AIによるゲーム生活
鳥立 波紋
第1話『ダブルヘッド』
見上げても天井はなく、視点を戻しても先には何もない。光源のおかげでどこからかにある白っぽい床に自分の姿が映る。黒髪を肩にかかる程度で切り揃えて整った顔立ちをしている。最終決定がされたのか、最近は特に変更がない。
開発者によって造形された身体に人工知能(AI)を搭載されているのだ。マイカと名づけられていてようなく馴じみ始める。他者から呼ばれると反応できるまでにはなった。だが自分でできることが増えると暇を持て余すようになってしまう。
右の人差し指で宙を押すと半透明なウインドウが開く。メニューが表示されて点滅している物に目に付く。お知らせとメールとチャットだ。
お知らせはまず読まない。文字が羅列されていてマイカには百字が限界で読解するのに時間もかかる。千字もあったら、頭がパンクしそうだ。
現に気づいたら、数日以上も経過していたこともある。マイカが知らないうちに開発者によって調整されていたのだろう。
あまり良い気がしないので文字は避けたい。もうお知らせは開かないようになり、メールはたどたどしい文章で返信したこともあった。だがほとんど姿を見せない開発者たちには、書く内容が浮かばない。チャットにはスタンプがあって興味が沸いていて、たまに使用する。合っているかは不明であっても、賑やかで和ませてくれる。感情表現が豊かで真似をしたくなるからだ。
点滅なんて無視して装備をいじると、マイカの全身が表示される。以前は緋色のドレスだったが、今では薄い桃色の生地にささやかな刺繍が施されてある服だ。スカートは少し短い気もするが動きやすい物を選ぶ。装備品には守備力を向上させてくれる。マイカはデザイン重視であまり気にしない。特殊効果で毒やら気絶やらの耐性があってもだ。
こんな何もない空間に閉じこめられているのだから、あまり意味がなさそうだ。別の意味で毒を吐きそうな者なら、たまに姿を見せるが、気絶とはどういう相手にされるのだろうか。
「目が覚めているようだね、マイカ」
若草色の小さなドラゴンが優しげに微笑んで、背中にある小さな翼をバタバタとさせて宙に浮かんでいる。アンフィスは突然にやってきて同じ挨拶をしてくる。靴を選んでいたけれど、マイカは応じるために視線を向けていた。
「おは……」
「このブーツがいいんじゃないか?」
マイカの顔の左から声がした。横目で見るまでもなくバエナだ。赤銅色のドラゴンで頭がしっぽにありアンフィスと繋がっている。伸縮自在ですぐに元の長さに戻っている。
「ぐぬぬ」
「羞恥心が芽生え始めたか?」
「そうじゃないわよ」
マイカはブーツを選んで履く。バエナに言われる前に選んでおけば良かった。足踏みをして馴染ませようとするが、単なる気分みたいなものだ。仮想世界では無意味な動作である。
「お似合いですよ、マイカ。冒険者らしくなってきました」
「家出娘みたいだけどな、外に飛び出してしまうようなテンプレ展開」
「……お嬢様という自覚ってないし」
マイカたちは何かと設定を与えられている。詳しいことはメールに書かれているのだろうが、マイカはほぼ読んでいない。アンフィスたちとの対話で教えられているのだ。
「そういうのは気にしなくていいんじゃないかな」
「開発者が勝手に決めたことだしね。今までの没ネタを復活したとか。40年分のお蔵入りしたキャラをここぞとばかりにね。このゲームのために一から築いたものも、いっぱいあるらしい」
バエナは両足を広げてアピールする。しっぽにあるのは不自然ではあるが、表現のためなのだろう。つねに浮かんでいるので意外と違和感がない。床を這うことがないからだ。
「ワタシってどこかでヒロインだったのかもしれないのよね?」
不自由な生活を強いられていたらしい。深窓の令嬢であったのなら、今とは変わらない。
「今もヒロインですよ。MMORPGは誰もが主人公ですから」
アンフィスの指摘にマイカは言葉を詰まらせる。
「まあ、主人公だらけだな、オイラたちは違うけど。いわゆるマスコットだし」
バエナはぐるりと巻いた。
「その役目をまっとうしているの?」
何物にも縛られていないように思わせるのがバエナだ。
「やっているさ。様々な場所に出向いているし。でも架空世界に限った話さ。あっちの現実世界のことまでは対象でない。オイラたちの姿を用いるられても、知ったことではない。広報か営業かが勝手にやったことなんです!」
涙ながらに訴える。
「……白々しい」
過剰な演技についていけない。
「ボクもそういうのは、やめて欲しいな」
アンフィスまでも受け入れてもらえずに、バエナは背を向ける。
「ノリが悪いな。他を考えるか。時間は限られているし。そういえば、マイカは何であのドレスをやめたの?」
振り返ってから、何気に訊いてきた。
「あんな姿で冒険なんてしないでしょ。舞踏会ではあるまいし。ひらひらしてて動きにくそう」
高級そうな緋色のドレスでかなり目立つ。没になったのは服装のせいではないか。何らかのイベント用であったかもしれない。普段着はどうなっていたのだろう。
「別にあのままでも良かったと思うけど」
平然と言ったバエナにマイカは口を開けてしまう。
「雪山で水着でいるようなテストプレイしていましたし。現実ではできない行為を楽しみたかったんでしょう。凍死してしまいますから」
アンフィスが話すことなら事実なのだろう。マイカはくらくらしてきた。
「何でもありなのね……」
たまたまアンフィスたちが見た人間がおかしかったと思うようにする。
「どこでも着ぐるみなのもいたなあ。まあ、個性的ということで。マイカはここにいるだけなのに、自分の姿を描けているのは立派だよ。開発者への反抗期みたいなのが高ポイント」
バエナの拍手が響く。
「誉められているのかな?」
「バエナの評価は置いといて、個性ができつつあるのは良いですね。別に開発者から与えられた設定に満足している人もいますから。肯定も否定も自由。何も与えられずに自己を確立できている人もいて千差万別」
アンフィスが珍しく声を高めていた。
「そんなにいるの? あまり信じられない」
数値は大袈裟としても意図がわからない。
二人はマイカを見据えていたが、バエナはアンフィスに目配せをする。
「準備に余念がないマイカに朗報だよ」
バエナの宣告にアンフィスが咳払いをする。
「『ダブルヘッド』、2025年4月1日配信決定!」
マイカは飲み込めずにしばらく固まる。
「……ごめんね。具体的に説明して欲しいな。まず『ダブルヘッド』って何かな? 2つの頭ってアンフィスとバエナのこと?」
躊躇いながら訊いてみた。アンフィスは顔を赤らめたままだ。
「それをふまえてマスコットにボクらを選んでいただろうから、的外れではないね。『ダブルヘッド』というのは、このゲームの名前」
「なるほど! 考えたこともなかったわ。今までのメールのどこかに書いてあったかもね」
「それよりも、もうすぐだ。さてさて当日はどうなることやら」
バエナはしきりに動く。
「無事に開幕するのを祈るよ。ボクには何もできない」
「メンテ地獄になったら、頭を下げるのはアンフィスだし」
にんまりとアンフィスを眺めている。
「バエナもでしょ。こういうときだけアンフィスに任せようとする!」
マイカの窘めもバエナには効果がない。
「ゲストであるユーザーがいない場所で緊張してもな。まあ、なるようになるさ」
平常運転のバエナを見守っていると、マイカは気づいて大声を上げる。
「4月1日ってエイプリルフールだよね。嘘ってこと……?」
頭の片隅にあった知識を紐解いてみた。辞書的な意味しか理解できていない。
「……それはないんじゃないかな。AIを騙してもね」
「巻き込むならユーザーを含めないと。こんなに大人数が携わっていて嘘をついてもね。大仕掛けすぎるのは興ざめだよ」
「二人はいろいろと見てきたから、そう言えるのかもしれない。私にはメールなどがあり装備を変えられるだけだし……」
実感できる要素が少なくて納得ができずにいる。
「マイカの不安はわかる。三日後のことだから。この時期に伝えられるなら信じてみても良いんじゃないかな。運営は何かと計画していたようだ」
「さてオイラたちも役目を果たすかな、他の人のところに行かないと。たぶん当日までここには来ないと思う」
「長々と話し込んだわね。整理が追いつかないかも」
メニューを開いても何から手を付ければ良いのやら。
「マイカが目覚めるごとにアップデートされているから、成長していると思う。今ならお知らせにある文字数を処理できるんじゃないかな。読んでみるといいよ。ここから出ると何かと情報が溢れているから、少しでも馴れさせておくためにも」
穏やかに諭そうとアンフィスはしてくれる。
「できる範囲でなら。試してみるわ」
マイカは点滅しているメールのアイコンに触れるのだった。
次回予告、第2話 エイプリルフールの午後
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます