第39話 粋な王女

 皆でくだらない談話をしていると、奥から扉が叩きつけられる様な音がした。

 どうやら会議が終わったらしいけど、玄関ロビーに現れたのは宰相一人だけだった。

 そして、足を踏み鳴らす強さから彼は憤っている様子だった。

 これは予想だが、姉さんが彼をフルボッコしたと思われる。それ以外に宰相が怒る理由が見つからない。

 宰相はサロンの横を通り過ぎる際に俺達を睨んできた。


「異邦人のロクデナシ共が!」


 彼は舌打ちをして捨てセリフを吐いたから逆に鼻で笑ってやった。


「この国の貴族って奴は上から下まで品のないクソばかりだな」


 俺が言い返すと宰相が足を止めてソファーに座る俺を見下ろした。


「ただの異邦人風情が偉そうにほざくな」

「そう言うお前の体臭からは政界に漂うクソが詰まった便所の臭いが漂ってるぜ」

「お前如きに何が分かる!」


 俺のおちょくった態度に宰相が怒鳴った。


「クソに塗れた中年オヤジの事なんて分かるかバーカ。テメエの腹を割って、クソを詰め込んだ小腸を口に入れるぞ」

「クソガキが……」

「はははっ。そう、怒るなよ。褒めただけだ……その……色彩に富んだ言葉でな」


 笑って肩を竦めると宰相は再び俺を睨んだ後、自分の従者を引き連れて玄関へと消えた。

 ちなみに、ラディッツは彼等の最後に居たので、背中に貼った『ホモ進入禁止』の張り紙は誰も気づかずにいた。




「アンタねぇ……誰にでも喧嘩を売るのは止めなさいよ」

「諦めろ。コイツは自分自身に自分は異常者だと言い聞かせて異常な行動を取っているが、本当は普通の思考をしていると勘違いしている異常者だ」


 ステラが溜息を吐いて、ロビンが意味の分からない事をほざく。


≪レイちゃん、今いいかしら?≫


 文句を言おうとしたタイミングで、姉さんからチャットが入った。


≪何?≫

≪応接室に来て欲しいんだけどいいかしら? ジュレマイス様から話があるそうよ≫

≪俺に? 呼ぶ理由が分からねえな≫

≪あら、記憶障害かしら? 昨日の事件の発端で当事者は誰だったかしら≫


 それを言われると何も言い返せない。


≪分かった。そっちに行くよ≫


 姉さんとのチャットを終わらせると席を立つ。


「王女様に呼ばれたから行ってくる」


 応接室に行こうとしたら、ジンが俺の後を付いて来ようとした。


「お前はどこにでも付いて行こうとするんじゃない。そこでロビンとじゃれてろ」

「はぁ? 私が相手にするのか?」


 ジンと一緒にロビンが困っていた。




 会議室の前に立つとドアをノックする。

 ここに来る途中で何か面白いノックでもしてやろうかと考えたが、先ほどロビンが言っていたクソ長いセリフだけど結局、「コイツはイカれている」と言われたのを思い出して、たまには真面目にしようかと考える。だけど真面目に生きて何が楽しいんだ?


「入っていいぞ」

「失礼します」


 中から義兄さんの声が聞こえたからドアを開けて、真面目に礼儀正しく中に入る。

 上座の奥の席には王女が座っていて、その斜め背後に従者であろう渋いおっさんが立っていた。

 一番手前の席には義兄さんが座って、王女様から見て右の席は奥にアルドゥス爺さんと姉さんが座っている。

 反対側の左の席の手前にヨシュアさんが座り奥の席だけが空いていた。


「空いてる席に座ってくれ」

「はい」


 義兄さんに促されて真面目に頷くと、鞄からパイプ椅子を取り出して義兄さんの横に座った。

 だって、空いてる席が王女様の横だぜ? 美人の横に座るのは嬉しいけど、昨日の凶暴な姿を見たらチョット怖い。


『…………』


 俺の行動を見て全員が固まる。


「えっと、どうかした?」


 俺が首を傾げていると、横の義兄さんが溜息を吐いた。


「お前、少しは真面目に生きろよ……」


 どうやら俺に真面目な生き方は無理らしかった。




「レイちゃん、大丈夫だからジュレマイス様の横に座って」

「……まあ、いいけど……王女様の横とか、煩悩が爆発したら止めてくれよ」


 姉さんから言われてパイプ椅子をしまうと、ヨシュアさんの隣の空いているソファーに座る。

 王女は先程からの俺の行動を見ても怒る事なく、俺を観察しつつも微笑んでいた。


「レイ、ジュレマイス様の前だ、フードを取れ」

「へいへい」


 義兄さんから叱られてフードを捲り素顔を晒すと、ジュレマイス様と後ろの従者が高速で二度見して驚いていた。


「ふむ、面白いだけの男かと思ったら、なかなかの美形で驚いたぞ」

「俺は親切が取り柄だからな。人生がつまらなそうな奴を見ると驚かせて、辛そうな奴を見ると地獄へ突き落すのが好きなのさ」


 ついうっかり何時もの口調で話し掛けると、ジュレマイス様の後ろの従者が俺をジロっと睨んだ。


「おいおい、後ろの突っ立っているおっさん、そんなに見つめるなって。自分の股間を見てみろよ、大事な一物も元気におっ立ってるぞ。ここで性処理をしても俺は構いやしないけど、ティッシュは持っているんだろうな」

「なっ!」

「はははっ。デニス、落ち着け。ただの冗談だ」


 後ろの従者は怒鳴ろうとしたが、それをジュレマイス様が止めていた。


「滅多に話せぬ異邦人との会話だ。普段の堅苦しい言葉を使わずに済むから私も気楽で良い」


 ちなみに、姉さん以外の皆は俺とジュレマイス様の会話を聞きながら冷や汗をかいている様子だった。

 姉さん? まあ、この人はフリーダム、いや、マイペースな人だから問題ない。


「へー。王女様って言うから堅苦しい性格だと思っていたけど、なかなか気さくでイイじゃん」

「そうか? 年下の麗しい男性に褒められるというのも、案外嬉しいものだな」


 ジュレマイス様は俺との会話を楽しみだしたらしい。笑顔で俺との会話を続ける。


「近くでみたら惚れ惚れするような美人だしね。だけど一つだけ残念なのがあるけどな」

「ほう? 残念なのはどの部分だ? 是非教えて欲しいな」


 興味を抱いたのかジュレマイス様が質問してくる。


「そりゃもちろん、アンタが王族ってところさ。それさえなければ完璧だと思うぜ」

「あははははははっ」


 それを聞いたジュレマイス様が腹を抱えて笑い出した。


「これはなかなかの傑作だ。王族である事が唯一の残念と言われたのは初めてだぞ。それに、私もその意見には賛成だな」

「ジュレマイス様!」


 ジュレマイス様に背後の従者が慌てて止めようとするが、それを阻止して彼女が話を続ける。


「良い、構わぬ。それに考えてみろ、彼は王族という立場ではなく私自身の評価をしてくれたのだ。今まで王族である私を評価する者は大勢居たが、私自身を見てくれたのは彼が初めてで嬉しく思うぞ」

「はっ!」


 ジュレマイス様の話に衛兵が直立不動になる。


「よく分からねえが不憫な人生だな。強く生きろよ」

「ああ、強く生きてみせるさ」


 俺の冗談にジュレマイス様がニヤリと笑っていた。




「レイちゃん、帰る時の宰相の様子はどうだった?」


 俺とジュレマイス様の会話が終わるのを見計らって、姉さんが宰相について尋ねてきた。


「ああ、さっき会ったぜ。従者のムスコとケツが繋がってたけどな」


 冗談に義兄さんとヨシュアさん、アルドゥス爺さんがため息。ジュレマイス様が笑って従者は呆れた様子だった。


「実際は?」


 質問した姉さんは冗談を軽くスルー。


「俺達を見て「失せろクズ、ケツを蹴っ飛ばすぞ」って感じだったな」

「それで、レイちゃんは何て言い返したの?」

「もちろん、「お前のケツからクソの臭いが漂うから、今すぐ直腸洗浄してこい」って言い返したよ」


 それを聞いた姉さんとジュレマイス様が大笑いをして、他の皆の雰囲気も明るくなった。


「一体、あの宰相に何を言ったんだ? メスを目の前で寝取られたゴリラみたいな感じだったぞ」

「宰相さんは欲しかったお金が手に入らなくて悔しがっていたのかしらね」


 俺が姉さんに尋ねると、先ほどの会議の内容を教えてくれた。




 まず宰相から国王派のアルドゥス爺さんに、財産を根こそぎ盗まれたランディー侯爵邸の賠償を支払うように命じたが、アルドゥス爺さんは盗みに入ったのは泥棒のアサシンで「儂、関係ないし」とすっとぼけた。


 アルドゥス爺さんが駄目なら、今度は『ニルヴァーナ』に対して賠償を命じるが、義兄さんは「うちのギルドにアサシンなんて居ないし」と、アルドゥス爺さんと同じようにすっとぼけた。

 姉さん曰く、この時点で宰相の怒りゲージは40%ぐらいだったらしい。


 それでも宰相は諦めず、「異邦人からの通報でアサシンがここに居るのは分かってる!」と怒鳴り、賠償しないなら『ニルヴァーナ』が冒険者ギルドに預けている預金を凍結すると宣言した。

 それに対して、姉さんが「どうぞどうぞ。だけど昨日のうちに全額引き出したから、預金額はゼロよ」と答えたら、口をあんぐりと開けて固まった。

 それならばと、『ニルヴァーナ』が運営している『ローズ商会』を寄越せと言ってきたが、今度はヨシュアさんから「『ローズ商会』は株式会社で『ニルヴァーナ』はその5%しか経営に関わっていないし、『ローズ商会』の本社はアース国だから、没収した場合アース国との国際問題なになるがそれでも良いのか?」と問われると、『ローズ商会』の経営方法まで知らなかった宰相は「え?」と驚いていた。

 どうやら、宰相は『ニルヴァーナ』が『ローズ商会』の全てを握っていると思っていたらしい。

 そして、今まで傍観に徹して話を聞いていた王女から、『ローズ商会』を奪う行為は国際問題になりうる可能性があるから、没収をしないように宰相に命じた。


 これで貴族派の本来の狙いが『ニルヴァーナ』の財産であると予想して、事前に対策を取った作戦は見事に的中。防衛に成功していた。

 ちなみに姉さん曰く、この時点で宰相の怒りゲージは100%に達していたらしい。


 執拗な宰相からの攻撃が終わると、今度はアルドゥス爺さんから証拠不十分でシャルロット家が権利を持つ『ニルヴァーナ』のギルドホームを差し押さえようとした事。

 そして、その証拠を手に入れるために、別の罪で牢屋に入っていた俺を拉致しようとした事。さらに、拉致から免れた俺と義兄さんに対して、『ラブ&ピース』を荒廃した土地を与えるという条件で傭兵として雇い、捕らえようとした事。

 以上の内容を立て続けに宰相に質問して問い詰めると、彼は全てランディー侯爵がやった事だとしらを切った。

 それに対して、義兄さんが「あんた自らセシリアに土地を与えるって約束したらしいけど、あれは嘘なのか?」と問われると、そんな事は約束した覚えもないし記憶もないと政治家が使うベタな回答をした。


 さらにブックスさんが集めた裏カジノの脱税資金が最終的に宰相の隠し資金として集まっている証拠をアルドゥス爺さんが突きつけると、とうとう宰相が席を立ち王女の目の前にも関らず「俺は知らん!」と叫んで、王女に別れの礼もせず部屋から出て行った。




「話がクソ長かったけど、結局、宰相が狙っていたのは予想通り『ニルヴァーナ』が持っている金だった訳か……」

「その通りよ。結局、彼は何一つ手に入れることはできなかったけどね」


 姉さんがにっこりと笑って答えたけど、その微笑ましい笑みに黙れされてはいけない。この女は姑息な笑いを隠して可愛い笑顔にする特技を持っている。


「全くもって嘆かわしい。儂が少し居ない間にここまで酷くなるとは思わなかった!」

「そうだな……アルドゥスが居た頃は均衡を保っていたが、枷が外れた途端一気にこの様だ。私も何とかしたかったのだが……一人では貴族派を圧さえきれなかった。済まない」


 横で話を聞いていたアルドゥス爺さんが怒りを含ませ溜息を吐くと、ジュレマイス様がアルドゥス爺さんに謝罪していた。


「いや、ジュレマイス様が謝罪する必要はございません」


 ここまで話を聞いてれば誰でも分かるが、アルドゥス爺さん率いる国王派はジュレマイス様の味方らしい。だけど、今の会話に一つだけ引っかかる話があった。


「一人? この国は王女がトップなのか? それなら女王になると思うけど?」


 俺がジュレマイス様とアルドゥス爺さんに質問すると、二人だけではなくジュレマイス様の後ろに控える従者のデニスも顔をしかめた。


「……そうだな。もしかしたら異邦者なら何とかしてくれるかもしれないな」

「ジュレマイス様!?」


 ジュレマイス様が重い口を開くと、従者のデニスが慌てる。彼女がデニスを制すと俺達に国の実情を話し始めた。


「実は、私の父は病気で床に臥せっている」

「性病か?」

「ブハッ!!」


 俺の冗談にジュレマイス様が吹き出す。そして、彼女の背後のデニスがキレて腰の剣を抜こうとしていた。


「失礼。少し冗談が酷すぎた」


 すぐに謝罪したが、ジュレマイス様は笑いのツボに嵌って、必死に笑いを堪えて話せる状態じゃなかった。




「ふむ。ジュレマイス様が話せる状況じゃないので、儂が話そう」


 横で今も笑いを堪えてソファーに蹲るジュレマイス様を横目で見て、アルドゥス爺さんが口を開いた。


「ああ、頼む」

「うむ。それで、王の容体だが、病に侵されていると言っても実は毒で倒れているんじゃ」

「毒?」


 首を傾げると、爺さんが話を続ける。


「あれは一年前の事だが、王は前日まで普通に政務をしていたのに、翌日女中が起こしに行くと昏睡状態になっていて、城の治療師が調べた結果、毒であると判明したんじゃ。

 治療師でも何の毒なのか分からなかったのだが、その毒はどうやら飲んだ者を昏睡させて少しづつ体力を奪い、やがて死に至るらしい。

 それで、王が倒れている間、まだ幼い王太子であるルイ様が王の代理となって、その後継人兼摂政として宰相が就いたのだが、同時に貴族派が政務を乗っ取り始めたんじゃ……」


 アルドゥス爺さんの話を聞いて、肩を竦める。


「専制政治から摂関政治に変えようって感じか?」

「そうかもしれんのう。宰相は自分の娘をルイ様の婚約者にした事からも、後々自分がこの国を乗っ取るつもりでいるのは確かじゃい」

「適当な男爵令嬢を王太子に惚れさせて、その宰相の娘を悪役令嬢にして追い出してやれ」


 俺の冗談にアルドゥス爺さんが、さすがに身分が違い過ぎて無理だと答えた。だけど、身分の違いを覆してこそ、ベタな異世界恋愛ストーリーなのだと思う。


「ふむ。もし俺が国を乗っ取るとしたら、民衆なんて無視して金と権力と軍隊を掌握するけど、アルドゥス爺さんが騎士団を追い出された時期はやっぱり一年前か?」


 俺の質問にアルドゥス爺さんが頷く。


「さすがレイ殿だな。察しが良い。儂が騎士団長を解任されたのが11カ月前で、その後任に就いたのが宰相の子飼いのハミルトン伯爵。上に媚を売るしか能のないボンクラとしか言いようがない。

 ただ、近衛騎士団長だけは何とかジュレマイス様を就ける事ができたから、軍によるクーデータだけは押さえている。

 それと、魔法省は才能重視だから、宰相でも動かすことができず、現在は中立の立場じゃ」

「まとめると、今のところ政治は貴族派が押さえて、軍隊は均衡を保ち、財力は……どっちだ?」

「今のところ、貴族派だな」


 俺が考えていると、笑いのツボから復帰したジュレマイス様が答える。


「まあ、それもアサシンのおかげで少しずつ削いではいるが、それでも汚職政治による資金源は失われていないだろう」


 その後、いくつか質問して、王太子のルイ様がまだ五歳であること、国王に毒を盛った犯人は分からず、その国王は城の治療師によって何とか生きている事を教えてもらった。




「大体の事情は分かったけど。事情聴取って雰囲気じゃなさそうだし、俺を呼んだ理由は何?」

「レイちゃんが持っている調合の本に毒の事が何か書いてないかと思って呼んだのよ」


 俺が尋ねると、姉さんが呼んだ理由を教えてくれた。

 だけど、サロンでも話したが、まだ俺のスキルレベルが低くて解毒方法は分からない。


「まだ俺のスキルが低いから、毒までは分からないな……」

「だったら、レイちゃんの師匠って言う人に聞いたら分かるかしら?」

「師匠? 海の向こうだぜ? 今から手紙を出しても返答までに、この世界の時間で何カ月も掛かるだろうし、俺も病人だから分かるけど病名を見つけるのって難しいんだ。手紙を書いても今の病状だけで毒を判断するのは無理じゃないかな?」

「そう……」


 俺の返答を聞いて、全員がっかりとしていた。

 だけど毒か……ああ、羨ましい。俺も毒を使って戦えることができれば、戦闘が楽になるのに……ん?


「ああ、そう言えば、この国にも毒専門の奴が居たな……」


 俺が呟くと、この部屋の全員が俺を注目していた。

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