28.途切れかけた絆結ぶため、この道を(六)

「思い当たる節がある」


「自分で書いたからでしょう?」


「君たちの期待に添えず申し訳ないが、本当に私が書いたものではないんだ」


「じゃあ、あの書き置きは一体…」


「おそらく、土方君だろう」


「土方さんが?なぜです?」


「あくまで仮説だが、昨晩遅くもしくは未明に、私が脱走したことに気づいた土方君が、私の字を真似て書き置きを作った」


「器用な土方さんならできなくはないと思いますけど…」


「なぜそんなことを?」



山南さんは脱走した。


本人の口から事実を突きつけられると、やはりショックだった。



「うん…心当たりがある」


「心当たり?」


「理由を教えてください、どうして脱走なんて…」


「自分の信念を曲げず、貫き通すというのは難しいものだね」


「私たちにも分かるように話してください」


「もう…何にも囚われず、自由に生きてみたくなった」



ぽつりと言った、その切なげな表情が胸を締めつける。


考えたくはないけど、新選組が嫌になってしまったの…?



「誰の責任でもない。すべて私が悪いんだ」


「一体何が悪いって言うんです?」


「すべてを話そう。そうしなければ」



なんとか気持ちを落ち着かせていた。


沖田さんもわたしも。


ひとりだったら心細かっただろう。



「土方君のことだ。私のために悪者になりかねない」


「書き置きのことといい、土方さんは何かを知ってるんですか?」


「順を追って話そう…」



山南さん本人の口から何が語られるのか。


真実を聞くのはこわい気持ちもあった。



「君たちには幻滅されるかもしれないな…」



わたしたちを交互に見て、静かに話している。



「私は新選組にいられない。いてはいけないんだ」


「何でそんなこと言うんです…」


「私は…新選組を裏切った」


「え…」



予想だにしない一言に耳を疑った。


声に詰まって、言葉を返せなかった。



「なに、言って…」



しばしの沈黙の後、沖田さんが途切れた会話に反応した。


絞り出したような声だった。



「どういう、ことです…?!」


「私は元々は北辰一刀流の門下だ」



その一言だけでは、今までのわたしなら何を言っているのか分からなかった。


でも、今のわたしなら少し、分かる。



「まさか…」



学んだ流派・道場が違えば、もともとの思想が違う可能性があるということ。


もしかすると、何か機会があって、新選組とは違う考えに変わってしまってもおかしくはない。



「うそだ…山南さんがそんなことするはずない!裏切るなんて…」


「かれん君の言うとおり、攘夷の必要はない。ただ、現状のまま幕府が支配するこの世の中が正しいのか、疑問に思い始めてね」



頭のいい山南さんなら当然のことなのかもしれない。



「他国との不平等条約もしかり…列強諸国に立ち向かうためには、欧米のように近代的な国家を作り、改革すべきではないか。かれん君もそうは思わないか?」


「それは…そうですけど…」


「かれんちゃん!」


「考え方の相違から、無断である人と通じたことがあった」


「ある人って、誰です?」


「幕臣の勝麟太郎先生だよ」



勝海舟!


先頃、神戸海軍操練所を設立したという。



「勝先生の門下の知人といるところを、土方君に知られてしまってね」


「勝先生は幕臣じゃないですか。それなら許されるんじゃ…會津の山本覚馬様だって、勝先生を師匠のひとりと尊敬してるんだろ?かれんちゃん?」


「はい、それだけなら裏切っただなんて大げさだと思います」


「うん…」



その先の、何かを言おうとしてるのをためらっているように感じた。


それだけじゃ、ないってこと…?



「勝先生はね、驚いたことに君と同じ考えなんだ。藩同士で、いや日本人同士で争うことをせず、この日本国一体となって世界に対抗しなければ、と」



幕臣らしくないというか、平然と幕府の批判をしたり、ざっくばらんに幕府の実状を教えてくれたりもする、と覚馬先生が話していた。


多くの人が勝先生に惹きつけられるのだ、とも。



「先生の知略には感服だった。それを機能させ、実現していく才も能力もある。いや、もう先生の目には先の世界が見えているんだ」



こんな状況でも目を輝かせて話すくらい、山南さんにとっては必要なご縁であり、出会いだったんだ。


良くも悪くも、人生の岐路に立つほどの。



それが良かったのか、悪かったのか。


後悔の有無も。


それは山南さん自身が決めることだ。



「先生にお会いすれば、君も好きになると思うよ」



あっさりと納得してしまった。


未来の世界でも、勝海舟のファンは多い。


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