35.君を見つめると(五)

「おはようございまーす!」


「あれま、おはようさん!あんたー!かれんちゃんと平助はんが来はったで」


「おーよう来た、よう来た」


「また来ちゃいました」


「ええのよ、大歓迎」


「これ、おすそわけです」


「まぁ~花梨と木瓜の実に山茶花も!おおきに」


「平助はんも変わりないか?」


「はい、すっかりご無沙汰してしまって」


「忙しそやねぇ。京と江戸と行き来したはるんやろ?」


「ええ、なかなか顔を出せなくてすみません。壬生寺にはよく訓練で来てるんですが」


「壬生寺の境内で、武芸や大砲の訓練してるんだよね」


「壬生の皆さんを怖がらせてるんじゃないかと…武芸の稽古はともかく、大砲の音で耳がおかしくなってませんか?」


「ふふっ、天変地異か、戦でも起きたんかと思うわ」


「移転後もご迷惑おかけしてしまって…」


「そやかて、壬生寺の門前に逆さまの箒、置いても無駄どすやろ?」


「あはは!たしかにー!」



以前は西本願寺の境内で毎日行われていた、大砲と実弾射撃の訓練。


大砲はもちろん空砲だけど、弾が出ないだけで響き渡る轟音と威力に変わりはない。


屋根瓦が崩れたこともあるらしい。


お坊さんや檀家さん、参拝客を怯えさせ、大砲と銃の訓練は止めさせてほしい…と、ついに門主から會津藩に苦情を訴えた。


すぐに公用方から、“御所に近い場所で銃や大砲を撃つのは差し障りがあるので禁止”とのお達しが出たため、毎月4と9のつく日に壬生寺まで大砲を引いて行き、出張軍事訓練をすることになった。


お寺のすべての門を閉め、門前に大砲を設置し、境内に砂山を築いてそこへ砲弾を撃ち込む。


あたしだって未だにビックリするもんな。



「おはようさんどす」


「お前らも来てたのか」



左之助兄ちゃんとおまさちゃんが揃って登場。


おまさちゃんの腕の中には、ふたりの間に生まれた天使が。



しげる~!」



競うように茂のもとへ行き、おまさちゃんから茂を預かり抱っこする。


今日の一番乗りはおばさんだ。



「茂ちゃん、さ、お家の中に入りまひょ」



八木のおじさんもおばさんも孫のように茂をかわいがっている。



「ちょっと見いひん間に大きゅうなりましたなぁ」


「はよ、変わってや」


「まだあきまへん」



おばさんの横からぷにぷに、ムニムニ、とマシュマロのような茂の頬を指で押している。



「藤堂先生は茂のほっぺが大好きどすなぁ」


「いつも触ってるよね」


「赤子の頬って、たまらないよね」


「分かる~!」


「ほんに泣かへん子やなぁ」


「人見知りもしなそうかな?」


「偉いなぁ、茂ちゃん!」


「近藤先生や土方さんに抱っこされても泣かないもんな」


「あったりめぇだろ!俺の子だぞ?」


「ほんなら、近藤先生も喜んではるやろ?」


「赤子には高確率で泣かれるみたいどす」


「それも大暴れ!」


「ああ~そりゃ想像でけるな」


「またダメか…って、しょんぼりして落ち込んじゃうんで」


「土方さんは意外と子供好きなんだよな」


「へぇ、それは意外やわ」


「日野にいる頃から、親戚の子を可愛がってたらしいからな」



茂の名前の由来は、現将軍・家茂いえもち公からの一文字。


「高貴な名前だろ!」と、命名書を持ってきたと思ったら、生後50日を過ぎて茂が外に出られるようになると、屯所へ連れてきて自慢して歩いてた。



「将来は立派な武士に育ててやるからな」


「出た!口を開けばそればっかりだもんな」



今もおまさちゃん一筋!で、愛妻家に磨きがかかった上に、茂をとにかく可愛がり、子育てにも積極的に参加するパパだ。


新選組での稼ぎの中から、月10~15両を生活費としてきちんと家に入れるという甲斐性もある。


これって余裕があって贅沢な生活ができる額なのだ。



「食事も毎日三食、新選組の賄い方で炊き出しを配っていただけるし、赤子を抱える身としては助かってます」


「嫁ぎ先が左之助はんのとこでよかったわ。近くにいられるし、左之助はんの故郷ふるさとは松山やし、頼るとこはご実家かうちか、やろ?」


「ふふっ、実家の母も同じこと言うてます」


「せやろなぁ」


「暮らしは楽やし、何の不自由もあらしまへん」



やっぱり左之助兄ちゃんは現代でも充分やっていけるわ。



「かれん姉ちゃーん!」


「おっ、小さいお客様方がお見えや」


「平助兄ちゃんも一緒や」


「なぁ、約束覚えてる?」


「お花、持ってきたよ」


「わぁ!おおきに!」


「女の子たちがね、押し花作りたいって言うから、平助さんは上手だよって教えたら、今度来るとき絶対一緒に来てって頼まれてたの」


「そうか!随分たくさん集めたんだね」


「せやろ!みんなでな、紅葉と銀杏の落ち葉を集めたんやで」


「平助さんに押し花教えてもらうんだって、はりきってたんだよね」


「じゃあ、早速作ろうか!」


「あ、これも使って。夏と秋の間にお花を本の間に挟んでおいたの」


「ばら、朝顔、撫子、か」



競い合うように平助さんとわたしの手を引っ張る子供たち。



「かれんちゃん、私の気を紛らわせようとしてくれたんでしょ」


「息抜きになるかと思っただけだよ」


「幼い頃のこと思い出したよ。母のことも」


「お母様がよく押し花作ってらしたって言ってたもんね」


「ありがとう、誘ってくれて」


「近いうちにまた一緒に来よう」


「そうだね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る