第6話 両手持ちの盾
実際、ブラッドにジョーディーさんの料理を食べさせるかを決めるのは大人組がログインしてからだと思うけど、今回コイツがしでかした事はけっこう大きな問題だと思うので、警告も兼ねて刑は執行されるだろう。
ブラッドもそれを分かっているのか、俺の胸ぐらを掴んで「薬! あれに抵抗できる薬をくれ!!」と泣き叫んだが、ジョーディーさんの料理は毒じゃないから毒消しを飲んでも効果がない。
俺も二回食べたけど、あれは胃腸薬なんかじゃ太刀打ちできない破壊力がある。二度目なんて食べたら口の中が爆発したけど、ゲームだからと言っても酷い。
取りあえず胃腸薬と毒消しを混ぜたものを作る約束はしたが、恐らく気休めにもならないだろう。
それでもブラッドは鼻水を垂らしながら喜んでいた。汚いから鼻水を俺の服に押し付けるのは止めろ。
ステラはブラッドに対して義兄さんに報告すると言ったが、ジョーディーさんの料理を食べさせるという俺の発言に驚いていた。
どうやらそこまで酷い罰を与えるとは思っていなかったらしい。先程の怒りは消え失せて、ブラッドを見て憐れんでいた。
チンチラもステラと同じようにブラッドと俺を見て、何とも言えない表情を浮かべている。
何となく腐女子の飯を食え発言をした俺が悪人の様な立場になっている気がするけど、悪いのはブラッドだから俺を悪人にする空気を醸し出すのは止めて欲しい。
「どうせゲーム時間で何日かは義兄さん達もログインしないんだから、とっとと帰ろうぜ」
ここに居ても仕方がない。俺が歩き始めると他の三人も頷いて街へと向かった。
夕方にキンググレイスの街へ到着すると、三人と別れて俺だけ一人自宅へと帰る事にした。
チンチラからギルドハウスに行かないのかと問われたけど、ブラッド用の薬の素材を買いに行くと遠回りになるから、自宅に帰ると言って断る。
俺の返答にチンチラが寂しそうだったけど、男を誘うテクニックを女子高生で身につけるのは少し早い。
三人と別れて、素材屋へと向かう。
ちなみに、三人はギルドハウスに戻ったら一度ログアウトして義兄さん達がログインする頃に再ログインすると言っていた。俺もブラッドの薬を作ったら、一度ログアウトする予定。
だけどさ、ブラッドはログアウトして晩飯を食べてくるらしいけど、飯食った後でマッド料理を食べたら現実でも吐くんじゃね?
朝も通ったマーケット通りに入ると、夕方の忙しさも終わったのか屋台の人達は片づけを始めていた。
その様子を見ながら通りを歩いていると……。
「でっていうー」
「ぐは!」
不意を突かれて、ヨツシーの桃がブチ込むスピアーを腹に喰らった。
「ぬおおおおお!!」
倒れた時に後頭部を地面に打ち付けて、頭を抱え床を転げ回る。
「Who's Next? あれ? 金が居た」
だから人を金と呼ぶんじゃねえ!
騒動に驚いた周りのプレイヤーやNPCは、またかという様子で俺達を見て呆れていた。どうやら、出会って4秒でスピアーは日常と化しているらしい。
涙目でふんぞり返る桃を睨むと、その桃に影が差し込んだ。
「ぐへっ!」
桃がハッ!! と振り返るのと同時に、ゴン!! と広場に音が響いて桃が吹っ飛ばされた。
殴った犯人を見れば、額に青筋を浮かべたマリアが、メイスを持って倒れた桃を睨んでいた。
地面に倒れた桃が鼻血を垂らして気絶する。どうやら振り返るのと同時にメイスが顔面に直撃したらしい。相変わらずマリアの攻撃がえげつない。
「その呼び込みは止めろと何度言った? それでどれだけ顧客が離れたと思ってるんだ」
ヨツシーの店は相変わらず接客を舐めているらしい。頑張って育てた生産スキルも舐めプな経営で水の泡。
「すまないな。詫びに茶でも飲んでいけ」
立ち上がった俺にマリアが謝ったけど、コイツの狙いは俺が婆さんから貰っている茶なのを知っている。どうやら一度飲ませたらはまったらしい。俺が店に行くたびに茶を奢ると言いながら、毎回俺が奢っていた……相変わらず俺は客扱いされていない。
マリアが気絶している桃の襟を掴み、床を引き摺ってヨツシーの店に入ろうとしたら、この騒動を見ていた群衆の中から警笛が聞こえて数人の衛兵が現れた。
桃の鼻血で衛兵の警備スキルが発動したと思われる。
衛兵の一番偉そうな人がマリアの前に立つと、思いっきりため息を吐いた。
その衛兵のリアクションで、何となく今後の展開が予想できた俺は凄いと思う。
「また、君達か……」
予想通り。この茶番劇は毎回繰り広げられ、騒動が起きるたびに衛兵の警備スキルが発動して無駄骨を折っているらしい。
「ああ、すまんな。今回は打ち所が悪かった。次からは気を付ける」
「はぁ、まったく。次からは血は出さないように殴れよ」
そう言って衛兵が去ったけど、そんなザル警備で良いのか? 暴動起こすぞ!
何事もなく茶番劇が終わったけど、結局、俺ってやられ損じゃね?
店に入ると、所狭しと武器や防具が並べられていた。一応商売はしているらしい。
「適当に座れ」
椅子ねえし。
マリアが桃を床に投げ捨てた後、座れと言うけど椅子がない。この店は客を床に座らせるのか?
店の中を探すと商品の間に立て掛けられていたパイプ椅子を見つけて、カウンター前で広げてから座る。
「ふむ、茶が切れているな。すまんが茶葉を持ってないか?」
マリアがチラッチラッと俺を見ながら下手糞な演技で茶葉を要求してくる。
一応、商品をまけてもらっているから何とも言えないが、回りくどい演技がうざい。
茶葉を渡すと「すまない」と言いながら無表情に受け取ったが、口元の笑みが隠れてなかった。マリアが湯を沸かしている間に店の商品を見て時間を潰す。
適当に武器を手に取って見ると、生産者の品質は最低だが作成品の品質は優れていた。
しばらく待っていると、茶を入れたマリアが椅子に座って煙草に火をつけた。
「それで今日は何しに来た?」
……コイツ、何言ってるの? その質問に驚き、思わず眉をひそめた。
「普通に道を歩いていたら、タックルを喰らっただけだけど……」
そう言って床で寝ている桃を指さす。
「……そう言えばそうだったな」
マリアが茶を飲みつつ、桃を見て首を横に振った。
「……俺の茶は?」
「……ああ、湯は沸いてるから適当に入れてくれ」
「…………」
「それで景気はどうだ?」
自分で茶を入れてから、マリアに質問する。
「あまり良くはないな」
「やっぱり問題は接客か?」
その根本の原因である桃を見ると、花提灯を出しながらぐーすか寝ていて殺意が沸く。
寝顔は可愛いのに鼻孔から頬を伝う渇いた鼻血の後が酷いし、血で赤い花提灯が滑稽に見えていた。
「それもあるが、一番の原因はプレイヤーが金を持ってない」
「あーー。そんな話をチラっと聞いたな」
ついさっき、ブラッドがやらかした話を聞いた時にステラがそんな事を言ってた。
「レベルが低くても何とかなると思っていたプレイヤーの殆どが撃沈しているらしい」
「ふーん。今日、郊外のモンスターを倒してきたけど、そんな強い感じはなかったけどな」
ブラッドはぶっ飛ばされたけどな。
「それはお前が『ニルヴァーナ』だからだ。お前達の装備と実力は他のプレイヤーとは一線を越えている」
「そんなもんかね。だとしたら客が居なきゃ店は当然赤字か?」
この質問にマリアがニヤリと笑い返した。
「実はそうでもない」
「ほう?」
「確かにキンググレイスのプレイヤーは金を持っていないが、海を渡っていないプレイヤーはそこそこ金を持っているからな」
「貿易でもしているのか?」
「ご名答。アビゲイルに頼んで武器を輸出している」
さすが商売人。使えるコネは何でも使うらしい。接客は下手だけど。
「なるほどね。だけど国を挟むから関税が高そうだな」
「そんな事はないぞ。何故なら関税を通していないからな」
「ちょっと待て!」
「何だ?」
「いきなり脱税か!」
最初から犯罪のスメルが漂う発言だな、オイ!
「少し違うな。貿易と言っても、私達の武器をレッドローズ号の乗組員が予備として購入しているだけだ」
「……どういう事?」
「説明するとレッドローズ号の乗組員が各個人でうちの武器をポケットマネーで買っているから、関税が免除されている」
なるほど、確かにそれは脱税じゃない。だけど……。
「密輸だバカヤロウ!」
「うむ」
「「うむ」じゃねえよ! 脱税より質が悪いじゃねえか!!」
知り合いが何時の間にか死の商人になっていたでござる。
「だけどアビゲイルも乗り気だったぞ」
さすが元海賊だな。軽い気持ちで犯罪に手を染めてやがる。
「だけど、ヨツシーの面子がこっちに来てるって事は、向こうでの販売のルートがないだろう」
「以前生産素材を提供してもらった雑貨屋を覚えているか?」
「……ブロックだろ」
あのクソカップルを思い出して、心の奥で生まれた殺意が核ボタンを押したいと叫んでいる。
「アビゲイル達が自分のところのローズ商会で武器を売ると足が付くからと言って、代わりにあの雑貨屋で売りさばいているらしい。向こうだと、NPCの店が品質の良い武器や防具を売ってると、隠れた人気らしいぞ」
雑貨屋だから武器を売るのもアリなのか? 雑貨屋の範疇を超えてる気がするのは俺だけか?
「株主として、こんな話は聞きたくなかった……」
俺の呟きにマリアが思い出したようにポン! と手を叩いた。
「株と言えば、私達もローズ商会の株を買ったぞ」
「ん? あれって非公開だから買えなかったと思ったけど?」
「ああ、現金の代わりにアビゲイルに頼んで、ローズ商会の株を購入させてもらった」
「何で?」
「桃が絶対に儲かるって言い張って、アビゲイルを押し倒して無理やり譲ってもらった」
どうやらアビゲイルもスピアーの餌食になったらしい。
「私とルイーダは現金の方が良かったのだが、実際に儲けが出始めているから、正解だったのだろう」
「ふーーん」
話を聞きながらズズズッと茶を飲む。
ヨツシーが儲かろうが損しようがどうでもいいよ。そんなことを考えていたら、横から笑い声が聞こえた。
「ほほほっ。私達が生産者のトップになったのも、商売がうまくいっているのも、全部私が
何時の間にか復活していた桃がドヤ顔の表情を浮かべて笑っているが、その前に鼻血を拭え。
ゴン!
「ぐはっ!」
青筋を浮かべたマリアがメイスをぶん投げると、桃の頭にメイスが突き刺さり叫び声が店に響き渡った。
「うぃー。今、帰ったぞー」
倒れた桃の鼻血で額に「鼻血ビッチ」と書いていたら、玄関からヨツシー最強のフリーダム、ルイーダが帰ってきた。ちなみに、手に付いた血は桃に舐めさせた。
肩甲骨の辺りをボリボリ掻きながら、おっさんみたいなセリフを吐く姿は干物女を通り越して女を捨てている。
女を捨てていると言えばヨシュアさんも捨てているが、あれは奇麗な捨て方でこっちは最低の捨て方。
「久しぶりだな」
「…………」
ルイーダに挨拶すると、俺を見て少し考える様子を見せた後、無視して奥へと消えて行った。
どうやら俺が誰だか忘れたらしい。だけど、忘れたとはいえ客に対して無視はない。最低でも「いらっしゃい」ぐらいは言えと思う。
「なあ、マリア」
「なんだ?」
「ゲームとはいえ、一度ぐらい社員教育をしたらどうだ?」
「店長があれだぞ」
そう言って床で気絶している桃を指す。
「えっ? ……ここの店長ってマリアじゃなかったのか」
「違うな。ちなみに、武器を輸出する案や方法を考えて決めたのは全部コイツだ」
「……チョット待って、思考が処理できない。いや、むしろ拒絶反応を起こしてる」
「ああ、桃は性格はあれだけど経営の才能があるんだ。さきほどお前にタックルを決めたのも、金のにおいがしたからだろう」
金のにおいってどんな匂いだ? 自分の脇のにおいを嗅いだけど、そんなにおいは微塵もない。
「金のにおいは知らんが、この女は親の愛情不足で道徳をなくしたか? 俺から見れば犯罪に手を染めてる時点で、理性すらなくしてる様に見えるけどな」
まあ、盗賊の俺も人の事はあまり言えない。
「うむ。その意見には同意しよう」
二人して床に倒れている桃を見る。何となく額に描かれた「鼻血ビッチ」がマヌケだった。
「んじゃ。茶も飲んだし、そろそろ帰るわ」
「ああ、引き留めてすまなかったな」
そもそもここに寄る予定はなかったし、来るたびにモラルがゴリゴリ削られて精神的にくたびれるから近づきたくもない。
「待ちなさい!」
俺が椅子から立ち上がると、気絶していた桃がむくっと上半身を起き上がらせる。
顔の下半分が血まみれの状態でそのモーションは怖いけど、額の「鼻血ビッチ」の文字がコメディーへと変えていた。
「なんだよ。俺だって予定があるから、用がなければ帰るぞ」
一応、ブラッドと約束したから忘れないうちに薬を作りたい。
「あんた、ズズズッ。この店に入ってからずっとうちの商品を使ってたんだから、ズズズッ。それ買いなさい……ズズッ」
「喋ってる最中に鼻血をすするな」
「マリア、ティッシュ」
「ほらよ」
チーン!
桃が鼻をかんで、ティッシュペーパーを鼻に詰め込む。
女性なのに人前で鼻をかむのも、ティッシュを突っ込んだ状態で人前に出るというのも品がないと思うが、この女に品性を求める俺が間違っていると把握する。
「今なら20gのところを、特別サービスで17gにしてあげるわ」
だからこのアホは何を言っている? 武器を使っていた?
「何を言ってるんだ? 別に武器なんて手にしちゃいないぜ」
「それよ」
言い返すと、桃がビシッ! と俺が座っていたパイプ椅子を指さした。
「……パイプ椅子じゃん」
「そうよ! パイプ椅子よ」
「だから何?」
首を傾げて桃に尋ねると、両手を腰に添えてふんぞり返った。
「この店の新作よ。普段はパイプ椅子だけど、いざ戦うとなると盾にもなるし、打撃武器にもなるわ」
……発想がどう考えてもプロレスの凶器攻撃。アホ過ぎて溜息が出る。
「ファンタジーでパイプ椅子を作ってんじゃねえよ」
「甘いわね。常識をかなぐり捨てなきゃ、世界で初めてVRMMOでパイプ椅子を作るという偉業は達成できないわ」
「バカバカし過ぎて誰も作らねえだけだ」
実際にパイプ椅子を見れば、スティールパイプ椅子(2-Hand、STR+3、気絶効果(中))と、確かに武器として認識されていた。
だけど、2-Handって何だよ。両手に盾ならネタでたまに見るけど、両手持ちの盾なんて聞いたことない。しかも気絶効果も付いている。
「あ、付与は適当に付けといた」
マリアから付与の理由を聞かされて、手を額に添えて頭を振った。
「お前もグルかよ」
「うむ。面白そうだったから、つい」
つい、じゃねえ。
「しかも、スティールじゃん。俺のテクノブレイカー以外で見たの初めてだぜ」
「そうよ! 私達もスキルが上がって、やっとスティール製が作れるようになったから、一発目に全員の技術を集めた傑作がこのパイプ椅子なのよ……あ!」
桃が自慢げに語っている最中に興奮して、鼻に詰めたティッシュが吹っ飛んだ。
俺とマリアが床に落ちたティッシュを見つめる中、桃がティッシュを拾って再び鼻に詰める。
「「…………」」
本当はコイツの話の後で、「初めてのスティールで変な物を作るな!!」という突っ込みを入れたかったのだが、鼻からティッシュを吹っ飛ばされて、突っ込むタイミングを逃した。
しかもこの女、地面に飛んだティッシュを拾ってもう一度詰めたぜ。一人の時ならまだ許されるかもしれないけどさ、人前でその行為はあり得ねえだろ。
「お前、凄いな……」
「いやぁ、そこまで褒められると、頑張った甲斐があったかなぁ……」
「恐らく生産の事じゃないと思うし、褒めてもいないぞ」
照れる桃に、マリアが突っ込みを入れる。
「そうなの? まあ、褒められても金にならないから別にいいし。それでこの椅子、包む? ついでにリボンも付けるわよ」
「買うなんて一言も言ってねえ。それにパイプ椅子を梱包されて欲しがる奴なんて居ねえよ」
「シャムロックとか?」
ああ、居たわ。
「取り敢えず、持っていかなくてもいいから、お金は払いなさい」
「意味分かんねえ」
……結局、何時まで経っても帰らせてくれず、最終的に俺が折れてパイプ椅子を購入した。
「ヴァーカ! ヴァーカ! ウルトラヴァーカ!! 鼻血女が腐れ死ね!!」
「毎度あり~~」
桃に文句を言いながら店から出る。
ルイーダ? 奥に引っ込んだまま最後まで出てこなかったわ、あんなフリーダム知らねえ!
ヨツシーの店から出ると、急いで素材屋へと向かう。
そして、店の扉に掛けられた「Close」を見て、両手両ひざを地面に付けてへこんだ。
結局、今日中に薬を作って一度ログアウトする予定が見事に崩されて、もう一日ゲームにログインする羽目になった。
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