第14話 ガンズ・アンド・レッドローゼズ

「船の数は?」

「三隻!!」

「お前等、これが最後の海賊業だ、気合入れろ!!」

『おう!!』


 海軍接近の叫び声を聞いて、アビゲイルが船員にを叱咤を飛ばす。

 レッドローズの船員は、アビゲイルの指示に王ど絵で応じていた。


「最後?」


 首を傾げているとアビゲイルが俺を見てニッと笑った。


「もともと私達は領主から財産を奪われた連中って言っただろ。権利書が戻って財宝も手に入れるんだ。海賊なんて危険な仕事はおさらばに決まってる」


 ふむ。確かに好き好んで海賊なんてやるのは、どこぞのゴム男しか知らない。


「さあ、お前等は大船に乗ったつもりで船内に入ってな。これからは私の仕事だよ」


 仕事の邪魔にしかならない俺達はアビゲイルに言われるまま船内に入った。

 船内に入ると皆は不安げに食堂に集まっていたけど、徹夜明けの俺は眠くてもう無理。

 キッチンに居たコックに寝室を聞いて寝室に入ると、近くにあったハンモックに潜り込んで眠りについた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 異邦者達に船室に入れと言うと、皆は不満そうだったがアサシンだけは喜んで中に入っていった。相変わらずイイ性格をしていると思う。

 それでも彼のおかげで、私達が取り返したくても取り返せなかった権利書が手に入った事には感謝している。

 私達は海賊に身を投じたが、本当はこんな仕事なんてしたくなかった。

 昨日、アサシンが持ち帰った権利書を船員の皆に見せた時、私を含めて全員が泣いて喜んだ。

 そして、最後の仕事としてアサシン達を財宝の島まで運ぶ話をすると、皆もぜひ恩返しがしたいと承諾した。

 やられたらやり返す。受けた恩はこの海と薔薇に誓って必ず返してやるよ。


 だけどその前に一つ言いたい。私の名前はアビゲイルだ!!




「面舵60度!」

「キャプテン、それじゃ海軍の真横を通るぞ!」

「構わん。向こうは最新鋭の船だ。普通に逃げても向こうの方が足は速い! ランニングよりアビームで行くぞ。風に対して船体を横にしな!」

『了解!!』


 私の指示で皆が動き縦帆を傾かせる。横風を受けたレッドローズ号は速度を上げた。

 追い風を使うランニング走行だと風力が速度になるが、横風を使うアビーム走行だと揚力が働き風力以上の速度が出る。横帆が多い海軍の船では追い抜かれたらレッドローズ号には追いつけない。全速力で真横を通ってやる。


「貸せ!」


 隣の副船長から双眼鏡を取り上げて覗く……一隻、二隻、三隻、よし! こっちに釣られて舵を向けた!


「取り舵、120度!」

「とーりかーじ120度だ!」

『とーりかーじ120度!』


 私の指示に副船長が叫ぶと、それを合図に一斉に帆が動いた。木が軋む音が鳴り船が斜めに傾く。

 取っ手に捕まりながら再び双眼鏡を覗くと、相手は慌てて舵を戻して進路を変えて向かっていた。

 進路から計算して海軍はレッドローズ号の横から来るコースを取っている……だとすると……。


「面舵90度!」

「おもーかーじ90度!」

『おもーかーじ90度!』


 再び帆が動いて、今度は海軍の真後ろを通る進路に変更した。


「海賊旗を広げろ! お前等、ラビアンローズの名に懸けて突破するぞ!」

『おう!!』


 畳んでいたメインマストの横帆に海賊旗が広がり、風を受けて薔薇と髑髏がなびく。

 レッドローズ号が最大全速で海軍目指して海原を進んだ。




 双眼鏡で確認すると、海軍の連中は私達の薔薇と骸骨のマークを見て動揺していた。それでも背後を取られまいと、舵を切り正面をこちらに向ける。


「キャプテン、このままだと正面からぶつかるぞ!」

「まだ駄目だ。今横を向けたら攻撃はできるが逃げられない、もう少し待て!」

「りょ……了解!」


 今の状態だとお互いに攻撃はできない。相手が向きを変えられないギリギリまで粘れ。


「距離約0.3マイル(555.6m)!」

「砲撃の準備をしろ!」

「海軍相手にやるつもりか?」


 私の指示に副船長が驚く。


「最後の海賊業だ。派手に行くよ」


 にやりと笑うと、副船長も笑い返した。


「はっ! 最後になってやっと海賊らしくなって来たぜ、お前等、砲撃用意だ!」


 副船長の号令で甲板だけでなく、船全体が慌ただしくなった。




「距離約0.1マイル(185.2m)!」

「取り舵65度! 急げ!」

「とーりかーじ65度! 大至急だ!!」

『とーりかーじ65度!』


 海軍との距離を聞いて舵を逆に切る。

 これでレッドローズは正面の船を左45度の角度ですり抜けられる。この角度ですり抜ければ海軍はもう追うことも攻撃もできないはず。

 勝った! しかし、副船長の叫びでその思いは打ち消される。


「駄目だ、キャプテン! 進路方向に一隻! こっちに向かっている」


 前方を見ると海軍の一隻が先頭の船の背後から現れて、こちらの進路方向へ向かっていた。


「チッ! 読まれてたか……」


 さらに左に進路を向けるか? いや、それだと逃げる前に砲撃で沈む可能性が高い……。


「面舵、20度!」

「な、何考えてるんだ!? 突っ込むつもりか!」


 私の命令に副船長が驚く。


「間をすり抜ける、被弾は覚悟しろ!」

「りょ…了解! おもーかーじ20度!」

『!!……おもーかーじ20度!』


 レッドローズ号の進路は海軍の船と船の間を目指して突き進んだ。




 海軍との間の距離が縮まっていく。

 全船員の緊張がレッドローズを包み、帆に当たる風と船を打つ波の音だけが聞こえている。


 海軍の船まで残り100m……50m……20m……。


「撃てーーーー!!」


 私の号令と同時に爆音が鳴り響いて、レッドローズ号と海軍の両方から砲弾が放たれた!!

 直撃弾を食らい船体が揺さぶられる! 同時に複数の箇所で悲鳴が聞こえた。


「進め!! 消火と被害状況は後でいい、全力で突き進め!!」


 爆炎と煙に包まれながらレッドローズ号が先頭の船の真横をすり抜ける事に成功する。しかし、目の前には二隻目の船が待ち構えていた。


「取り舵5度だ!!」

「……え!?」


 私の指示に副船長が驚く。


「急げ! 大砲が撃てない範囲まで最接近するんだ!!」

「取り舵5度! 船にぶつけても構わない、急げ!!」

『取り舵5度!!』


 レッドローズ号が船体を軋ませながら、次の船に体当たりする角度で進む。


「衝撃に備えろ!!」


 副船長の叫び声で全船員が慌てて取っ手を掴む。

 ほぼ同時にレッドローズ号が全速力で二隻目の側面に接触した。


 物凄い衝撃が船体を襲い、接触した互いの船の手すりが擦れて音を立てながら砕け飛ぶ。それでも船は止まることなく前へと進んだ。

 すれ違いざま海軍の船を見ると、船長らしき男がこっちを見て驚いていた。

 私はお互いの健闘を祈る意味を込め、笑って手を振り別れを告げた。




『やったーーーー!!』


 海軍の間をすり抜けると全船員が雄叫びを上げる。

 こちらの被害も大きく消火を急ぐ船員が走り回っているが、これで海軍が旋回している間に逃げ切れるだろう。


「このまま全速前進、目的は海賊王の財宝だ!!」

『おおー!!』


 私の号令に全船員が嬉しそうに答える。

 煙と炎に包まれながら、レッドローズ号は薔薇と骸骨を掲げて大海原を突き進んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 酷かったでゴザル。

 ハンモックで寝ていたら急に船が傾いて縦揺れに横揺れ、上ではドカンドカンと撃ち合うし、挙句の果てにはドガガガガ!! ハンモックから宙に投げ出されて、床に転がった。

 ここはフジ○ック? サマ○ニ? どこのライブ会場だ? 一番前の席だってこんなに酷くない。

 静かになったから海軍から逃げるのに成功したんだと思う。だったらもう問題ないはず……二度寝しよう。

 床から起き上がると、もう一度ハンモックに潜り込んで即行で寝た。




 眠りから目覚めて皆が居る食堂に入ると全員がぶっ倒れていた。

 ジョーディーさんの飯でも食ったか? そりゃ全員、死ぬぞ?


「皆、どうしたの?」


 声を掛けると全員が恨みがましくジト眼で俺を見ていた。何があった?


「ああ、おはよう。ぐっすり眠れたか?」


 義兄さんが出す声には疲労感と嫌みが込められていた。


「何かあったの?」

「あんな状況でよく眠れたな、お前……」

「俺だって起きたよ。二度寝しただけ」


 俺の返答を聞いてブラッドが溜息を吐きつつ、テーブルにうつ伏せになる。


「海軍から逃げた後、船の被害が大きくて手伝いをしたの。私とジョーディーさんはヒールで船員の回復。後のメンバーは船の修理と船の操縦の手助けをしてね。全員がクタクタよ」


 首を傾げている俺にローラさんが教えてくれた。どうやら俺だけ楽をしていたらしい。


「本当はレイ君のポーションも欲しかったんだけど、この船の皆がもったいないって拒否したから本当に大変だった」


 ジョーディーさんが呟くけど、恐らくもったいないのではなく不味いから飲みたくないが正解だと思う。なぜなら、奴らは俺のポーションの味を知らない。


「起こせばよかったのに……」

「何度起こしても全然起きなかったのはどこのどいつだよ?」


 ブラッドが俺を睨んで呟いた。あ、そうなの? ごめんね。


「とりあえず外の空気でも吸ってこうかな……」


 皆の視線が痛いから逃げるように外に出た。




 甲板に出ると帆はボロボロ、船の右側は大砲の穴だらけ、左側は全部の手すりが破壊されていた。いろんな所で修理のハンマー音が聞こえる。


「よう、アサシン! ようやくお目覚めか?」


 船員と修理の状況を聞いていたアビゲイルが、俺に気が付き片手を上げた。


「姉御。何かいろいろと凄い状況だね」

「アビゲイルだ。まあな、さすがに海軍相手だと無傷じゃ済まなかった」


 姉御の顔を見るとどこかしら自慢げな様子だけど、これって自慢できる結果なのか?


「ふーん。じゃあ後は目的地に行くだけ?」

「いや。もう他の皆には話したが、一度私達のアジトに行って補給をする」

「そうなの?」

「ああ、海軍から逃げる時に大砲が貯蔵庫に直撃したらしい。後で確認したら大部分の食料と水が海に落ちていた。ついでだから修理もする」


 アビゲイルが肩を竦めて船体を見まわす。俺も一緒にレッドローズ号を見たけど本当にボロボロだな。


「よく沈没しなかったね」


 正直に言うと思いっきり笑われた。


「あははははっ。これぐらいで沈むような軟な船じゃない、言っただろ大船に乗ったつもりでいろって。少し遅れちまうがきちんと島まで届けてやるよ」

「あーー、うん。ありがとう」


 レッドローズ号の船員に呼ばれて、アビゲイルは俺に片手を上げて再び船員に指示を出していた。




 港を出港してから二日目。

 レッドローズ号はラビアンローズの隠れアジトである島の入り江に近づいていた。

 この入り江は高い岸壁に囲まれていて、遠くからは発見し辛く隠れるにはちょうど良い場所らしい。


「俺達は海軍とシャークの両方から追われているッス。こういう隠れ家を持たなきゃ、あっという間に潰されるッス」


 この二日間で仲良くなった船員が教えてくれた。

 この船員の名はヨッチと言って、ギャンブル好きでベイブさんがカモになっていたのを、俺がイカサマで負かしてから何故か俺を師匠と呼ぶようになった。

 そして口癖で語尾に「ッス」を付けているけど、個性が有って助か……いや、良いと思うッス。


 レッドローズ号が左右の岩に当たらないように、ゆっくりと岸壁の洞窟に入って行く。

 洞窟の中に入ると、出口の光が水面を青く照らしてマリンブルーの光景を俺達に見せた。


「わぁー、奇麗な場所ね」


 その幻想的な光景を見て、甲板上のチンチラ、ステラ、それにフランが感動していた。俺は青い光景を見てションベンが近くなった。


 レッドローズ号が洞窟を抜けた先の入り江は、南国の楽園だった。

 白い砂浜に透き通ったアクアブルーの穏やかな海。砂浜の先には色彩豊かな南国の花にヤシの木、その周辺に何軒か南国風の家が建っている。


 あれ? この海ってこんな南だったっけ?

 何となくどこかで見たようなヌード撮影を思わせる楽園で気分はパラダイス。

 レッドローズ号は洞窟を抜けたすぐ傍で錨を降ろして停泊した。


「さあ着いたぞ。この先は浅瀬だから小船で浜まで移動だ」


 アビゲイルが操舵から離れて俺達に話し掛けて来た。このまま一緒に砂浜まで行くつもりらしい。

 船員達がレッドローズ号に備え付けられている小船を海に降ろす。

 ニルヴァーナの6人とアビゲイル、それに船を漕ぐヨッチの8人で小舟に乗る。

 砂浜にはこちらに向かって手を振っている人達が居た。


「あの人達は?」

「ああ、船員の家族達だな。普段はコトカで暮らしているんだが、交代でここに来て私達のサポートをしてくれている」

「何か開放的な格好をしているね……バカンスに来ているみたいに見えるんだけど?」


 砂浜に居る人達を見れば、全員が水着姿でいた。サポートというよりリゾートに来ているような感じ。


「実際にそうなんだろ。食料と修理の材料を持って来て、後は遊んで帰っているからな」

「彼らは別の船で来ているのか?」


 後ろに居た義兄さんが、俺の肩に頭を乗せてアビゲイルに尋ねた……重めぇ。


「ああ、別の商会名義で輸送船を持っている」


 海賊業も楽じゃないね。今まで船一隻で暴れているだけの人達だと思っていた。


「こんな奇麗な場所だと、リゾートに来た気分になっちゃうわね」

「じゃあ私達もバカンスとしゃれ込む?」


 姉さんとジョーディーさんがニコニコしながら義兄さんの方を見て話し掛ける。


「まあ船の修理が終わるまでなら良いんじゃないかな? アビゲイル、船の修理は何日かかる?」

「今日入れて二日ってとこだな」

「それじゃあ、終わるまでゆっくりしようか」


 義兄さんの言葉に女性三人が喜んだ。


「水着はどうしようかしら」

「私もフローラムちゃんの服買う時に買っとけば良かったな」

「ゲームでも日焼けするのかな?」

「水着だったらあるから借りればいい」

「「「やったー!」」」


 もうすっかりリゾート気分の女性三人が、アビゲイルの話を聞いて更に喜んでいた。


「なあ、ベイブ。なんで女ってリゾートに行くと性格が変わるんだ?」


 小声で義兄さんが俺とベイブさんに呟く。


「現実逃避だろ」


 ベイブさんのセリフに俺は「わかりません」と両肩を竦めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る