22.お嬢様に恋の罠(三)
「今日は余計なことベラベラ喋るなよ」
「お、おう…」
「話を振るのはいい。とにかく聞き役に徹しろ」
決戦の日。
さすがの左之助兄ちゃんも表情が硬い。
口数もいつもより気持ち少なめ。
ピアノの部屋で密談。
恋愛兵法の最終確認を。
緊張の色を隠せない左之助兄ちゃんのために『小犬のワルツ』を弾いたばかり。
明るくて軽やかな曲調だし、品のあるコミカルなメロディを聞いたら、左之助兄ちゃんもご機嫌になるかと思って。
可愛らしいおまさお嬢様のイメージにぴったりだ、と笑ってくれた。
「それから、絶対に冗談言ったり、ヘラヘラ笑ったりするなよ。今日は真面目な顔しかするな」
「う…分かった」
「で、じぃっとおまさちゃんを見つめるんだ」
「そんな小っ恥ずかしいことっ…できっかよ!」
「やるんだ!何がなんでもだ!」
「勘弁してくれよ…」
「結果は保証する」
「土方さんを信じて!雰囲気と緊張に負けちゃだめだよ」
ついに今夜、蛍狩りデート大作戦を決行。
お付きのおハルちゃんの協力のもと、おまさお嬢様が壬生に蛍狩りにやって来たら、偶然を装い左之助兄ちゃんが登場。
よきところで土方さんとわたしが出ていく。
そして、おまさお嬢様と話をして友達になろうという作戦だ。
「気遣いも忘れるな」
「そうだよ、薄暗いとこでは2~3割増しで魅力的に見えるって言うしね」
「そうなのか?」
「一目惚れも多発するらしいのよ」
「いいこと聞いたな」
「黙ってれば美形なんだから、今日は左之助兄ちゃんの乙女がときめくカッコよさを前面に出そう!」
「土方さんもかれんも頼むな。見守っててくれよな」
「めずらしいこともあるもんだな」
「一応、俺だって緊張するんだわ…」
「さっき夕立があったから、今日は蛍が見れる確率が高いかもな。喜べ、朗報だろ?」
「そうだな。川沿いと水田、どっちにいるかだな…」
「川と水田で何か違うんですか?」
「川、渓流、水路なんかの流水域に生息してるのが
「そうなんだ!」
「水田に蛍が現れたら俺たちが合図するから、まずは川沿いで待て」
「分かった…!」
昔、京都には川が多かったようだ。
現代では道路となっている堀川通も堀川という川だった。
その堀川の支流、四条川が壬生村の近くを流れていて、その先で西高瀬川と合流している。
それに、もともと低湿地だった壬生は水に恵まれている。
水田、壬生菜畑、菜種畑、藍畑などが多くて水が湧き出ていることもあり、“水生”が転じて“壬生”という地名になった、と八木のおじさんが言っていた。
蛍を見ることができるのも納得。
「左之助兄ちゃんとおまさお嬢様のために、今日は必ず見れますように!」
スリスリと手を合わせて祈る。
そういえば、現代の京都市内にも蛍の名所があると聞いたことがある。
例えば哲学の道、疎水分線、知恩院から平安神宮大鳥居にかけての白川沿い、上賀茂神社の明神川、宝ヶ池などだ。
驚くことに、高瀬川や祇園白川の巽橋の付近、
夕暮れ前。
「そろそろ、だな」
「がんばってね」
「俺らしくねぇ、震えてやがる…」
「任せとけ、いい雰囲気作ってやるよ」
「よし…!行く!行ってくる!」
「行ってらっしゃい!」
少し距離を空けて左之助兄ちゃんの後について行き、土方さんと様子を伺う。
「わたしもドキドキしてきました…」
「左之の様子がいつもと違うからな。ソワソワするな…」
「あ、あの子たちです」
薄暗い中、女の子がふたりやって来た。
蛍を入れるつもりなのだろう。
おハルちゃんが手に籠を持っている。
左之助兄ちゃんに気づき、おハルちゃんが手を振る。
奇遇だね、蛍見れるといいね、とか話を始めた。
おまさお嬢様は少し恥ずかしそうにしているけれど、笑顔で言葉を交わしているようだ。
「水田のほうに蛍がいるぞ」
「ほんとですか?」
タイミングよくチラリとこちらに視線を向けた左之助兄ちゃんに、水田を指を指して合図を送る土方さん。
「水田のほうに蛍がいるか、見に行こうか」
「へぇ」
「暗いし、雨が降ったから足元気をつけてな」
「へぇ、おおきに」
すでにおハルちゃんは3歩ほど後ろに下がり、しれっとふたりだけを並ばせて歩いている。
空気を読んでのナイスサポート。
おまさお嬢様が歩き出そうと、向きを変えた瞬間だった。
「きゃっ…」
「おっと!危ねぇ…」
足を滑らせ転びそうになったお嬢様を抱き抱える。
「大丈夫か?!」
「へぇ、すんまへんどした…」
顔を上げ目を合わせた瞬間、あまりの近距離にドギマギしたのか勢いよく離れるご両人。
「ご、ごめんな…!」
「いえ…」
あまりにピュアで、ピュアすぎて鼻血が出そうです。
わたしの顔も紅くなる。
「つられてドキドキしてるんだろ」
後ろから不意に抱きしめられた。
「俺たちも行こう。はい、お姫様」
「はい…」
わたしの手を取り、歩き始める。
ドキドキしている場合じゃない。
作戦遂行のために、先回りしなきゃいけないんだった。
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