第3話

 ユリカの持つ執行用武装――多目的銃砲の有効射程距離は、「拳銃形態」の場合、約五〇メートルであった。


 現在、ユリカとクレーネの距離は一〇メートルあり、クレーネが歩いている為に秒速一メートルの速さで縮まっていく。


 ヒタヒタと濡れた足音が近付くも、しかしユリカは動かない。握った拳銃を向ける事は無く、ボンヤリとした表情で下腹部に漂う妖しげな靄を見つめている。


「悲しいか、外道」


 距離を二メートルにまで詰めた後、クレーネが言った。問い掛けからしばらく経ち、ユリカは震えた声で答える。


「はい」


 大きな帽子の下でクレーネが眉をひそめた。


「お前は、子を孕んだ女を殺した事があるか」


「分かりません」


 クレーネは続けた。


「曖昧な返事こそが、お前の残忍さをよく物語っている。見境すら無くしたか、もしくは――」


 あの――クレーネの言葉を遮り、ユリカが俯いたまま問うた。


「お願いがあります」


「命乞いか。芸の無い女だ」


「いえ、そうではなくて……」


 ユリカは顔を上げ、真っ直ぐにクレーネを見据えて言った。


「私、赤ちゃんを産めないんですよね」


「それがどうした」


「でしたら――」


 このまま殺してくれませんか?


「…………何?」


 夥しい死体を積み重ねたユリカの「降伏宣言」に、クレーネの声色が微かに上擦った。


「そのつもりだ……一つ聴かせろ、何故に突然、生存を諦めた?」


 だって……ユリカは涙ぐみながら答えた。


「貴女を殺しても、私のお腹は治らないのでしょう……、というところですね……」


「お前に相応しい言葉だな。この術は一方通行だ。殆どの呪術には『施呪せじゅ』と『解呪げじゅ』両方の手立てがあるが、宮綴じは別だ。時を重ねれば重ねる程、お前の子宮は私の魔泥によって犯されていく。完治はまず無理だな」


「……フフッ、でしたら……生きていても仕方無いです。私の負けですよ、もう」


 一筋の涙が――ユリカの頬を伝った。


「養子じゃ駄目なんです。私とあの人の……二人の血が絶対に流れている子供を育てたいんです。想い人のくれた遺伝子を受け止めるところから……子育ては始まるんですもの」


 クレーネの顔が歪んだが、構わずユリカは思いの丈を吐き出し続ける。


「……こういう方法で攻撃されるなんて、ちょっと思い付かなかったです。でもこれは私の責任……言うなれば、孝行の妻として、孝行と私の子供の母として……資格が無いという事……そう、そうなのよね……今まで頑張って来たのに……こんな形で終わるなんて……嫌だ、嫌だよぉ……ごめんなさい、ごめんなさい孝行……私、私……! 貴方の子供を産めなくなっちゃった……」


 とうとうユリカは眼前に迫る脅威を忘れ、子供のように泣き出したのである。


「うぅ……ひっく、ひっく……たかゆきぃ……」


 涙に暮れるユリカを見下ろし、クレーネは酷く呆れたような声で呟いた。


「何と――」


 身勝手な女だ。


 クレーネは両目を固く瞑って泣き喚くユリカに構わず、右手を開いて彼女に翳した。


「全く不愉快な女だ、すぐに息絶えるべき女だ」


 ボンヤリと翳した手の平が光った瞬間――ユリカは目を閉じたまま……口角を上げた。



 ユリカは握っていた拳銃の銃口を、眼前のクレーネではなく――地面へ向け、素早く引き金を引いた。

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