめ、少女は隣の友人達にすら聞こえぬ程の声量で囁いた。
「大丈夫だよ。仇は私が討ってあげるからね」
神父の死から二ヶ月が経った頃、彼女は友人達に「敵討ちの出立」を打ち明けた。「それが良いよ」「私も行く」という答えを想定していた少女であったが、返答は暗いものだった。
「だって、あの人がやったって……証拠、無いじゃない」
一人が言った。
「それに……とっても強そうだから、私達じゃ無理だよ」
もう一人が言った。
少女は激怒し、思わず机を叩いた。
「分かった、それなら私一人で行くから」
友人達は激情のままに旅立とうとする彼女を必死に止めたが、最後は諦めて「どうせ一人じゃ心細いでしょう」と、後を付いて来たのである。
順風満帆に思えた敵討ちの旅は、出発から三日後、急展開を迎える。別の町から逃げて来た盗賊団に友人達を攫われたのである。
近くの川で洗濯をしていた少女は偶然逃げ延びたが、一人岩陰に隠れて夜を待ち、彼らの根城を突き止めた――。
残っていたのは焚火の跡と、裸で斃れていた友人達だった。二人共が胸の辺りに短剣を突き立てられており、死の間際まで「非人道的行為」によって穢されていたのは明白だった。
少女はその瞬間――自身と、そして世界を恨んだ。
死にたい、死んであの子達に謝りたいけど、死ぬのはあの男を殺してからだ。もうどうなったって良い。私は神様を信じない。お祈りもしない。今から私は狂う事にしよう――。
虚ろな目で捨てられた友人達の服を拾い上げ、彼女は腰に巻き付けた。
それから少女は旅を続けた。少しでも標的の情報が手に入りそうであれば、金は勿論、犯罪すら厭わなかった。
穢れを一心に溜め込み続け、最後は男の断末魔と共に浄化されれば良い――少女は完全に心を「殺して」いた。
今、少女はこぢんまりとした滝を――そして不思議な女を見付けた。
聞き慣れない鼻歌を口ずさみ、妙に楽しげな女は……。
何故か、「気が合う」ように思えたのである。
「……おや、可愛らしいお嬢さんですね? こんにちは」
女は丁寧に一礼する。少女と対峙した人間は須く「不気味だ」「気味が悪い」と忌み嫌った為に、女の反応は実に興味深かった。
「あの」
思わず少女は声を発した。
「はい? どうされましたか?」
「変な事を言っても良い?」
女はニコリと笑い、「どうぞ」と返した。
「私、貴女と仲良くなれそうなの」
少し驚いたような表情を見せ、それから女は人懐っこい笑顔で手を差し伸べた。
「それでは、今からお友達になりましょうか」
相通ずるものなど一つも分からなかった。相手が一体何者で、何を目指して歩いているのか……全く想像も出来なかったが、少女はある種の確信を以て、差し出された手を握った。
女はジッと彼女を見つめ、驚くべき事を言ったのである。
「いけませんね」
「何が?」
「貴女――」
とっても悪い事をしているでしょう?
女は笑みを絶やさず続けた。
「……何で分かるのかって? だって……」
とても手が温かいのに、中身は酷く冷たい――女は言った。
「仲良しの証に……名前を聞いても良いですか? 私は……まぁ、ユリィとでも呼んでください」
少女は表情を変えず……亡き両親から与えられた名を名乗った。
「――ツキーニ、私、ツキーニというのよ」
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