第3話

「欺すも何も……貴方のように嘘は言っていませんよ? 『それを使えば誰かを殺せる』なんて説明はしていません」


 おや? ユリカは抱き留めている少年の状態に小首を傾げた。


「震えていませんね? ムグル君、この後に起きる事は分かっていますか?」


 失血と激痛に蹲ったままの父親、驚嘆と絶望に失神した母親を……少年は黙したまま、観察するように視線を向けているだけだった。


「ねぇ」


 少年が口を開いたのは、父親の身体がゴトリと床に倒れた頃だった。それを見計らい、ユリカは別の拳銃をコートの内ポケットから取り出し、母親の頭を撃ち抜いた。


 暖かな屋内は、しかし深夜に似た静けさを保っている。


「お父さんとお母さんは、弱いから死んだの?」


「はい、その通りですよ。ご両親がもし強ければ、私を倒して貴方を護ったでしょうね」


「本当にそうかな」


 ユリカは少年の言葉を待つ。小さな頭脳が懸命に働く様子を、彼女は嬉しく思った。


「多分、強かったら……こんな事にならないよ。もっと、別の運命? になっていたと思う」


 賢い少年ですね――ユリカは強く少年を抱き締めた。


「それでも、遅かれ早かれ『運命』は訪れます。この後、私は貴方を殺さなくてはなりません」


「どうして? 僕の事が嫌いだから?」


「いいえ、むしろ大好きですよ。だから殺してあげるんです。お父さんとお母さんに会いたいでしょう?」


「うん」


「もし嫌いだったら、貴方の事など放って置きますからね。安心して、亡くなってくださいね」


「お姉さん、お願いがあるんだ」


「なぁに?」


「僕、お姉さんの事……ごめんなさい、大嫌いなんだ。凄く綺麗だし、優しいのに、だけど嫌いなんだ」


「人は好き好きがありますからね、仕方ありません」


「知っているよ、近所のウレアは好きだけど、モディは嫌いだもん。でも、そうじゃないんだ」


「というと?」


「僕だけじゃなくて、お姉さんの事、好きになる人は一人もいないと思う」


「厳しいですね、理由は?」


「お姉さん、とっても嘘吐きだと思う。顔も、頭も、髪の毛も、服も全部全部が――嘘みたい」


「フフッ、ここまで言われたのも久しぶりですね。これからは、気を付けて生きて行きますよ……それで、お願いは?」


「うん。僕ね、自分で死にたいんだ」


「自殺するのですか? 自殺はただの敗北ですよ?」


「負けじゃないよ、どうやったって、僕はお姉さんに勝てないんだ」


「まぁ、そうなりますかね」


「だったら、せめて自分で運命? に勝ちたいんだ。お姉さんに殺されるんじゃなくて、自分で死んで……お父さんとお母さんに会いに行きたい」


「でも、どうやって死ぬんですか? 首を吊るのは大変ですし汚れますよ? 手首を切るのだって時間が掛かるし、餓死はもっと長い時間が――」


「お姉さんのアレ、僕に頂戴」


「……これですか?」


「うん、それ。自分で撃てば死ねるんでしょう?」


「分かりました……それなら、せめて威力を最大にしておきます。瞬きする間に、スッキリと死ねますからね」


「ありがとう。恥ずかしいから、お姉さんが家の外に出て行ったらやるよ」


「頑張ってくださいね、それでは……」


「そうだ、お姉さん。お姉さんが捜している人、男の人でしょう」


「はい、そうですよ?」


「僕、その人とお話したよ。多分あの人だと思うんだ」


「そう……何か言ってくれましたか?」


「うん。『子供が生まれたら、君のような強い子が良い』って」


「……なるほど。それではムグル君、さようなら」


「さようなら」


 ユリカが家を出てから五秒後、破裂音が屋内から聞こえた。


 何かが倒れるような物音を後ろに聞きながら、彼女は至極幸福な気分になった。


「孝行――」


 私も、同じ事を思いましたよ。

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