第5話

 オーフェン村に夕間暮れ時が訪れた。


 太陽が山々の向こうに沈んで行く光景を……村人達は毎日欠かさず、手を合わせて見届ける事になっている。作物をはじめ数多の「恵み」をもたらす赤い熱球に感謝を示す儀式を、しかしながら今――行う者は誰もいない。


 ヒッソリと静まり返る村の中心部で、一人の老人――名をパウドといった――がボンヤリと太陽を眺めている。村長である彼もまた、村の仕来りを行うはずだったが……。


 彼は手を合わせず、ただ虚ろな表情でやがて来る夜を待っていた。


 その内、村長パウドは自宅前に並んでいた薬瓶を持って来ると、その全てを井戸に放り込んだ。数本は壁面に当たり、涼やかな音を立てて中身を飛び散らせた。


 一本、また一本と壁面に直撃する。パウドはあえて――薬瓶を割っていた。


「これのせいだ、これのせいだ、これのせいだ、これのせいだ――」


 潤いの無い頬を、年老いてなお湧き出る怨嗟の涙が伝った。




 見ず知らずの私と妻に、こんなにも歓待をして頂けるなんて……本当にありがとうございます。訳がありまして、お礼など出来る状況でないのが心苦しいです。必ず……いつか必ず、貴方達にお礼をさせてください。


 薬を気軽に買えない土地なのですね? でしたら、皆さんの症状や怪我の理由を教えてください。私がピッタリな薬を調合しますよ。今はこれぐらいしか出来る事はありませんから……。今、夫に薬草を採って来て貰いますからね――。




「――クソッ、お前達のせいだ、お前達が来るからこうなったんだ!」


 惨劇の数日前、オーフェン村を出て行った夫婦の言葉を思い出したパウドは、残りの薬瓶を蹴飛ばした。触れたくもない、忌避すべき「お礼」の品に相応しい末路だ――嗄れた声で笑うパウドの目に、暗い憎悪の炎が燃え盛っていた。


「……そうだ、泥飲みのクレーネなら……」


 オーフェン村を守護する魔女なら或いは! パウドは駆け出し、彼女の暮らす沼地へと向かった。


 彼が道中で鮮血と不自然に穴の空いた地面を認め、「魔女が殺された」と思い知るのは、それから五分後だった。


 とうとうパウドは発狂し、行き場の無い怒りと悲しみが彼を包み込む。パウドは近くの大木に抱き着き、頭を何度も打ち付けた。


 六度目の打撲で彼は事切れ、ズルズルと項垂れるようにその生涯を終えた。

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